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~ 第二章 賽は投げられた ~
誰が為に⑪
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玲旺は誰に言うでもなく、「来て良かった」と口にする。
「直にお客様の反応を見たいと思って表参道に来たけど、予想以上の収穫だったなぁ」
彼女は全ての客の代弁者ではないが、それでもあの年頃の等身大の声を聞けたのは有難い。
「そうね。それに、まるで天の使いかってくらい、僕たちにご褒美の言葉を届けてくれたし。あの子のおかげで初心を思い出したよ。誰の為に、何の為に、服を作ってるのかって」
氷雨はデニムのポケットに両手を突っ込み、機嫌良さそうに笑った。
「うん。クリアデイとの勝負に振り回されてたけど、基本を見失っちゃ駄目だよね。俺たちは、あと少し力を貸して欲しい場面でそっと背中を支えられるような、魔法の服をこれからも提供し続けよう」
よし。と気合を入れ直した玲旺の隣で、久我が両手で顔を覆い、ふうっと息を吐きだす。
「そうだな。期待に応えて更に上回れるように、これからも精進しよう。……ところで用も済んだことだし、車に戻らない? ここにいると、親心みたいなのが出て彼女に服を選んであげたくなるから」
その気持ちがよく解る玲旺は、苦笑いしながら同意した。
「うん、戻ろう。俺、『好きなの何でも買ってあげる』って言っちゃいそう」
「僕はあの子が限られたお小遣いで、どの服を厳選して買うのか超気になる」
少女の買い物を見守りたい気持ちを抑え、三人それぞれ後ろ髪を引かれながら来た道を引き返す。
「でもさ、梅田くんはあの子に正体を明かさなくて良かったの?」
本名で呼べと自分で言った癖に、氷雨が玲旺をじろりと見た。悔しいので「どうしたの、梅田くん」と更に呼びかけると、仕方なさそうに氷雨は口を開く。
「店に来ただけで『気絶しそう』って感極まってた子に、実は僕が本人だよって言えると思う? それにキミたちだって、名乗ってないじゃない」
「途中で気付くかなって思ったんだもん。でも、案外バレないもんだね」
唯一、外見が公になっていないため変装すらしていない久我が、少女とのやり取りを思いだしたのか、ククッと可笑しそうに肩を揺らした。
「まさかお前たちが普通に歩いてるなんて思いもしないから、可能性すら浮かばなかったんだろ。まぁ、フローズンレインに就職したいって言ってくれてたし、あと五、六年後にまた会えるかもしれないよ。その時に今日の出来事を明かしたら、あの子はどんな顔をするだろうね」
そう言われると、急に未来が待ち遠しくなった。今、フローズンレインの服に励まされて必死に前に進もうとしている子たちが、今度は背中を押す側になるのかと思うと胸が熱くなる。
「フローズンレインも、これからどんどん仲間が増えていくんだね。楽しみ」
彼女のような志を持った少年少女たちが、目的や目標を見失わずに思う存分力を発揮できる場にしたい。
また青臭い目標が出来てしまったなと思ったが、久我も氷雨もそれを笑ったりはしなかった。
「会社を大きくすることを『仲間が増える』ってキミは捉えるのね。いいな、その考え方。僕も楽しみになって来た」
そう言った氷雨が、何かを思案するように空を見上げる。少し迷っているようにも見えたが、しばらくすると口を開いた。
「本当は、明日会えたら話そうと思ってたんだけどね。歩きながらの方が気が楽で、ちょうどいいかもしれないな」
目線は空に向けたまま、氷雨が言葉をつづける。
「あのさ。ボイスレコーダーの原田との会話、全部聞いたわ。それで、その……キミたちにお礼が言いたいな、と思って」
「直にお客様の反応を見たいと思って表参道に来たけど、予想以上の収穫だったなぁ」
彼女は全ての客の代弁者ではないが、それでもあの年頃の等身大の声を聞けたのは有難い。
「そうね。それに、まるで天の使いかってくらい、僕たちにご褒美の言葉を届けてくれたし。あの子のおかげで初心を思い出したよ。誰の為に、何の為に、服を作ってるのかって」
氷雨はデニムのポケットに両手を突っ込み、機嫌良さそうに笑った。
「うん。クリアデイとの勝負に振り回されてたけど、基本を見失っちゃ駄目だよね。俺たちは、あと少し力を貸して欲しい場面でそっと背中を支えられるような、魔法の服をこれからも提供し続けよう」
よし。と気合を入れ直した玲旺の隣で、久我が両手で顔を覆い、ふうっと息を吐きだす。
「そうだな。期待に応えて更に上回れるように、これからも精進しよう。……ところで用も済んだことだし、車に戻らない? ここにいると、親心みたいなのが出て彼女に服を選んであげたくなるから」
その気持ちがよく解る玲旺は、苦笑いしながら同意した。
「うん、戻ろう。俺、『好きなの何でも買ってあげる』って言っちゃいそう」
「僕はあの子が限られたお小遣いで、どの服を厳選して買うのか超気になる」
少女の買い物を見守りたい気持ちを抑え、三人それぞれ後ろ髪を引かれながら来た道を引き返す。
「でもさ、梅田くんはあの子に正体を明かさなくて良かったの?」
本名で呼べと自分で言った癖に、氷雨が玲旺をじろりと見た。悔しいので「どうしたの、梅田くん」と更に呼びかけると、仕方なさそうに氷雨は口を開く。
「店に来ただけで『気絶しそう』って感極まってた子に、実は僕が本人だよって言えると思う? それにキミたちだって、名乗ってないじゃない」
「途中で気付くかなって思ったんだもん。でも、案外バレないもんだね」
唯一、外見が公になっていないため変装すらしていない久我が、少女とのやり取りを思いだしたのか、ククッと可笑しそうに肩を揺らした。
「まさかお前たちが普通に歩いてるなんて思いもしないから、可能性すら浮かばなかったんだろ。まぁ、フローズンレインに就職したいって言ってくれてたし、あと五、六年後にまた会えるかもしれないよ。その時に今日の出来事を明かしたら、あの子はどんな顔をするだろうね」
そう言われると、急に未来が待ち遠しくなった。今、フローズンレインの服に励まされて必死に前に進もうとしている子たちが、今度は背中を押す側になるのかと思うと胸が熱くなる。
「フローズンレインも、これからどんどん仲間が増えていくんだね。楽しみ」
彼女のような志を持った少年少女たちが、目的や目標を見失わずに思う存分力を発揮できる場にしたい。
また青臭い目標が出来てしまったなと思ったが、久我も氷雨もそれを笑ったりはしなかった。
「会社を大きくすることを『仲間が増える』ってキミは捉えるのね。いいな、その考え方。僕も楽しみになって来た」
そう言った氷雨が、何かを思案するように空を見上げる。少し迷っているようにも見えたが、しばらくすると口を開いた。
「本当は、明日会えたら話そうと思ってたんだけどね。歩きながらの方が気が楽で、ちょうどいいかもしれないな」
目線は空に向けたまま、氷雨が言葉をつづける。
「あのさ。ボイスレコーダーの原田との会話、全部聞いたわ。それで、その……キミたちにお礼が言いたいな、と思って」
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