174 / 302
~ 第二章 賽は投げられた ~
Go for it!③
しおりを挟む
黒髪の青年が、軽やかな足取りで駆け寄ってくる。
神経も体力も消耗する料理コンテストを終え、更にその後取材まで受けてきたと言うのに、疲れは微塵も感じさせなかった。
「久しぶりだね、眞。店の場所はすぐわかった?」
「ああ。地図アプリあったし、場所もレオから聞いてたしね。それより、店に入って待っててくれれば良かったのに。ずっと外にいたの?」
月島が申し訳なさそうに眉を下げるので、玲旺は気にするなと扇ぐように手を振る。
「いや、店が満席でさ。ここで順番待ちしてたんだ。だから、今ぐらいに来てくれて丁度よかったよ」
原田とのゴタゴタも見られずに済んだし。とは言えなかったが、月島まで巻き込まなくて本当に良かったと、玲旺はこっそり胸を撫で下ろした。
「そっか、満席なのか。俺が遅れるってメールしてから三十分くらい経つから、そろそろ席も空くかな。一人で待たせちゃって悪かったなぁ。腹減ったろ」
月島がスマートフォンで時刻を確認しながらそんなことを言うので、玲旺は「えっ」と驚いて腕時計に目をやった。
原田と対峙していた時間は恐ろしく長く感じたのに、実際は三十分も経過していなかった。
嵐の中に引きずり込まれたような体験だったが、終わったと思うと何だか気が抜けて、急にドッと疲れが押し寄せてくる。自分の喉がカラカラなことに気付き、冷えたビールを早く飲みたくなった。
月島は路地から一軒家の居酒屋を眺め、「これがレオの気に入ってる店か」としみじみ呟く。玲旺はクスクス笑いながら月島の隣に立ち、同じように店を見上げた。
「ホントにここで良かったの? いや、料理は美味いし超おススメではあるんだけど、普段使いの店だからさ」
路地裏にひっそり佇む店は、受賞を祝う華々しさからは少し縁遠い気がする。しかし月島は「いいんだよ」と満足そうに微笑んで玲旺を見た。
「高級レストランなら、どこの国でだっていつでも行けるだろ。玲旺と昔ながらの居酒屋だなんて、日本でしかありえないから超貴重」
「なるほど、それもそっか」
玲旺がアッサリ納得したようにうなずくので、月島は思わず吹き出した。
ケラケラ笑う月島は玲旺がロンドンに居た頃と少しも変わらないように見えたのだが、ふと口をつぐんだ瞬間、以前よりずっと精悍さが増したと感じる。玲旺が日本に戻ってからもずっと、努力と研鑽を積んでいたのだろう。
月島の目覚ましい躍進に比べ、自分の成長速度はいかばかりか。そんな事を考えながら、玲旺は自分の童顔気味な頬を撫でる。
ふいに店の引き戸が開いて、暖簾の内側から年配の男性客らが姿を見せた。店内に向かって「ご馳走様」と口々に言いながら、上機嫌で次の店へと歩き出す。
「ありがとうございましたー!」
客を送り出す元気な声と共に、先ほどの店員が引き戸から顔を出した。玲旺を見つけ、ホッとしたような笑顔を見せる。
「良かった、まだ待っててくださって。すみません、お待たせしました。こちらのお席へどうぞ」
席に案内しながら店員が卓上に残っていたグラスを片手でまとめて掴み、丁寧にテーブルを拭き上げる。
玲旺たちが片付けられたばかりのテーブル席に腰を降ろしている間に、店員は一度厨房に下がり、今度はおしぼりを持って戻って来た。
神経も体力も消耗する料理コンテストを終え、更にその後取材まで受けてきたと言うのに、疲れは微塵も感じさせなかった。
「久しぶりだね、眞。店の場所はすぐわかった?」
「ああ。地図アプリあったし、場所もレオから聞いてたしね。それより、店に入って待っててくれれば良かったのに。ずっと外にいたの?」
月島が申し訳なさそうに眉を下げるので、玲旺は気にするなと扇ぐように手を振る。
「いや、店が満席でさ。ここで順番待ちしてたんだ。だから、今ぐらいに来てくれて丁度よかったよ」
原田とのゴタゴタも見られずに済んだし。とは言えなかったが、月島まで巻き込まなくて本当に良かったと、玲旺はこっそり胸を撫で下ろした。
「そっか、満席なのか。俺が遅れるってメールしてから三十分くらい経つから、そろそろ席も空くかな。一人で待たせちゃって悪かったなぁ。腹減ったろ」
月島がスマートフォンで時刻を確認しながらそんなことを言うので、玲旺は「えっ」と驚いて腕時計に目をやった。
原田と対峙していた時間は恐ろしく長く感じたのに、実際は三十分も経過していなかった。
嵐の中に引きずり込まれたような体験だったが、終わったと思うと何だか気が抜けて、急にドッと疲れが押し寄せてくる。自分の喉がカラカラなことに気付き、冷えたビールを早く飲みたくなった。
月島は路地から一軒家の居酒屋を眺め、「これがレオの気に入ってる店か」としみじみ呟く。玲旺はクスクス笑いながら月島の隣に立ち、同じように店を見上げた。
