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ここら辺で魔王を見ませんでしたか?
翳り~かげり~
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「そんじゃ、わたしも帰るわ。ありがとね佐伯さん」
「いいのよ、気をつけて帰ってね」
「わぁーん!」
「あら、急にどうしたんだい。今まで静かにしてたのに」
「知らない人たちがいたから緊張で泣けなかったんじゃない? 休んでく?」
「まだ、夕ご飯の支度してないから帰らなきゃ。さすがに疲れ切った旦那に冷ご飯じゃかわいそうだし」
「それもそうね。あら?」
「ウソ! こんな時に雨なんて、こういう時はとことんダメだね」
「この傘使って。大きいけど軽いから、あやしながらでもさせると思う」
「ほんとに! 今度返しに来るから。 ありがとね佐伯さん」
「気を付けてね」
「はーい。 それ!」
女店主は、小走りで小雨の中に紛れていった。
「っはぁ……」
足音が完全に途絶えた後、気に入っている紺碧のズボンが砂ぼこりにまみれるのも構わず、尻餅をついた。
途端に額の滴が線になり、顎から滴り地面に染みを作る。
「ま……ぞく」
呼吸の最中に声帯を震わせ、佐伯はどうにか言葉を発することができた。
しかし、無理な発声に肺が耐え切れず、息苦しさのあまり再び地面との対話に戻ることとなる。
顎先から滴った雫が薄暗い店内でもはっきりとわかるように一点を変色させ、佐伯の苦い記憶を呼び覚ます。
透明な雫が徐々に紅く色づき、やがては真紅に染まる。体をくまなく調べ理由もわからず頭上を見上げた先に見た地獄。
――――すっかり忘れたと思っていたのに……
思い出したように、悪寒が脊髄を駆け上ってきた。
どうにか誤魔化せただろうか。
強引だったのは百も承知している。焦りから話題の切り替え方や応答に必死さが出てしまった。
逆に言えばその程度で済んだ、ということを取り上げるべきだ。
まさか、瞳に変化が出るとは……。
かつて見たことのある師団長と同等以上の気配。雑兵とは佇まいが違う。
あくまで感じたのは一瞬だったが、圧倒的過ぎた。唯一幸運だったとすれば、程度を過ぎたが故に声も出ず、呆然としているように映ったであろうことだ。
彼の方はまだいい。問題はあの彼女だ。
様子を見て魔術の詠唱を試みていた。外見からも感じる聡さ、あれほどの力を持つ者の傍らにいるのだから相当な実力者なのだろう。
先程の場においては、彼女の方が要注意だった。
やっと通常通りに呼吸ができるようになったことを確認するように、深く息を吸い込む。
嫌な記憶と先の出来事がともに体外へと排出されるようにと願いながら、淀んだ空気を吐き出すも、落ち着きを取り戻したことでより明瞭に思い出されてしまった。
仕方なく、瞳を閉じることで心を収めた。
どうしたものか――ここからの事を佐伯は思案する。
やはり、民軍に相談すべきだろうか。しかし、危険度の高い魔族が粉ミルクを買いに来たなど信じてもらえるだろうか。そもそも、なんでこちらのものをあれだけの魔族自ら、手に入れようとやってきたのか。それもこんな片田舎に。
疑問符が脳裏を埋めつくすが、短く息を吐き出し振り払う。
村長に言ってみよう。
この手の話題なら真剣に聞いてくれるだろうし、私の経歴だけは高く買ってくれているようだし。
この時間なら、集会後の懇談会も終わって 自宅でくつろいでいる頃かしらね。
どう言ったものかと報告文を考えながら腰をあげると、やけに重くなった服が現状を知らせてきた。
「まずは、水浴びかしらね」
店の裏口へ向かおうと踵を返すと、遠くから唸るような雷鳴が響く。
