されど御曹司は愛を誓う

雪華

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~ 第三章 反撃の狼煙 ~

捻じれまくった迷路の先で③

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 突発的な音響トラブルに見舞われたものの、それを観客に悟られずに上手く対処した南野が、戦場のようなステージから帰還する。
 戻って来て早々、彼女は開口一番「音は直った?」と氷雨に尋ねた。

「ちょっと時間がかかりそうだから、僕たちも無音で歩くよ。エンディングには、何とか間に合わせてもらう」
「そっか。ごめん。もう少し時間が稼げれば良かったんだけど」
「何言ってんの、充分だよ。咄嗟にあんな対応、姐さんじゃなきゃ無理だった。ありがとう」

 かしこまったように礼を述べる氷雨に、南野は笑みを返して励ますように肩を叩いた。それから感慨深そうに、氷雨たち三人を順に見る。

「なんだか懐かしいな。あの頃を思い出す。やっと三人揃ったんだね」

 その言葉に、快晴も湯月も一瞬だけ視線を足元に落とした。何かしら理由があったにせよ、氷雨を一人残していなくなったことに、申し訳なさと後ろめたさを感じているのかもしれない。
 小さく微笑んだ氷雨は、「まぁね」とうなずいた。

「昔、永遠が言ったんだ。『いつか大人になった時、ねじれまくった迷路を進んだ先で、また三人で会えたら良いね』って。あの時は、大人になってもまだ迷路の途中にいるなんて思わなかったな」

 追憶に浸るように呟いた後、氷雨がすーっと息を吸い込む。

「さぁ、行こう」
 
 その一言とともに強い風が吹き抜けたような気がした。
 同じタイミングで、舞台袖からランウェイへ向かう氷雨たちの背中に「Break a leg!」と声が掛けられる。
 声の主は黛で、余程勇気を出して言葉を発したのか、これからステージに上がる氷雨たちより何倍も緊張した面持ちだった。黛の隣にいた宮原も、感極まったように同じ言葉を口にする。

 自分よりも遥か先を行く先輩には、必要のない激励かもしれない。それをわかっていながらも、その言葉を贈らずにはいられなかったのだろう。
 ほんの僅かでも力になりたいと願う、祈りにも似た後輩たちの声援は、氷雨にどのように届いたのか。
 ステージに出る直前、氷雨の唇が「Thanks」と動いたのを玲旺は見逃さなかった。

 華やかなでありながらもBGMが鳴らない会場は、酷く奇妙でどこか現実離れしていた。それが一種異様な高揚感を誘い、静けさに反して人々の期待と熱気が高まっていく。

 大御所の南野が既に登場したことで、今回のイベントで残すは氷雨と快晴だと観客たちも予想がついているのだろう。
 照明が一段暗くなると、いよいよかとステージに視線が集中する。

 暗転の後にスポットライトの光の筋が差し、ステージに立つ三人の姿を浮かび上がらせた。
 氷雨と快晴、しかしもう一人は一体誰だと観客たちが目を凝らし、それが永遠だと気づいた瞬間、会場が揺れるほどの歓声に包まれる。

 まるでその悲鳴が合図だったかのように、三人が同時に足を踏み出し歩き始めた。
 暗い会場内で、スポットライトが氷雨たちを追うように照らす。
 横並びで一糸乱れぬ三人のウオーキングは圧巻だった。音楽がないことによって厳かな雰囲気が増し、何かの儀式かのような神聖さがある。
 初めは黄色い声援で埋め尽くされていた場内から、次第に波が引くように歓声が消えていった。

 誰もが食い入るようにステージを見つめ、あまりの迫力と美しさに恐れ慄き、声を出すどころか呼吸さえひそめてしまう。

 まっすぐ前を向く氷雨の瞳には、どんな景色が映っているのだろう。
 ランウェイの先端で立ち止まった三人を見ながら、玲旺は込み上げるものを感じていた。
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