「ホントにここで良かったの? いや、料理は美味いし超おススメではあるんだけど、普段使いの店だからさ」
路地裏にひっそり佇む店は、受賞を祝う華々しさからは少し縁遠い気がする。しかし月島は「いいんだよ」と満足そうに微笑んで玲旺を見た。
「高級レストランなら、どこの国でだっていつでも行けるだろ。玲旺と昔ながらの居酒屋だなんて、日本でしかありえないから超貴重」
「なるほど、それもそっか」
玲旺がアッサリ納得したようにうなずくので、月島は思わず吹き出した。
ケラケラ笑う月島は玲旺がロンドンに居た頃と少しも変わらないように見えたのだが、ふと口をつぐんだ瞬間、以前よりずっと精悍さが増したと感じる。玲旺が日本に戻ってからもずっと、努力と研鑽を積んでいたのだろう。
月島の目覚ましい躍進に比べ、自分の成長速度はいかばかりか。そんな事を考えながら、玲旺は自分の童顔気味な頬を撫でる。
ふいに店の引き戸が開いて、暖簾の内側から年配の男性客らが姿を見せた。店内に向かって「ご馳走様」と口々に言いながら、上機嫌で次の店へと歩き出す。
「ありがとうございましたー!」
客を送り出す元気な声と共に、先ほどの店員が引き戸から顔を出した。玲旺を見つけ、ホッとしたような笑顔を見せる。
「良かった、まだ待っててくださって。すみません、お待たせしました。こちらのお席へどうぞ」
席に案内しながら店員が卓上に残っていたグラスを片手でまとめて掴み、丁寧にテーブルを拭き上げる。
玲旺たちが片付けられたばかりのテーブル席に腰を降ろしている間に、店員は一度厨房に下がり、今度はおしぼりを持って戻って来た。
0
お気に入りに追加
29
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
食事届いたけど配達員のほうを食べました
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
なぜ自転車に乗る人はピチピチのエロい服を着ているのか?
そう思っていたところに、食事を届けにきたデリバリー配達員の男子大学生がピチピチのサイクルウェアを着ていた。イケメンな上に筋肉質でエロかったので、追加料金を払って、メシではなく彼を食べることにした。
『田中のおじさま♡』~今夜も愛しのおじさまと濃厚ラブえっち♡♡♡
そらも
BL
過去にとある出逢いを経て知り合った『本名さえもちゃんとわかってない』自分よりも三十二歳も年上のバツイチ絶倫変態スケベおじさまとの濃厚セックスに毎夜明け暮れている、自称平凡普通大学生くんの夜のお話♡
おじさまは大学生くんにぞっこんラブだし、大学生くんもハジメテを捧げたおじさまが大大大っだ~いすきでとってもラブラブな二人でございますぞ♪
久しぶりの年上×年下の歳の差モノ♡ 全体的に変態ちっくですのでどうぞご注意を!
※ R-18エロもので、♡(ハート)喘ぎ満載です。
※ 素敵な表紙は、pixiv小説用フリー素材にて、『やまなし』様からお借りしました。ありがとうございます!
壁穴奴隷No.19 麻袋の男
猫丸
BL
壁穴奴隷シリーズ・第二弾、壁穴奴隷No.19の男の話。
麻袋で顔を隠して働いていた壁穴奴隷19番、レオが誘拐されてしまった。彼の正体は、実は新王国の第二王子。変態的な性癖を持つ王子を連れ去った犯人の目的は?
シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。
前編・後編+後日談の全3話
SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。
※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。
※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。
新しいパパは超美人??~母と息子の雌堕ち記録~
焼き芋さん
BL
ママが連れてきたパパは超美人でした。
美しい声、引き締まったボディ、スラリと伸びた美しいおみ足。
スタイルも良くママよりも綺麗…でもそんなパパには太くて立派なおちんちんが付いていました。
これは…そんなパパに快楽地獄に堕とされた母と息子の物語…
※DLsite様でCG集販売の予定あり
専業種夫
カタナカナタ
BL
精力旺盛な彼氏の性処理を完璧にこなす「専業種夫」。彼の徹底された性行為のおかげで、彼氏は外ではハイクラスに働き、帰宅するとまた彼を激しく犯す。そんなゲイカップルの日々のルーティーンを描く。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる