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~ 第三章 反撃の狼煙 ~
肉を切らせて骨を断つ⑥
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七割程度の力で歩いて欲しい。
緊張しているフリをしてくれて構わない。
そんなアドバイスが功を奏したのか、リハーサルは滞りなく進んでいった。
揉め事の原因になりそうな紅林が姿を現さなかったのも、順調に事が運んだ理由の一つだろう。
快晴も氷雨同様、客席から衣装をチェックしているらしく、リハーサルで歩くことはないらしい。
クリアデイ側のモデルたちは流石に余裕があって、自分の出番の合間にせっせとSNSに載せるための写真を撮っている。
このまま無事に終わりそうだと思いながら、玲旺は一番心配だった深影と黛のウオークを見守った。この二人が歩き終えれば、氷雨と湯月はリハーサルには出ないのでラストの南野の番となる。
深影と黛は対になるゴシックドレスとゴシックスーツのペアコーデで、肩を並べながらランウェイを歩く。実力を抑えていても二人の存在感と所作の美しさは目を引いて、作業中のスタッフも思わず手を止めて見入っていた。
しかし、あと僅かで舞台の袖に入ると言う所で黛が躓いてしまい、足並みが乱れる。
何とか転ばずには済んだが動揺が隠し切れず、次に歩き出した時には右手と右足が同時に出てしまった。そうすると必然的に左の手足が出るタイミングも揃ってしまい、カクカクした動きの黛は慌てふためく。
深影は「大丈夫だよ、落ち着いて」とフォローしたが、クリアデイのモデルから笑いが起こった。
「かわいいーっ。手と足一緒に出ちゃって、壊れたロボットみたい」
「あっはは。緊張し過ぎだって」
「もう少しだよー。ロボットさんガンバレー」
悪意とまではいかないのかもしれない。その場の雰囲気で、軽く揶揄っただけかもしれない。ただ、黛の心を折るには充分過ぎる威力だった。
崩れ落ちそうになった黛を玲旺が抱き留め、深影が青ざめた表情で背中に手を添える。
パーテーションの隙間から注がれる、無遠慮な好奇の目。深影が睨みつけようと振り返った瞬間、それを制するように南野がランウェイに向かって一歩足を踏み出した。
カツンと響くヒールの音と南野の纏う凛としたオーラで、それまでの空気が大きく変化する。
南野はクリアデイ側を一瞥した後、迫力のウオーキングを見せつけた。その姿はまるで、触れただけでも致命傷を負わせる抜身の刃だ。
これが世界で戦うランウェイモデルの本気なのかと、玲旺は瞬きもせずに息を飲む。
よく氷雨が「僕はスチールがメイン」、「ウオーキングはそんなに得意じゃない」などと言うのでなぜそんな謙遜をするのかと思っていたが、彼は正しく自分の力量を理解していたのだ。
氷雨も充分に舞台の上で戦えるトップモデルだが、南野は明らかにもう一段高い所にいた。
南野が一歩進むごとに、見えない刃がステージごと会場全体を薙ぎ払っていく。先ほどまで余裕一色だったクリアデイが、怯んでいるのがよくわかった。
おそらく南野も、はじめは軽く流す程度に歩くつもりだったのだろう。しかし黛を笑われた事で、仇を取ってやろうと思ってくれたのかもしれない。
力業でクリアデイを黙らせて戻って来た南野が、ニンマリ笑って玲旺たちに近づいた。
「ごめんね、思わず全力ウオークしちゃった。温存しとけばよかったかな」
「いえ。南野さんなら、本番はこの数段ギアを上げてくれると信じています」
鳥肌がまだ引かない玲旺は、尊敬の念を込めて南野に告げる。
「『本番もこの調子で』って言わないところがいいねぇ、そうこなくっちゃ。期待してて、今より百倍良いパフォーマンスを魅せてあげる」
玲旺に強気な笑みを向けた南野の後ろから、「お疲れーっ」と氷雨が現れた。氷雨は衣装の修正箇所をメモした用紙をフィッターに手渡し、それから黛をグッと抱き締め背中を叩いた。
余計な言葉は掛けなくても、「大丈夫、気にするな」と言う想いが充分伝わってくる。
