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~ 最終章 されど御曹司は ~
春の夜の夢のごとし④
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氷雨や快晴を背に庇うように前に出てしまったので、二人の表情を伺い知ることはできない。しかし、息を呑むような気配は感じた。
どうかもうこれ以上、彼らを傷つけないでくれと玲旺は願ったが、紅林は全くピンと来ていないように首を傾げる。
「流行を研究して、更にその先を予測する? そんな面倒なことしなくたって、既に流行っている物を真似たらいいだろ。アホか」
紅林が口を開くたびに胸を抉られ、何とも言えない虚しさを感じた。
そう言えば、本家のジョリーもフォーチュンの人気商品をよく模倣していた。ここまで重症なのかと、玲旺は目も耳も覆いたくなる。もう今更、紅林の考え方を変える事は出来ないだろう。
それでも玲旺は、反論せずにはいられなかった。
「本気で言ってますか? その『既に流行している物』も、誰かが必死に作った結果ですよ。時代を動かす大きなうねりを自分の手で生み出す為に、作り手は寝る間も惜しんで挑戦してるんだ。いつでも自分が最前線だと胸を張っていられるように。そんな誇り高い人たちを、これ以上愚弄しないでください」
決して声は荒げなかったが、諭すような玲旺の言葉には迫力があった。
いつの間にか片付け中のスタッフたちも、手を止めて成り行きを見守っている。
「誇り高いって、大袈裟だな。だから、さっきも言っただろ。顔が良いから売れてんだよ。そいつらの努力じゃない」
「違います。顔だけで服が売れたら苦労なんかしませんよ。その理屈なら、芸能人がブランドを立ち上げればどんな服でも売れてしまう。そんな訳ないって、アパレル業界に居たらすぐに解るでしょう」
なぜこんなにも伝わらないんだと、玲旺はもどかしい気持ちで紅林を見た。彼は不愉快そうに口を歪め、苛立ったように玲旺を見下ろしている。
その濁った目を真っ直ぐ見返し、玲旺は諦めずに訴えた。
「これだけ様々なジャンルの服が溢れている時代で、新しいデザインを生み出すって、相当なことですよ。アイデアだって無限に湧いて出て来るわけじゃない。枯渇してしまわないように、日々アンテナを張って、勉強し続けているはずです。淘汰されないように、飽きられないように。第一線で戦い続ける恐怖は計り知れない。どうしてその努力を理解しようとしないんですか。少しで良いから、想像してください。お願いです」
玲旺がなかなか引き下がらないので、紅林はうんざりしたように頭を掻いた。少しも響いていない様子に、玲旺は怒りを通り越して不憫な気持ちになる。
「あなたには、今まできちんと叱って教えてくれる人が居なかったんですね」
憐れむような玲旺の眼差しに、紅林が片眉を上げた。
「なんで俺が叱られなきゃなんねーんだよ」
「もっと周囲の声に耳を傾けるべきです。そうでないと、あなただけではなく会社まで巻き込んで、いつか取り返しのつかないことになりますよ」
「はぁ?」
何を言ってるんだと笑い飛ばす紅林の元に、秘書が書類を片手に駆け寄った。
「か、快晴さん、お疲れ様です。今日はありがとうございました。副社長が大変失礼いたしました」
真っ青な顔の秘書は、紅林よりも先に快晴に向かって頭を下げる。それが気に入らなかったのか、紅林が声を荒げた。
「おい、挨拶なら俺が先だろうが。それに、俺が何を失礼したって? 寝ぼけたこと言ってんじゃねぇよ。契約書はそれか。早く寄こせ」
恐る恐る差し出す秘書の手から、紅林は奪うようにして書類を取り上げる。それを一瞥した後、細かい文字を読むのが面倒なのか、「なんて書いてある」と高圧的に尋ねた。
秘書は明らかに紅林よりも快晴の反応を気にしていて、それだけで快晴の言い分が正しいということが玲旺には推測できた。
どうかもうこれ以上、彼らを傷つけないでくれと玲旺は願ったが、紅林は全くピンと来ていないように首を傾げる。
「流行を研究して、更にその先を予測する? そんな面倒なことしなくたって、既に流行っている物を真似たらいいだろ。アホか」
紅林が口を開くたびに胸を抉られ、何とも言えない虚しさを感じた。
そう言えば、本家のジョリーもフォーチュンの人気商品をよく模倣していた。ここまで重症なのかと、玲旺は目も耳も覆いたくなる。もう今更、紅林の考え方を変える事は出来ないだろう。
それでも玲旺は、反論せずにはいられなかった。
「本気で言ってますか? その『既に流行している物』も、誰かが必死に作った結果ですよ。時代を動かす大きなうねりを自分の手で生み出す為に、作り手は寝る間も惜しんで挑戦してるんだ。いつでも自分が最前線だと胸を張っていられるように。そんな誇り高い人たちを、これ以上愚弄しないでください」
決して声は荒げなかったが、諭すような玲旺の言葉には迫力があった。
いつの間にか片付け中のスタッフたちも、手を止めて成り行きを見守っている。
「誇り高いって、大袈裟だな。だから、さっきも言っただろ。顔が良いから売れてんだよ。そいつらの努力じゃない」
「違います。顔だけで服が売れたら苦労なんかしませんよ。その理屈なら、芸能人がブランドを立ち上げればどんな服でも売れてしまう。そんな訳ないって、アパレル業界に居たらすぐに解るでしょう」
なぜこんなにも伝わらないんだと、玲旺はもどかしい気持ちで紅林を見た。彼は不愉快そうに口を歪め、苛立ったように玲旺を見下ろしている。
その濁った目を真っ直ぐ見返し、玲旺は諦めずに訴えた。
「これだけ様々なジャンルの服が溢れている時代で、新しいデザインを生み出すって、相当なことですよ。アイデアだって無限に湧いて出て来るわけじゃない。枯渇してしまわないように、日々アンテナを張って、勉強し続けているはずです。淘汰されないように、飽きられないように。第一線で戦い続ける恐怖は計り知れない。どうしてその努力を理解しようとしないんですか。少しで良いから、想像してください。お願いです」
玲旺がなかなか引き下がらないので、紅林はうんざりしたように頭を掻いた。少しも響いていない様子に、玲旺は怒りを通り越して不憫な気持ちになる。
「あなたには、今まできちんと叱って教えてくれる人が居なかったんですね」
憐れむような玲旺の眼差しに、紅林が片眉を上げた。
「なんで俺が叱られなきゃなんねーんだよ」
「もっと周囲の声に耳を傾けるべきです。そうでないと、あなただけではなく会社まで巻き込んで、いつか取り返しのつかないことになりますよ」
「はぁ?」
何を言ってるんだと笑い飛ばす紅林の元に、秘書が書類を片手に駆け寄った。
「か、快晴さん、お疲れ様です。今日はありがとうございました。副社長が大変失礼いたしました」
真っ青な顔の秘書は、紅林よりも先に快晴に向かって頭を下げる。それが気に入らなかったのか、紅林が声を荒げた。
「おい、挨拶なら俺が先だろうが。それに、俺が何を失礼したって? 寝ぼけたこと言ってんじゃねぇよ。契約書はそれか。早く寄こせ」
恐る恐る差し出す秘書の手から、紅林は奪うようにして書類を取り上げる。それを一瞥した後、細かい文字を読むのが面倒なのか、「なんて書いてある」と高圧的に尋ねた。
秘書は明らかに紅林よりも快晴の反応を気にしていて、それだけで快晴の言い分が正しいということが玲旺には推測できた。
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