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~ 第二章 賽は投げられた ~
始動⑨
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一人桜華大に残った玲旺は、余計なことを考えるなと自分自身に言い聞かせ、何とか仕事を乗り切った。
もしも上の空でなにかミスをしてしまったら、仕事に集中できていないと判断され、久我はますます口を閉ざしてしまう。
そんな緊張感があったせいか、迎えに来た藤井の車に乗り込んだ瞬間、玲旺は力尽きたようにぐでっと後部座席に身を投げ出した。
「今日は生徒たちの撮影や打ち合わせを行うだけと思っていたのですが、もしやウオーキング練習にも参加されたのですか?」
あまりにも疲れ切っている玲旺を見て、運転席から藤井が不憫そうに振り返る。
「ウオーキングはしてないよ。ちょっと気疲れしちゃったみたい」
前髪をかき上げながら、玲旺は深く息を吸って吐く。酸欠のようで頭の芯が痛い。藤井が心配そうな顔で様子を伺ったまま前を向かないので、玲旺は苦笑いしながら口を開いた。
「久我さんにさ、言っちゃったんだよね。『悩みがあるなら相談してくれ』って。見事にかわされたけど」
「あぁ、そうでしたか。それで、久我はなんと……?」
「問題が解決したらちゃんと報告するから、今は自分のやるべき仕事を優先しろって」
藤井は玲旺の疲労の原因を知り、「なるほど」と納得したように低く唸る。それから視線を前に戻し、車を緩やかに発進させた。
「藤井が言ってたみたいに、久我さんが話してくれるまで待つべきだったかなぁ」
今更そんなことを言ってもどうにもならないのだが、ついそんな言葉が口を突いて出る。
気分を変えるために新鮮な空気を欲した玲旺は、窓を少し下げて車内に外気を取り込んだ。
日中は動けば汗ばむこともあるが、夜はまだ比較的涼しい。ひんやりした風が頬を撫で、玲旺は胸いっぱいに新緑の匂いを吸い込んだ。
五月になったばかりの街はどことなくソワソワしていて、夏の準備を始めたような雰囲気がある。
「久我は大丈夫ですよ。きっと自分で上手くやります。私たちは久我の言う通り、今はクリアデイのことに専念しましょう」
窓の外を眺める玲旺に、藤井が励ますような口調で言った。
「そうだね。イベントまで三週間と少しだもんね」
頭ではわかっているのだが、やはりどこか引っ掛かっていてスッキリしない。参ったなぁと流れる景色を見ていた玲旺は、おやっと不思議そうな顔をする。
もう残す仕事は無いので自宅に向かっているはずなのだが、右折するべき交差点で藤井はなぜか左折した。
「寄り道?」
「いえ……」
藤井はしきりにバックミラーとルームミラーを気にしている。
「先ほどから、同じ車が後ろを付けているような気配がありまして。ナンバーを見るにレンタカーのようですが、マスコミかも知れませんね」
玲旺は振り返って車を確認したかったが、尾行に気付いたことが相手にバレてしまうと思い、自重する。
「コンビニでも寄って、様子を見ましょうか」
「いや、このまま気付いてないフリをしよう。バレたと知ったら、今度はもっと上手くやろうとするだろうから。どうせ家に帰るだけだし、行き先が知られても問題ないでしょ」
玲旺の住まいは建て替えこそしているが、大正の時代からそこにある。検索すればフォーチュン創設家の自宅としてすぐに知ることが出来た。
既に特定されているので、今更マスコミに付いて来られたところで特に問題はない。
もしも上の空でなにかミスをしてしまったら、仕事に集中できていないと判断され、久我はますます口を閉ざしてしまう。
そんな緊張感があったせいか、迎えに来た藤井の車に乗り込んだ瞬間、玲旺は力尽きたようにぐでっと後部座席に身を投げ出した。
「今日は生徒たちの撮影や打ち合わせを行うだけと思っていたのですが、もしやウオーキング練習にも参加されたのですか?」
あまりにも疲れ切っている玲旺を見て、運転席から藤井が不憫そうに振り返る。
「ウオーキングはしてないよ。ちょっと気疲れしちゃったみたい」
前髪をかき上げながら、玲旺は深く息を吸って吐く。酸欠のようで頭の芯が痛い。藤井が心配そうな顔で様子を伺ったまま前を向かないので、玲旺は苦笑いしながら口を開いた。
「久我さんにさ、言っちゃったんだよね。『悩みがあるなら相談してくれ』って。見事にかわされたけど」
「あぁ、そうでしたか。それで、久我はなんと……?」
「問題が解決したらちゃんと報告するから、今は自分のやるべき仕事を優先しろって」
藤井は玲旺の疲労の原因を知り、「なるほど」と納得したように低く唸る。それから視線を前に戻し、車を緩やかに発進させた。
「藤井が言ってたみたいに、久我さんが話してくれるまで待つべきだったかなぁ」
今更そんなことを言ってもどうにもならないのだが、ついそんな言葉が口を突いて出る。
気分を変えるために新鮮な空気を欲した玲旺は、窓を少し下げて車内に外気を取り込んだ。
日中は動けば汗ばむこともあるが、夜はまだ比較的涼しい。ひんやりした風が頬を撫で、玲旺は胸いっぱいに新緑の匂いを吸い込んだ。
五月になったばかりの街はどことなくソワソワしていて、夏の準備を始めたような雰囲気がある。
「久我は大丈夫ですよ。きっと自分で上手くやります。私たちは久我の言う通り、今はクリアデイのことに専念しましょう」
窓の外を眺める玲旺に、藤井が励ますような口調で言った。
「そうだね。イベントまで三週間と少しだもんね」
頭ではわかっているのだが、やはりどこか引っ掛かっていてスッキリしない。参ったなぁと流れる景色を見ていた玲旺は、おやっと不思議そうな顔をする。
もう残す仕事は無いので自宅に向かっているはずなのだが、右折するべき交差点で藤井はなぜか左折した。
「寄り道?」
「いえ……」
藤井はしきりにバックミラーとルームミラーを気にしている。
「先ほどから、同じ車が後ろを付けているような気配がありまして。ナンバーを見るにレンタカーのようですが、マスコミかも知れませんね」
玲旺は振り返って車を確認したかったが、尾行に気付いたことが相手にバレてしまうと思い、自重する。
「コンビニでも寄って、様子を見ましょうか」
「いや、このまま気付いてないフリをしよう。バレたと知ったら、今度はもっと上手くやろうとするだろうから。どうせ家に帰るだけだし、行き先が知られても問題ないでしょ」
玲旺の住まいは建て替えこそしているが、大正の時代からそこにある。検索すればフォーチュン創設家の自宅としてすぐに知ることが出来た。
既に特定されているので、今更マスコミに付いて来られたところで特に問題はない。
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