218 / 302
~ 第三章 反撃の狼煙 ~
船頭多くして船山に上る②
しおりを挟む
気を引き締めつつ、開いたパソコンで招待客のリストを確認していると、「おはようございます」と部屋の入り口から声がした。玲旺がパソコン画面から顔を上げるより先に、氷雨がその声に反応する。
「あっ、湯月くんおはよー。今日はよろしくね」
「よろしくお願いします。作業風景、二、三枚撮影しても大丈夫ですか」
「うん、いいよ。好きなように取材して」
氷雨の見えない尻尾がパタパタ揺れているような気がした。
湯月は首からプレスパスを下げていて、腕には博雅出版の自社腕章を巻いている。
正体を明かしたくない湯月は、コレクションの密着取材と言う名目でバックステージを自由に行き来していた。時間になればこっそり別室に移動し、昔馴染みのヘアメイクスタッフによって「永遠」に変身する予定だ。
写真を撮り終えた湯月はさらさらと取材メモを書き留め、「よし」と呟く。
「じゃあ、次はメイクルームの写真撮って来るんで、またあとで」
湯月が部屋を出ようとしたので、玲旺は急いで立ち上がった。
「あっ、湯月さん待ってください。氷雨さん、俺も一緒に行ってきますね」
「はいはい。いってらっしゃーい」
氷雨が作業しつつも、ひらひらと手を振る。その様子を見ていた湯月は、少し意外そうな顔をした。
メイクルームを目指して歩きながら、湯月が声を潜めて玲旺に話しかける。
「氷雨くん、本番前でも随分リラックスしてますね。昔は表面上は平気そうに見えても、実はピリピリしてたのに」
不思議そうに首を傾げるので、心当たりのある玲旺は「あぁ」と手を打った。
「表情が少し強張っていたので、おまじないを教えてあげたんです。そう言えば、湯月さんもいつもより早口だし、ちょっと緊張してるでしょ。人って三回手のひらに書いて飲み込むといいですよ。簡単なので、ぜひ試してみてください」
とっておきの秘密を打ち明けるように告げると、初めは目をパチパチさせていた湯月が急にぶっと吹き出した。
「氷雨くんの緊張を見抜いたのも凄いですけど、アドバイスまでしたんですね。そっかぁ、桐ケ谷さんはさすがだな。氷雨くん、嬉しかったんだろうなぁ」
目を細める湯月に、「嬉しかった?」と、今度は玲旺が不思議そうな顔をする。湯月はうんうんとうなずきながら、「だって」と説明し始めた。
「私たちって、場慣れしていて緊張とは無縁だと思われがちなんです。特に氷雨くんは無敵っぽく見えるから余計に。でもやっぱり、本番前はナーバスになるんですよね。だからそんな時、緊張に気付いて励ましてもらえるのって、凄く嬉しい。ありがとうございます」
湯月が照れくさそうに礼を述べる。玲旺は氷雨が機嫌良さそうにしていた理由がわかったような気がした。
「氷雨さん、緊張した時のアドバイスもらったの初めてって言ってたなぁ。だからさっき『ちゃんと僕を見てくれてるのね』って笑ってたのか」
納得しながら、玲旺はチラリと湯月の横顔を盗み見る。先ほど氷雨と自然に接していたので、問題は解決したのだろうかと気になった。
「あの、聞いても良いですか? 氷雨さんと話は……」
遠慮がちに尋ねると、湯月がふわりと柔らかく笑う。
「イベント前なので、なるべく深刻にならないように『アトリエの鍵を今でも持ったままなんだけど、いいの?』って聞いてみたんです。そうしたら、『いいに決まってるでしょ』って即答されました。拍子抜けするくらいあっさりと」
「あっ、湯月くんおはよー。今日はよろしくね」
「よろしくお願いします。作業風景、二、三枚撮影しても大丈夫ですか」
「うん、いいよ。好きなように取材して」
氷雨の見えない尻尾がパタパタ揺れているような気がした。
湯月は首からプレスパスを下げていて、腕には博雅出版の自社腕章を巻いている。
正体を明かしたくない湯月は、コレクションの密着取材と言う名目でバックステージを自由に行き来していた。時間になればこっそり別室に移動し、昔馴染みのヘアメイクスタッフによって「永遠」に変身する予定だ。
写真を撮り終えた湯月はさらさらと取材メモを書き留め、「よし」と呟く。
「じゃあ、次はメイクルームの写真撮って来るんで、またあとで」
湯月が部屋を出ようとしたので、玲旺は急いで立ち上がった。
「あっ、湯月さん待ってください。氷雨さん、俺も一緒に行ってきますね」
「はいはい。いってらっしゃーい」
氷雨が作業しつつも、ひらひらと手を振る。その様子を見ていた湯月は、少し意外そうな顔をした。
メイクルームを目指して歩きながら、湯月が声を潜めて玲旺に話しかける。
「氷雨くん、本番前でも随分リラックスしてますね。昔は表面上は平気そうに見えても、実はピリピリしてたのに」
不思議そうに首を傾げるので、心当たりのある玲旺は「あぁ」と手を打った。
