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~ 第三章 反撃の狼煙 ~
メタモルフォシス③
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ふわりと天に向かって伸びた腕。
こんな演出は予定にない。
黛は一体何をするつもりなのか。
会場の観客も、そして恐らくネット越しの視聴者も、玲旺たちですら、息を押し殺すようにしてジッと黛を見つめた。
しなやかで細い指先が、目を覆っている黒いリボンを恭しく摘まむ。ゆっくりとした動作で、黛はスルスルとリボンの結び目を解いた。
はらりとリボンが外れ、黛の黒曜石のような瞳が露わになる。恐れずに前に向けられたその視線は、会場の最後列よりも更に遠く、遥か先を見据えているようだった。
黛は左手に握り締めた氷雨のリボンにそっと唇を寄せる。それから視線を横に動かし、深影に向かって右手を差し出した。深影も黛に引き寄せられるように手を伸ばし、互いの指先をしっかり絡める。
黛と深影が目線を交差させた瞬間、二人を包んでいた薄い殻がバリンと音を立てて弾け飛んだような気がした。
それはサナギが羽化し変身を遂げ、輝かしく羽ばたく刹那の出来事だった。
玲旺は、氷雨が二人に「運命の海原を泳ぎ切れ」と告げたことを思い出す。
今回のショーを無事に乗り切れと言う意味に捉えていたが、それだけではなかった。今日だけではなく、これから先も続く険しい芸能の道を、諦めることなく進んで欲しいと言う願いも込められていたのだ。
その言葉に黛は応え、多くの観衆の前で見事に生まれ変わったのかと思うと、その覚悟に身震いするような感動を覚える。
『やばいやばいやばいやばい』
『なんか涙止まんないんだけど』
『どこ調べたらこの人たちのこと知れるの? 何でも良いからこの二人についての情報ください』
『私、フローズンレインに五票全部入れる』
あまりの衝撃にひと時コメントが途絶えたが、我に返ったように再び文字が氾濫し出す。
くるりとランウェイをターンし、手を取り合って歩く二人は優雅に舞う蝶のようだった。
「ちょっと泣かさないでよぉ。私、子ども産んでから涙もろくなったのに」
化粧が崩れないように必死に涙を堪える南野が、クスンと鼻をすする。
「泣いてる場合じゃないでしょ。この後に歩く僕たちは、これより上を行かなきゃ先輩のメンツ立たないよ。新人に喰われるわけにはいかないからね」
そう言い放った氷雨は、どこか嬉しそうで楽しそうだった。「まったくだわ」と同意した南野が、スッと表情を変える。
それはもう既にプロの顔で、周囲の温度が一気に三度ほど下がったような、ピリッとした緊張感を持たせた。
その南野が、真顔で告げる。
「氷雨、永遠。アンタたち、やっぱりラストに歩きなさい。黛くんの後に出るクリアデイが戻ってきたら、次は私が行くわ」
「え、こんな直前に変更? 冗談でしょ」
「本気よ。幸い、今回の構成なら音響も照明も変えずに、私たちの順番だけ入れ替えても問題ないはずよ。だからアンタはその間にリボンを結んで、ついでに化粧直しもしちゃいなさい。冷や汗かいたでしょ」
確かに南野の言う通り、氷雨は身支度を整える必要がある。
それに加えて会場の雰囲気や動画のコメントでは、ラストで氷雨と快晴が久しぶりに揃う姿に予想以上の期待が寄せられていた。
永遠の出演が知らされていないうちからこの盛り上がりなのだから、三人揃った時の熱狂は計り知れない。
氷雨がこのままラストを歩かなければ、観客も視聴者も酷く期待を裏切られたように感じるだろう。
状況を鑑みて大トリを飾る栄誉をあっさり手離す南野に、玲旺は心から感心する。やはり一流ともなると、己の目先の利益より何が最善かを理解し行動に移すものなのか。
「この私が最高のフィナーレの前座になってやるって言ってんだから、感謝しなさいよ」