「それじゃ、僕は着替えてくるから後よろしくね」
玲旺にそう告げると、氷雨は湯月と共に慌ただしく廊下を駆けて行った。
緊張しているフリをしてくれて構わない。
そんなアドバイスが功を奏したのか、リハーサルは滞りなく進んでいった。
揉め事の原因になりそうな紅林が姿を現さなかったのも、順調に事が運んだ理由の一つだろう。
快晴も氷雨同様、客席から衣装をチェックしているらしく、リハーサルで歩くことはないらしい。
クリアデイ側のモデルたちは流石に余裕があって、自分の出番の合間にせっせとSNSに載せるための写真を撮っている。
このまま無事に終わりそうだと思いながら、玲旺は一番心配だった深影と黛のウオークを見守った。この二人が歩き終えれば、氷雨と湯月はリハーサルには出ないのでラストの南野の番となる。
深影と黛は対になるゴシックドレスとゴシックスーツのペアコーデで、肩を並べながらランウェイを歩く。実力を抑えていても二人の存在感と所作の美しさは目を引いて、作業中のスタッフも思わず手を止めて見入っていた。
しかし、あと僅かで舞台の袖に入ると言う所で黛が躓いてしまい、足並みが乱れる。
何とか転ばずには済んだが動揺が隠し切れず、次に歩き出した時には右手と右足が同時に出てしまった。そうすると必然的に左の手足が出るタイミングも揃ってしまい、カクカクした動きの黛は慌てふためく。
深影は「大丈夫だよ、落ち着いて」とフォローしたが、クリアデイのモデルから笑いが起こった。
「かわいいーっ。手と足一緒に出ちゃって、壊れたロボットみたい」
「あっはは。緊張し過ぎだって」
「もう少しだよー。ロボットさんガンバレー」
悪意とまではいかないのかもしれない。その場の雰囲気で、軽く揶揄っただけかもしれない。ただ、黛の心を折るには充分過ぎる威力だった。
崩れ落ちそうになった黛を玲旺が抱き留め、深影が青ざめた表情で背中に手を添える。
パーテーションの隙間から注がれる、無遠慮な好奇の目。深影が睨みつけようと振り返った瞬間、それを制するように南野がランウェイに向かって一歩足を踏み出した。
カツンと響くヒールの音と南野の纏う凛としたオーラで、それまでの空気が大きく変化する。
南野はクリアデイ側を一瞥した後、迫力のウオーキングを見せつけた。その姿はまるで、触れただけでも致命傷を負わせる抜身の刃だ。
これが世界で戦うランウェイモデルの本気なのかと、玲旺は瞬きもせずに息を飲む。
よく氷雨が「僕はスチールがメイン」、「ウオーキングはそんなに得意じゃない」などと言うのでなぜそんな謙遜をするのかと思っていたが、彼は正しく自分の力量を理解していたのだ。
氷雨も充分に舞台の上で戦えるトップモデルだが、南野は明らかにもう一段高い所にいた。
南野が一歩進むごとに、見えない刃がステージごと会場全体を薙ぎ払っていく。先ほどまで余裕一色だったクリアデイが、怯んでいるのがよくわかった。
おそらく南野も、はじめは軽く流す程度に歩くつもりだったのだろう。しかし黛を笑われた事で、仇を取ってやろうと思ってくれたのかもしれない。
力業でクリアデイを黙らせて戻って来た南野が、ニンマリ笑って玲旺たちに近づいた。
「ごめんね、思わず全力ウオークしちゃった。温存しとけばよかったかな」
「いえ。南野さんなら、本番はこの数段ギアを上げてくれると信じています」
鳥肌がまだ引かない玲旺は、尊敬の念を込めて南野に告げる。
「『本番もこの調子で』って言わないところがいいねぇ、そうこなくっちゃ。期待してて、今より百倍良いパフォーマンスを魅せてあげる」
玲旺に強気な笑みを向けた南野の後ろから、「お疲れーっ」と氷雨が現れた。氷雨は衣装の修正箇所をメモした用紙をフィッターに手渡し、それから黛をグッと抱き締め背中を叩いた。
余計な言葉は掛けなくても、「大丈夫、気にするな」と言う想いが充分伝わってくる。
「それじゃ、僕は着替えてくるから後よろしくね」
玲旺にそう告げると、氷雨は湯月と共に慌ただしく廊下を駆けて行った。
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