されど御曹司は愛を誓う

雪華

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~ 第二章 賽は投げられた ~

Go for it!③

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 黒髪の青年が、軽やかな足取りで駆け寄ってくる。
 神経も体力も消耗する料理コンテストを終え、更にその後取材まで受けてきたと言うのに、疲れは微塵も感じさせなかった。

「久しぶりだね、眞。店の場所はすぐわかった?」
「ああ。地図アプリあったし、場所もレオから聞いてたしね。それより、店に入って待っててくれれば良かったのに。ずっと外にいたの?」

 月島が申し訳なさそうに眉を下げるので、玲旺は気にするなと扇ぐように手を振る。

「いや、店が満席でさ。ここで順番待ちしてたんだ。だから、今ぐらいに来てくれて丁度よかったよ」

 原田とのゴタゴタも見られずに済んだし。とは言えなかったが、月島まで巻き込まなくて本当に良かったと、玲旺はこっそり胸を撫で下ろした。

「そっか、満席なのか。俺が遅れるってメールしてから三十分くらい経つから、そろそろ席も空くかな。一人で待たせちゃって悪かったなぁ。腹減ったろ」

 月島がスマートフォンで時刻を確認しながらそんなことを言うので、玲旺は「えっ」と驚いて腕時計に目をやった。
 原田と対峙していた時間は恐ろしく長く感じたのに、実際は三十分も経過していなかった。
 嵐の中に引きずり込まれたような体験だったが、終わったと思うと何だか気が抜けて、急にドッと疲れが押し寄せてくる。自分の喉がカラカラなことに気付き、冷えたビールを早く飲みたくなった。

 月島は路地から一軒家の居酒屋を眺め、「これがレオの気に入ってる店か」としみじみ呟く。玲旺はクスクス笑いながら月島の隣に立ち、同じように店を見上げた。

「ホントにここで良かったの? いや、料理は美味いし超おススメではあるんだけど、普段使いの店だからさ」

 路地裏にひっそり佇む店は、受賞を祝う華々しさからは少し縁遠い気がする。しかし月島は「いいんだよ」と満足そうに微笑んで玲旺を見た。

「高級レストランなら、どこの国でだっていつでも行けるだろ。玲旺と昔ながらの居酒屋だなんて、日本でしかありえないから超貴重」
「なるほど、それもそっか」

 玲旺がアッサリ納得したようにうなずくので、月島は思わず吹き出した。
 ケラケラ笑う月島は玲旺がロンドンに居た頃と少しも変わらないように見えたのだが、ふと口をつぐんだ瞬間、以前よりずっと精悍さが増したと感じる。玲旺が日本に戻ってからもずっと、努力と研鑽を積んでいたのだろう。
 月島の目覚ましい躍進に比べ、自分の成長速度はいかばかりか。そんな事を考えながら、玲旺は自分の童顔気味な頬を撫でる。

 ふいに店の引き戸が開いて、暖簾の内側から年配の男性客らが姿を見せた。店内に向かって「ご馳走様」と口々に言いながら、上機嫌で次の店へと歩き出す。

「ありがとうございましたー!」

 客を送り出す元気な声と共に、先ほどの店員が引き戸から顔を出した。玲旺を見つけ、ホッとしたような笑顔を見せる。

「良かった、まだ待っててくださって。すみません、お待たせしました。こちらのお席へどうぞ」

 席に案内しながら店員が卓上に残っていたグラスを片手でまとめて掴み、丁寧にテーブルを拭き上げる。
 玲旺たちが片付けられたばかりのテーブル席に腰を降ろしている間に、店員は一度厨房に下がり、今度はおしぼりを持って戻って来た。
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