「表情が少し強張っていたので、おまじないを教えてあげたんです。そう言えば、湯月さんもいつもより早口だし、ちょっと緊張してるでしょ。人って三回手のひらに書いて飲み込むといいですよ。簡単なので、ぜひ試してみてください」
とっておきの秘密を打ち明けるように告げると、初めは目をパチパチさせていた湯月が急にぶっと吹き出した。
「氷雨くんの緊張を見抜いたのも凄いですけど、アドバイスまでしたんですね。そっかぁ、桐ケ谷さんはさすがだな。氷雨くん、嬉しかったんだろうなぁ」
目を細める湯月に、「嬉しかった?」と、今度は玲旺が不思議そうな顔をする。湯月はうんうんとうなずきながら、「だって」と説明し始めた。
「私たちって、場慣れしていて緊張とは無縁だと思われがちなんです。特に氷雨くんは無敵っぽく見えるから余計に。でもやっぱり、本番前はナーバスになるんですよね。だからそんな時、緊張に気付いて励ましてもらえるのって、凄く嬉しい。ありがとうございます」
湯月が照れくさそうに礼を述べる。玲旺は氷雨が機嫌良さそうにしていた理由がわかったような気がした。
「氷雨さん、緊張した時のアドバイスもらったの初めてって言ってたなぁ。だからさっき『ちゃんと僕を見てくれてるのね』って笑ってたのか」
納得しながら、玲旺はチラリと湯月の横顔を盗み見る。先ほど氷雨と自然に接していたので、問題は解決したのだろうかと気になった。
「あの、聞いても良いですか? 氷雨さんと話は……」
遠慮がちに尋ねると、湯月がふわりと柔らかく笑う。
「イベント前なので、なるべく深刻にならないように『アトリエの鍵を今でも持ったままなんだけど、いいの?』って聞いてみたんです。そうしたら、『いいに決まってるでしょ』って即答されました。拍子抜けするくらいあっさりと」
0
お気に入りに追加
29
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
食事届いたけど配達員のほうを食べました
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
なぜ自転車に乗る人はピチピチのエロい服を着ているのか?
そう思っていたところに、食事を届けにきたデリバリー配達員の男子大学生がピチピチのサイクルウェアを着ていた。イケメンな上に筋肉質でエロかったので、追加料金を払って、メシではなく彼を食べることにした。
『田中のおじさま♡』~今夜も愛しのおじさまと濃厚ラブえっち♡♡♡
そらも
BL
過去にとある出逢いを経て知り合った『本名さえもちゃんとわかってない』自分よりも三十二歳も年上のバツイチ絶倫変態スケベおじさまとの濃厚セックスに毎夜明け暮れている、自称平凡普通大学生くんの夜のお話♡
おじさまは大学生くんにぞっこんラブだし、大学生くんもハジメテを捧げたおじさまが大大大っだ~いすきでとってもラブラブな二人でございますぞ♪
久しぶりの年上×年下の歳の差モノ♡ 全体的に変態ちっくですのでどうぞご注意を!
※ R-18エロもので、♡(ハート)喘ぎ満載です。
※ 素敵な表紙は、pixiv小説用フリー素材にて、『やまなし』様からお借りしました。ありがとうございます!
壁穴奴隷No.19 麻袋の男
猫丸
BL
壁穴奴隷シリーズ・第二弾、壁穴奴隷No.19の男の話。
麻袋で顔を隠して働いていた壁穴奴隷19番、レオが誘拐されてしまった。彼の正体は、実は新王国の第二王子。変態的な性癖を持つ王子を連れ去った犯人の目的は?
シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。
前編・後編+後日談の全3話
SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。
※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。
※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。
新しいパパは超美人??~母と息子の雌堕ち記録~
焼き芋さん
BL
ママが連れてきたパパは超美人でした。
美しい声、引き締まったボディ、スラリと伸びた美しいおみ足。
スタイルも良くママよりも綺麗…でもそんなパパには太くて立派なおちんちんが付いていました。
これは…そんなパパに快楽地獄に堕とされた母と息子の物語…
※DLsite様でCG集販売の予定あり
専業種夫
カタナカナタ
BL
精力旺盛な彼氏の性処理を完璧にこなす「専業種夫」。彼の徹底された性行為のおかげで、彼氏は外ではハイクラスに働き、帰宅するとまた彼を激しく犯す。そんなゲイカップルの日々のルーティーンを描く。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる