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~ 最終章 されど御曹司は ~
SAIL AWAY⑨
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ゆっくりと振り返り、扉を背にして玄関に立った玲旺は、廊下の先にあるリビングを見て何だか不思議な気分になった。
尾行を警戒し、駐車場から玲旺だけ先に部屋に帰ったことはあったが、あの時は久我がすぐに後から来てくれた。
しかし今は、完全に一人きりだ。
日が伸びたせいか、十九時を回っていても窓の外はまだ少し明るい。電気は付けないまま部屋へ上がり、シンと静まり返ったリビングの真ん中で「さて」と思う。
主のいない部屋で、どう時間を潰そうか。
久我は三号店を出るタイミングで連絡すると言っていたが、スマートホンを確認してもまだメッセージは届いていなかった。
「風呂でも入って待つか……」
連絡がないということは、まだ店にいるということだ。シャワーを済ませるくらいの時間は余裕であるだろう。
脱いだスーツをソファの上に投げ捨て、バスルームへと移動する。髪を洗っている最中に名案を閃いて、玲旺はにやりと口元を緩めた。
「そうだ。ついでにバスタブも洗って、お湯を張っちゃおう。久我さん疲れて帰ってくるだろうし、絶対喜んでくれるよね」
風呂掃除は久我と付き合うようになって、最初に覚えた家事の一つだ。
炊飯器や洗濯機の使い方、目玉焼きの作り方に皿の洗い方。
出来る事が増えることは、久我と過ごした時間の証明のようにも思えた。
自分自身とバスタブを洗い終え、給湯器の自動湯はりボタンを押す。これで勝手に湯が溜まるのだから凄いなぁと、玲旺は感心しながら脱衣所で髪を拭いた。
そこで着替えの準備をしていなかったことに気付き、「あぁ」と悔しそうに呻く。
いつも下着や部屋着を久我が出しておいてくれるので、今日も何も考えずにそのままバスルームに直行してしまった。
「こういうのも、自分でやらなきゃだよなぁ」
自分の不甲斐なさと日頃の行いを反省しつつ、寝室へ向かう。クローゼットの中には玲旺専用のスペースがあって、そこから着替えを取り出した。
ゆったりしたウェアに身を包めば、仕事モードから完全にオフに切り替わる。
髪を乾かしながらスマートフォンを確認すると、三十分前に「今から帰る」と久我からメッセージが来ていたことに気が付いた。
どうやら玲旺が風呂に入った直後に送られてきたらしい。
「そろそろ着く頃かな。そう言えば、夕食どうしよう」
米くらい炊いておけばよかったと思いながら、冷蔵庫を開けてみる。食材はいくつか入っていたが、それをどう調理すればいいのかはわからない。「デリバリーで良いか」と夕飯の支度を早々に諦め、玲旺はソワソワしながら玄関に目を向けた。
すっかりくつろいだ状態で久我を待つなど、初めてのことだ。
「俺の家じゃないけど、おかえりって言っても変じゃないかな」
意味もなく廊下を何度も往復していると、一階のエントランスからではなく、玄関先で押されたチャイムの音がした。
ドキドキしながらドアスコープから外を除くと、念のために周囲に人影がないか見回している久我の姿が見える。
浮かれていて忘れそうになったが、万が一でも出迎えている所を誰かに見られてはいけない。
本当は飛びつきたいのを我慢しながら、玲旺は鍵を開けた後、外から見えないように部屋の奥へと下がった。
あまり家の中が見えないよう久我が扉を薄く開き、するりと身を滑り込ませ、後ろ手で鍵を閉める。
「お、おかえりなさい」
慣れない台詞に、玲旺は緊張と気恥ずかしさで自分のシャツをぎゅっと握った。その姿を見た久我がふわりと笑い、大股で廊下をずんすん進んでくる。
「ただいま」
言うと同時に玲旺を抱きしめ、洗い立ての柔らかい髪に顔を埋めた。
尾行を警戒し、駐車場から玲旺だけ先に部屋に帰ったことはあったが、あの時は久我がすぐに後から来てくれた。
しかし今は、完全に一人きりだ。
日が伸びたせいか、十九時を回っていても窓の外はまだ少し明るい。電気は付けないまま部屋へ上がり、シンと静まり返ったリビングの真ん中で「さて」と思う。
主のいない部屋で、どう時間を潰そうか。
久我は三号店を出るタイミングで連絡すると言っていたが、スマートホンを確認してもまだメッセージは届いていなかった。
「風呂でも入って待つか……」
連絡がないということは、まだ店にいるということだ。シャワーを済ませるくらいの時間は余裕であるだろう。
脱いだスーツをソファの上に投げ捨て、バスルームへと移動する。髪を洗っている最中に名案を閃いて、玲旺はにやりと口元を緩めた。
「そうだ。ついでにバスタブも洗って、お湯を張っちゃおう。久我さん疲れて帰ってくるだろうし、絶対喜んでくれるよね」
風呂掃除は久我と付き合うようになって、最初に覚えた家事の一つだ。
炊飯器や洗濯機の使い方、目玉焼きの作り方に皿の洗い方。
出来る事が増えることは、久我と過ごした時間の証明のようにも思えた。
自分自身とバスタブを洗い終え、給湯器の自動湯はりボタンを押す。これで勝手に湯が溜まるのだから凄いなぁと、玲旺は感心しながら脱衣所で髪を拭いた。
そこで着替えの準備をしていなかったことに気付き、「あぁ」と悔しそうに呻く。
いつも下着や部屋着を久我が出しておいてくれるので、今日も何も考えずにそのままバスルームに直行してしまった。
「こういうのも、自分でやらなきゃだよなぁ」
自分の不甲斐なさと日頃の行いを反省しつつ、寝室へ向かう。クローゼットの中には玲旺専用のスペースがあって、そこから着替えを取り出した。
ゆったりしたウェアに身を包めば、仕事モードから完全にオフに切り替わる。
髪を乾かしながらスマートフォンを確認すると、三十分前に「今から帰る」と久我からメッセージが来ていたことに気が付いた。
どうやら玲旺が風呂に入った直後に送られてきたらしい。
「そろそろ着く頃かな。そう言えば、夕食どうしよう」
米くらい炊いておけばよかったと思いながら、冷蔵庫を開けてみる。食材はいくつか入っていたが、それをどう調理すればいいのかはわからない。「デリバリーで良いか」と夕飯の支度を早々に諦め、玲旺はソワソワしながら玄関に目を向けた。
すっかりくつろいだ状態で久我を待つなど、初めてのことだ。
「俺の家じゃないけど、おかえりって言っても変じゃないかな」
意味もなく廊下を何度も往復していると、一階のエントランスからではなく、玄関先で押されたチャイムの音がした。
ドキドキしながらドアスコープから外を除くと、念のために周囲に人影がないか見回している久我の姿が見える。
浮かれていて忘れそうになったが、万が一でも出迎えている所を誰かに見られてはいけない。
本当は飛びつきたいのを我慢しながら、玲旺は鍵を開けた後、外から見えないように部屋の奥へと下がった。
あまり家の中が見えないよう久我が扉を薄く開き、するりと身を滑り込ませ、後ろ手で鍵を閉める。
「お、おかえりなさい」
慣れない台詞に、玲旺は緊張と気恥ずかしさで自分のシャツをぎゅっと握った。その姿を見た久我がふわりと笑い、大股で廊下をずんすん進んでくる。
「ただいま」
言うと同時に玲旺を抱きしめ、洗い立ての柔らかい髪に顔を埋めた。
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