されど御曹司は愛を誓う

雪華

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~ 第三章 反撃の狼煙 ~

船頭多くして船山に上る②

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 気を引き締めつつ、開いたパソコンで招待客のリストを確認していると、「おはようございます」と部屋の入り口から声がした。玲旺がパソコン画面から顔を上げるより先に、氷雨がその声に反応する。

「あっ、湯月くんおはよー。今日はよろしくね」
「よろしくお願いします。作業風景、二、三枚撮影しても大丈夫ですか」
「うん、いいよ。好きなように取材して」

 氷雨の見えない尻尾がパタパタ揺れているような気がした。
 湯月は首からプレスパスを下げていて、腕には博雅出版の自社腕章を巻いている。
 正体を明かしたくない湯月は、コレクションの密着取材と言う名目でバックステージを自由に行き来していた。時間になればこっそり別室に移動し、昔馴染みのヘアメイクスタッフによって「永遠」に変身する予定だ。
 写真を撮り終えた湯月はさらさらと取材メモを書き留め、「よし」と呟く。

「じゃあ、次はメイクルームの写真撮って来るんで、またあとで」

 湯月が部屋を出ようとしたので、玲旺は急いで立ち上がった。

「あっ、湯月さん待ってください。氷雨さん、俺も一緒に行ってきますね」
「はいはい。いってらっしゃーい」

 氷雨が作業しつつも、ひらひらと手を振る。その様子を見ていた湯月は、少し意外そうな顔をした。
 メイクルームを目指して歩きながら、湯月が声を潜めて玲旺に話しかける。

「氷雨くん、本番前でも随分リラックスしてますね。昔は表面上は平気そうに見えても、実はピリピリしてたのに」

 不思議そうに首を傾げるので、心当たりのある玲旺は「あぁ」と手を打った。

「表情が少し強張っていたので、おまじないを教えてあげたんです。そう言えば、湯月さんもいつもより早口だし、ちょっと緊張してるでしょ。人って三回手のひらに書いて飲み込むといいですよ。簡単なので、ぜひ試してみてください」

 とっておきの秘密を打ち明けるように告げると、初めは目をパチパチさせていた湯月が急にぶっと吹き出した。

「氷雨くんの緊張を見抜いたのも凄いですけど、アドバイスまでしたんですね。そっかぁ、桐ケ谷さんはさすがだな。氷雨くん、嬉しかったんだろうなぁ」

 目を細める湯月に、「嬉しかった?」と、今度は玲旺が不思議そうな顔をする。湯月はうんうんとうなずきながら、「だって」と説明し始めた。

「私たちって、場慣れしていて緊張とは無縁だと思われがちなんです。特に氷雨くんは無敵っぽく見えるから余計に。でもやっぱり、本番前はナーバスになるんですよね。だからそんな時、緊張に気付いて励ましてもらえるのって、凄く嬉しい。ありがとうございます」

 湯月が照れくさそうに礼を述べる。玲旺は氷雨が機嫌良さそうにしていた理由がわかったような気がした。

「氷雨さん、緊張した時のアドバイスもらったの初めてって言ってたなぁ。だからさっき『ちゃんと僕を見てくれてるのね』って笑ってたのか」

 納得しながら、玲旺はチラリと湯月の横顔を盗み見る。先ほど氷雨と自然に接していたので、問題は解決したのだろうかと気になった。

「あの、聞いても良いですか? 氷雨さんと話は……」

 遠慮がちに尋ねると、湯月がふわりと柔らかく笑う。

「イベント前なので、なるべく深刻にならないように『アトリエの鍵を今でも持ったままなんだけど、いいの?』って聞いてみたんです。そうしたら、『いいに決まってるでしょ』って即答されました。拍子抜けするくらいあっさりと」
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