不敵に微笑む南野を前にして、渋る氷雨は片手で目を覆って項垂れたが、諦めたようにこくりとうなずいた。
こんな演出は予定にない。
黛は一体何をするつもりなのか。
会場の観客も、そして恐らくネット越しの視聴者も、玲旺たちですら、息を押し殺すようにしてジッと黛を見つめた。
しなやかで細い指先が、目を覆っている黒いリボンを恭しく摘まむ。ゆっくりとした動作で、黛はスルスルとリボンの結び目を解いた。
はらりとリボンが外れ、黛の黒曜石のような瞳が露わになる。恐れずに前に向けられたその視線は、会場の最後列よりも更に遠く、遥か先を見据えているようだった。
黛は左手に握り締めた氷雨のリボンにそっと唇を寄せる。それから視線を横に動かし、深影に向かって右手を差し出した。深影も黛に引き寄せられるように手を伸ばし、互いの指先をしっかり絡める。
黛と深影が目線を交差させた瞬間、二人を包んでいた薄い殻がバリンと音を立てて弾け飛んだような気がした。
それはサナギが羽化し変身を遂げ、輝かしく羽ばたく刹那の出来事だった。
玲旺は、氷雨が二人に「運命の海原を泳ぎ切れ」と告げたことを思い出す。
今回のショーを無事に乗り切れと言う意味に捉えていたが、それだけではなかった。今日だけではなく、これから先も続く険しい芸能の道を、諦めることなく進んで欲しいと言う願いも込められていたのだ。
その言葉に黛は応え、多くの観衆の前で見事に生まれ変わったのかと思うと、その覚悟に身震いするような感動を覚える。
『やばいやばいやばいやばい』
『なんか涙止まんないんだけど』
『どこ調べたらこの人たちのこと知れるの? 何でも良いからこの二人についての情報ください』
『私、フローズンレインに五票全部入れる』
あまりの衝撃にひと時コメントが途絶えたが、我に返ったように再び文字が氾濫し出す。
くるりとランウェイをターンし、手を取り合って歩く二人は優雅に舞う蝶のようだった。
「ちょっと泣かさないでよぉ。私、子ども産んでから涙もろくなったのに」
化粧が崩れないように必死に涙を堪える南野が、クスンと鼻をすする。
「泣いてる場合じゃないでしょ。この後に歩く僕たちは、これより上を行かなきゃ先輩のメンツ立たないよ。新人に喰われるわけにはいかないからね」
そう言い放った氷雨は、どこか嬉しそうで楽しそうだった。「まったくだわ」と同意した南野が、スッと表情を変える。
それはもう既にプロの顔で、周囲の温度が一気に三度ほど下がったような、ピリッとした緊張感を持たせた。
その南野が、真顔で告げる。
「氷雨、永遠。アンタたち、やっぱりラストに歩きなさい。黛くんの後に出るクリアデイが戻ってきたら、次は私が行くわ」
「え、こんな直前に変更? 冗談でしょ」
「本気よ。幸い、今回の構成なら音響も照明も変えずに、私たちの順番だけ入れ替えても問題ないはずよ。だからアンタはその間にリボンを結んで、ついでに化粧直しもしちゃいなさい。冷や汗かいたでしょ」
確かに南野の言う通り、氷雨は身支度を整える必要がある。
それに加えて会場の雰囲気や動画のコメントでは、ラストで氷雨と快晴が久しぶりに揃う姿に予想以上の期待が寄せられていた。
永遠の出演が知らされていないうちからこの盛り上がりなのだから、三人揃った時の熱狂は計り知れない。
氷雨がこのままラストを歩かなければ、観客も視聴者も酷く期待を裏切られたように感じるだろう。
状況を鑑みて大トリを飾る栄誉をあっさり手離す南野に、玲旺は心から感心する。やはり一流ともなると、己の目先の利益より何が最善かを理解し行動に移すものなのか。
「この私が最高のフィナーレの前座になってやるって言ってんだから、感謝しなさいよ」
不敵に微笑む南野を前にして、渋る氷雨は片手で目を覆って項垂れたが、諦めたようにこくりとうなずいた。
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