されど御曹司は愛を誓う

雪華

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~ 第二章 賽は投げられた ~

誰が為に②

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 久我は玲旺の人差し指の先を目で辿り、何かに気付いたように「ああ」とうなずいた。

「俺の妹が置いていった、コスプレ用の衣装か」
「そうそう。この前、同人即売会に参戦するために妹さんが泊まりに来た後、帰りは戦利品が多くて衣装まで持ちきれないから置いていったでしょ。洗って返すから、ウイッグだけ借りられないかな」
「玲旺が女装するってこと? 面白そうだな。ちょっと妹に聞いてみるよ」

 玲旺の突拍子もない提案に、久我は吹き出しつつもスマートフォンを手に取った。返事はすぐに返ってきたようで、久我がトーク画面を玲旺に見せる。

「仕事で使いたいって言ったら、『いいよ』だって。服はどうするの?」
「ビッグシャツにスキニーを合わせようかな。フローズンレインは男女兼用が多いから、俺の手持ちの服でも不自然じゃないと思う」

 収納棚からウイッグを取り出した玲旺は、無造作にそれを頭に乗せた。しかし自分の髪が邪魔で浮いてしまい、しっくりこない。思うようにいかず、ウオールミラーの前で口をへの字に曲げる玲旺を見て、久我がふふっと笑った。

「ちゃんとやってあげるよ。ここに座って」

 無邪気に変身を楽しもうとする玲旺が、可愛くて仕方ないと言うように目を細める。
 言われた通り床にちょこんと座った玲旺の髪を、久我が黒いヘアネットを使って器用に抑えた。その上から再びウイッグを被せると、今度は自然な仕上がりになる。

「思ったより違和感ないな。ウイッグだって気付かれなさそう。服も着てみる?」

 厚めの前髪に背中が隠れるほどの長い栗色の髪は、驚くほど玲旺に似合っていた。
 勢いづいた久我は、服を着替えさせた後に更にメイクまで施す。
 鏡の中には姉に少し似ている自分がいて、玲旺は戸惑いながら口元に手を当てた。可憐な仕草をしてみても、可笑しいところは何もない。

「凄い。久我さん、メイクまで出来るんだね」
「今まで散々、妹に手伝わされてたからなぁ。これなら、声さえ出さなきゃ男だってバレないだろ。でも表参道店に行く途中、俺の側を離れるなよ。多分、一人で歩いてたらナンパされるから」

 久我が艶やかなウイッグの髪に指を差し込み、すーっと梳かした。
 鏡の中の自分はまるで別人で、久我が見知らぬ誰かと仲睦まじくしているような錯覚に陥り、玲旺はぎゅっと膝の上で拳を握る。居心地の悪さから逃れるように、鏡から目を逸らした。

「えっと。妹さんは、その……。あの時のこと、何か言ってなかった?」

 気まずさを紛らわす為に慌てて振った話題は、よりによって久我の妹がこのウイッグを置いて行った日のことだった。
 ずっと聞きたくて聞けなかったことが、咄嗟に口から飛び出してしまったらしい。

 二ヶ月前のあの日、久我の自宅でいつものように二人で夕飯の用意をしていると、唐突にインターフォンが鳴った。
 春休みを利用してイベントに参加していた大学生の妹が、すっかり遊び疲れてしまい、地元に帰るのが億劫で兄の所に泊りに来たのだ。
 大荷物を抱えて疲労困憊の妹をまさか追い返すわけにもいかず、そのまま三人で夕食をとり、玲旺は泊まらずに帰宅した。

 食事中に「仕事の打ち合わせも兼ねて、たまに遊びに来るんだ」などと言い訳めいたことを妹に告げたが、本人がどう受け止めたかはわからない。
 洗面台にある玲旺の歯ブラシや、クローゼットに吊るされた兄のものではないスーツ。セミダブルのベッドに並ぶ二つの枕を見て、彼女は何を想っただろう。
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