魔王の子育て日記

教祖

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夜の魔王

考え魔王 その2

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 「つっかれたぜえ」
 うめき声に近い溜息が魔王の口から洩れる。
 執務室の刻盤こくばんはだいぶ前に裏返り、黒の5を少し過ぎたところ。
 「半分は魔王様のせいかと」
 「俺はやることやっただろ。先払いでご褒美をもらっただけだ」
 人間界でのマッサージ騒動を魔王は総括した。
 「では、私にもご褒美をいただけますか? 魔王様の仕事がもっと早く終われば私の休日も増えるので、作業効率の向上と集中力の持続を求めます」
 「おっと、仕事仕事」
 「わかっていただけて何よりです」
 パインの圧力から逃れられる者はいない。
 その圧迫感は、過去に植え付けられたトラウマの追体験からくるもの。
 事実に勝るものはない。
 魔王の脳裏は、あらゆる方法で机に縛り付けられたおぞましい日々で埋め尽くされていた。
 それを振り払うようにかぶりを振って、机上の書類の山に手を伸ばす。
 と、トラウマから解放された頭に、一つの疑問が浮かんだ。
 
 「なあパイン。そもそも人間の赤ん坊がどうやってここまで来たんだろうな」
 
 「話題を変えて休む気ですか? そんなもの…‥どうして今まで気が付かなかったのでしょうか?」
 口元に手を当て、パインは自分の考えの至らなさにショックを受けた。
 「粉ミルクで頭いっぱいだったしな。考えてる余裕なんかなかったろ」
 「ですが、こんな真っ先に疑問に思うべきことを」
 「それを言っても変わんねーよ。で、パインはどう思う」
 「・・・・・わかりません。人間界に転移の魔法を扱えるものがいるなど聞いたこともありません。それが異世界間を移動させるような高度なものなら尚更です」
 「そうだよな。人間にはできねーよな。……魔族か」
 魔王の顔が曇る。
 「考えたくはありませんが、おそらく。転移以外の方法は私たちのようにゲートを使うしかありません。どちらにしても、この世界で多少なりとも名前が知られる程度の者でなければ難しいかと」
 いつもの調子に戻ったパインが、淡々と述べる。
 「赤ん坊を転移させたか、どこからか連れてきたか。どっちにしても良い話ではねーな。親も今頃血眼で探してんだろうな、可哀そうに」
 「どうでしょうね。あれだけ卑劣な生き物ですから、親自身が・・・・ということも考えられます」
 手は口元のままで、今度は侮蔑に歪んだ表情を隠すようにパインは吐いた。
 「そん時は、なんでこんなことしたのか聞いてやらねーと。相当な理由があったんだろうしよ」
 大きく笑って魔王は答えた。
 わざとらしさはないが、努めて大きく作られた笑顔だ。
 「魔王様の人間に対するそういった感情はどこから湧いてくるのですか」
 思わず聞いてしまった。常々思っていたことだ。
 魔王のそれ・・は最早、狂愛きょうあいに近い。
 今はそんな話をしている場合ではないとわかっていたはずなのに。
 放たれた言葉は、戻る場所などない。
 「人間はいいやつなんだよ。じいちゃんもそう言ってた。いつも人間の話聞いてたらそう思ったんだよ。」
 「そんな天魔王てんまおう様がおっしゃっていたからだなんて」
 「まあ、それだけじゃねーけど。いくら歴史がひでー話が多かったっつってもよ、それがいまの人間も全員同じような奴だって決めつける理由にはならねーだろ? 俺は誰が何と言おうがこの考えを変える気はねーよ」
 「……そうですか。私にはわかりかねますが、魔王様のお考えはわかりました」
 パインは小さく頷いた。
 口元にあった手は、体の前で組まれている。
 「おう。じゃあ赤ん坊の親探しとこっちに連れてきた犯人捜しだな。明日から忙しいな」
 「そうですね。でも、まずは目の前の仕事から片付けなければ魔王様に明日はありませんよ」
 「その言い方は怖すぎんだろ! ちゃんとやるから勘弁してくれ」
 机にたたきつけるように書類を手繰り寄せ、魔王はペンを走らせる。
 その姿を確認すると、パインは執務室を出た。
 いつも通り夜食の準備をするためだ。
 いつもと唯一違うところがあるとすれば、固く握られた両手だろうか。
 「理由なんかない」
 廊下でひとり呟くパインの心だろうか。
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