女店主を心配しながら、どこが気味の悪さを感じる雨に、佐伯は恨めしくつぶやいた。
「いやな天気」
雷鳴は、近づいているようだ。
「いいのよ、気をつけて帰ってね」
「わぁーん!」
「あら、急にどうしたんだい。今まで静かにしてたのに」
「知らない人たちがいたから緊張で泣けなかったんじゃない? 休んでく?」
「まだ、夕ご飯の支度してないから帰らなきゃ。さすがに疲れ切った旦那に冷ご飯じゃかわいそうだし」
「それもそうね。あら?」
「ウソ! こんな時に雨なんて、こういう時はとことんダメだね」
「この傘使って。大きいけど軽いから、あやしながらでもさせると思う」
「ほんとに! 今度返しに来るから。 ありがとね佐伯さん」
「気を付けてね」
「はーい。 それ!」
女店主は、小走りで小雨の中に紛れていった。
「っはぁ……」
足音が完全に途絶えた後、気に入っている紺碧のズボンが砂ぼこりにまみれるのも構わず、尻餅をついた。
途端に額の滴が線になり、顎から滴り地面に染みを作る。
「ま……ぞく」
呼吸の最中に声帯を震わせ、佐伯はどうにか言葉を発することができた。
しかし、無理な発声に肺が耐え切れず、息苦しさのあまり再び地面との対話に戻ることとなる。
顎先から滴った雫が薄暗い店内でもはっきりとわかるように一点を変色させ、佐伯の苦い記憶を呼び覚ます。
透明な雫が徐々に紅く色づき、やがては真紅に染まる。体をくまなく調べ理由もわからず頭上を見上げた先に見た地獄。
――――すっかり忘れたと思っていたのに……
思い出したように、悪寒が脊髄を駆け上ってきた。
どうにか誤魔化せただろうか。
強引だったのは百も承知している。焦りから話題の切り替え方や応答に必死さが出てしまった。
逆に言えばその程度で済んだ、ということを取り上げるべきだ。
まさか、瞳に変化が出るとは……。
かつて見たことのある師団長と同等以上の気配。雑兵とは佇まいが違う。
あくまで感じたのは一瞬だったが、圧倒的過ぎた。唯一幸運だったとすれば、程度を過ぎたが故に声も出ず、呆然としているように映ったであろうことだ。
彼の方はまだいい。問題はあの彼女だ。
様子を見て魔術の詠唱を試みていた。外見からも感じる聡さ、あれほどの力を持つ者の傍らにいるのだから相当な実力者なのだろう。
先程の場においては、彼女の方が要注意だった。
やっと通常通りに呼吸ができるようになったことを確認するように、深く息を吸い込む。
嫌な記憶と先の出来事がともに体外へと排出されるようにと願いながら、淀んだ空気を吐き出すも、落ち着きを取り戻したことでより明瞭に思い出されてしまった。
仕方なく、瞳を閉じることで心を収めた。
どうしたものか――ここからの事を佐伯は思案する。
やはり、民軍に相談すべきだろうか。しかし、危険度の高い魔族が粉ミルクを買いに来たなど信じてもらえるだろうか。そもそも、なんでこちらのものをあれだけの魔族自ら、手に入れようとやってきたのか。それもこんな片田舎に。
疑問符が脳裏を埋めつくすが、短く息を吐き出し振り払う。
村長に言ってみよう。
この手の話題なら真剣に聞いてくれるだろうし、私の経歴だけは高く買ってくれているようだし。
この時間なら、集会後の懇談会も終わって 自宅でくつろいでいる頃かしらね。
どう言ったものかと報告文を考えながら腰をあげると、やけに重くなった服が現状を知らせてきた。
「まずは、水浴びかしらね」
店の裏口へ向かおうと踵を返すと、遠くから唸るような雷鳴が響く。
女店主を心配しながら、どこが気味の悪さを感じる雨に、佐伯は恨めしくつぶやいた。
「いやな天気」
雷鳴は、近づいているようだ。
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