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~ 第三章 反撃の狼煙 ~
第三十五話 メタモルフォシス
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しかし死神の鎌は、寸でのところで止められる。
「行きたいと思うなら、自分から諦めちゃ駄目よ。キミは歩ける。大丈夫、行きなさい」
氷雨は黛に出来るか否かを問うのではなく、「キミは歩ける」と断言し、「行きなさい」と命じた。
迷いの末に、勝負することを選んだのだ。
黛が大きく目を見開く。「でも」と言いかけた唇に氷雨が人差し指を押し当て、言い訳を拒んだ。
「キミの身体は歩くことをちゃんと覚えてる。だから舞台に立ったら余計なことは考えず、ただ足を前に出せばいい。キミが本当に恐れなきゃいけないのは、失敗でも観客の目でもなく、自分で自分を潰してしまうことよ」
逃げるように足元に目線を落とす黛の頬を氷雨が手のひらで包み込み、自分の方に向けさせる。
「今から目隠しをするからね。要らない情報は全部シャットアウトするよ。キミは深影さんの手を取って、ランウェイを歩くことに集中して」
いいね? と氷雨に念を押され、黛は反射的にうなずいた。それを見た氷雨は頬から手を離し、黛の背後に回る。
固唾を呑んで見守っていた深影は氷雨の提案をすぐさま理解し、黛の手を握り締めた。正面に立ち、凛とした強い眼差しで黛を見上げる。
「行けるよね」
深影の声には「信じてる」と言う響きが含まれているような気がした。
真っ直ぐ射るように見つめられ、黛も覚悟を決めたのだろう。深影の手を握り返しながら、「行かなくちゃ」と口にした。
モニターにはランウェイを引き返し始めた紅林の姿が映し出される。
氷雨は自分の首元で結ばれていた幅の広いリボンを解き、それで黛の目を覆った。
「何も心配することはないよ。キミの隣には深影さんがいる。彼女を信じて」
まるで最初から決まっていたコーディネートかのように、リボンで目隠しされた黛は退廃的で危うい美しさを放っていた。
ランウェイへと続く入口まで黛の手を引いて進み、深影は呼吸を整える。黛の膝はガクガクと震えていた。
そんな姿を見ても、何もできない自分がもどかしい。どんな言葉をかければいいのかもわからない。玲旺は己の無力さに打ちひしがれながら、何か方法はないかと模索し続ける。
ギリギリと奥歯を噛みしめていると、天啓のような閃きが降りてきた。
――そうだ。あの時のリズム。
玲旺は思いつくと同時に手拍子を打っていた。廊下で練習した際に、南野が黛のために打った、あの拍数だ。
玲旺の動作に気付いた南野が、ハッとして同じように手拍子を始める。それを見た他のモデルたちも、廊下での練習を思い出したのか一緒になって手を叩きだした。
タン、タン、タンと刻まれる一定のリズムが、黛を守り、励ます。
黛は「ありがとう」と、言葉を詰まらせた。
まだ震えの残る足を上げ下げし、リズムを取るように踵を踏み鳴らす。
いつの間にかステージ裏は、ハンドクラップの音で包まれていた。恐らくクリアデイ側からも、拍手の音は上がっている。
紅林が汚した淀んだ空気は一掃され、温かいものが胸に込み上げた。
氷雨が黛と深影の背後に立ち、そっと二人の背中に手を添える。
「僕が背中を押したら一歩踏み出して。大丈夫、キミたちは強い。どんな嵐の中でも真っ直ぐに突き進む船だよ。運命の海原を泳ぎ切れ」
黛と深影が力強く頷いた。
タイミングを見計らって、氷雨が優しく背中を押す。
「Break a leg.」
祈りを込めた演者特有の言い回しで、氷雨が二人を送り出した。
「行きたいと思うなら、自分から諦めちゃ駄目よ。キミは歩ける。大丈夫、行きなさい」
氷雨は黛に出来るか否かを問うのではなく、「キミは歩ける」と断言し、「行きなさい」と命じた。
迷いの末に、勝負することを選んだのだ。
黛が大きく目を見開く。「でも」と言いかけた唇に氷雨が人差し指を押し当て、言い訳を拒んだ。
「キミの身体は歩くことをちゃんと覚えてる。だから舞台に立ったら余計なことは考えず、ただ足を前に出せばいい。キミが本当に恐れなきゃいけないのは、失敗でも観客の目でもなく、自分で自分を潰してしまうことよ」
逃げるように足元に目線を落とす黛の頬を氷雨が手のひらで包み込み、自分の方に向けさせる。
「今から目隠しをするからね。要らない情報は全部シャットアウトするよ。キミは深影さんの手を取って、ランウェイを歩くことに集中して」
いいね? と氷雨に念を押され、黛は反射的にうなずいた。それを見た氷雨は頬から手を離し、黛の背後に回る。
固唾を呑んで見守っていた深影は氷雨の提案をすぐさま理解し、黛の手を握り締めた。正面に立ち、凛とした強い眼差しで黛を見上げる。
「行けるよね」
深影の声には「信じてる」と言う響きが含まれているような気がした。
真っ直ぐ射るように見つめられ、黛も覚悟を決めたのだろう。深影の手を握り返しながら、「行かなくちゃ」と口にした。
モニターにはランウェイを引き返し始めた紅林の姿が映し出される。
氷雨は自分の首元で結ばれていた幅の広いリボンを解き、それで黛の目を覆った。
「何も心配することはないよ。キミの隣には深影さんがいる。彼女を信じて」
まるで最初から決まっていたコーディネートかのように、リボンで目隠しされた黛は退廃的で危うい美しさを放っていた。
ランウェイへと続く入口まで黛の手を引いて進み、深影は呼吸を整える。黛の膝はガクガクと震えていた。
そんな姿を見ても、何もできない自分がもどかしい。どんな言葉をかければいいのかもわからない。玲旺は己の無力さに打ちひしがれながら、何か方法はないかと模索し続ける。
ギリギリと奥歯を噛みしめていると、天啓のような閃きが降りてきた。
――そうだ。あの時のリズム。
玲旺は思いつくと同時に手拍子を打っていた。廊下で練習した際に、南野が黛のために打った、あの拍数だ。
玲旺の動作に気付いた南野が、ハッとして同じように手拍子を始める。それを見た他のモデルたちも、廊下での練習を思い出したのか一緒になって手を叩きだした。
タン、タン、タンと刻まれる一定のリズムが、黛を守り、励ます。
黛は「ありがとう」と、言葉を詰まらせた。
まだ震えの残る足を上げ下げし、リズムを取るように踵を踏み鳴らす。
いつの間にかステージ裏は、ハンドクラップの音で包まれていた。恐らくクリアデイ側からも、拍手の音は上がっている。
紅林が汚した淀んだ空気は一掃され、温かいものが胸に込み上げた。
氷雨が黛と深影の背後に立ち、そっと二人の背中に手を添える。
「僕が背中を押したら一歩踏み出して。大丈夫、キミたちは強い。どんな嵐の中でも真っ直ぐに突き進む船だよ。運命の海原を泳ぎ切れ」
黛と深影が力強く頷いた。
タイミングを見計らって、氷雨が優しく背中を押す。
「Break a leg.」
祈りを込めた演者特有の言い回しで、氷雨が二人を送り出した。
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