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~ 第二章 賽は投げられた ~
第二十三話 braver
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「今日は黛クンも見学に行くからよろしくね」
そう言って氷雨が前列の助手席に目を向ける。玲旺もつられて視線を動かすと、そこには緊張でカチコチに固まった黛の姿があった。
昨日の別れ際には少し打ち解けたように見えたのだが、一日経ってリセットされてしまったのだろうか。玲旺は自分で「氷雨に慣れてもらう」と提案しておきながら、身を強ばらせる黛が少しだけ不憫になってしまった。
黛に「よろしく」と出来るだけ優しい声で話しかけていると、運転席にいたマネージャーが素早く車から降りてきて、玲旺と藤井に向かって深く頭を下げる。
「いつも氷雨がお世話になっております。今日の撮影も、桐ケ谷さんに無茶を言って巻き込んでしまったようで……。他にもワガママを言って困らせたりはしていませんか? 何かありましたら、すぐにおっしゃってくださいね」
腰が低くしきりに恐縮するマネージャーに、玲旺は慌てて「いえいえ」と胸の前で両手を振った。
「氷雨さんには助けてもらってばかりで、感謝してもしきれないですよ。撮影の件も、クリアデイに対抗するための良策だと思っています。ワガママだなんて、とんでもない。むしろいつも氷雨さんに頼り切っているので、無理をさせていないか心配です」
それを聞いたマネージャーは感極まったように涙ぐみ、玲旺の手をしっかり握って「ありがとうございます」と何度も繰り返す。
「そう言って頂けると救われます。彼は気分屋で生意気な面が強調されて誤解されがちですが、根は真面目なんです。一時は無気力でどうなることかと思いましたが、氷雨をよく理解してくださる桐ケ谷さんやフローズンレインのみなさんと出会えて、一緒に仕事が出来て、本当に良かった……」
玲旺が「こちらこそ」と感謝の気持ちを込めて答えている横から、目を潤ませた藤井が手を伸ばしてきた。何だろうと思っていると、固く握手している状態の玲旺とマネージャーの手を藤井が両手でがっしりと掴む。
「わかります。世話の焼ける子ほど可愛いですよね」
「そうなんですよ! 藤井さんはわかってくださいますか」
目を輝かせたマネージャーと藤井は、何か通じ合うものがあるのか嬉しそうにうなずきあった。ついに耐えきれなくなった氷雨が、車内から「ねー、もーやめて」と恥ずかしそうに叫ぶ。
「桐ケ谷クン、早く車に乗っちゃって! 倉持さん、もう行こうよ」
玲旺も「世話の焼ける子」と言うフレーズに居たたまれなくなっていたので、逃げ込むように車に飛び乗り氷雨の隣の座席に座った。
ワンボックスタイプの車は天井も高く、レザー素材のシートもしなやかで柔らかい肌触りだ。三列目のシートは両側に跳ね上げられていて、空いた空間にはまるでクローゼットのように氷雨の衣装と私服がハンガーラックに吊るされている。
「すみません、お待たせしました。では行きましょうか」
マネージャーの倉持が運転席に乗り込み、車を発進させた。窓の外に目を向けると、藤井が深々とお辞儀をして見送っている姿が見える。
「藤井クンって、ほんと忠実な執事って感じよねぇ」
氷雨が感心したように言うので「倉持さんもそうでしょう」と口に出しかけたが、本人がすぐ側にいるので声には出さなかった。
そう言って氷雨が前列の助手席に目を向ける。玲旺もつられて視線を動かすと、そこには緊張でカチコチに固まった黛の姿があった。
昨日の別れ際には少し打ち解けたように見えたのだが、一日経ってリセットされてしまったのだろうか。玲旺は自分で「氷雨に慣れてもらう」と提案しておきながら、身を強ばらせる黛が少しだけ不憫になってしまった。
黛に「よろしく」と出来るだけ優しい声で話しかけていると、運転席にいたマネージャーが素早く車から降りてきて、玲旺と藤井に向かって深く頭を下げる。
「いつも氷雨がお世話になっております。今日の撮影も、桐ケ谷さんに無茶を言って巻き込んでしまったようで……。他にもワガママを言って困らせたりはしていませんか? 何かありましたら、すぐにおっしゃってくださいね」
腰が低くしきりに恐縮するマネージャーに、玲旺は慌てて「いえいえ」と胸の前で両手を振った。
「氷雨さんには助けてもらってばかりで、感謝してもしきれないですよ。撮影の件も、クリアデイに対抗するための良策だと思っています。ワガママだなんて、とんでもない。むしろいつも氷雨さんに頼り切っているので、無理をさせていないか心配です」
それを聞いたマネージャーは感極まったように涙ぐみ、玲旺の手をしっかり握って「ありがとうございます」と何度も繰り返す。
「そう言って頂けると救われます。彼は気分屋で生意気な面が強調されて誤解されがちですが、根は真面目なんです。一時は無気力でどうなることかと思いましたが、氷雨をよく理解してくださる桐ケ谷さんやフローズンレインのみなさんと出会えて、一緒に仕事が出来て、本当に良かった……」
玲旺が「こちらこそ」と感謝の気持ちを込めて答えている横から、目を潤ませた藤井が手を伸ばしてきた。何だろうと思っていると、固く握手している状態の玲旺とマネージャーの手を藤井が両手でがっしりと掴む。
「わかります。世話の焼ける子ほど可愛いですよね」
「そうなんですよ! 藤井さんはわかってくださいますか」
目を輝かせたマネージャーと藤井は、何か通じ合うものがあるのか嬉しそうにうなずきあった。ついに耐えきれなくなった氷雨が、車内から「ねー、もーやめて」と恥ずかしそうに叫ぶ。
「桐ケ谷クン、早く車に乗っちゃって! 倉持さん、もう行こうよ」
玲旺も「世話の焼ける子」と言うフレーズに居たたまれなくなっていたので、逃げ込むように車に飛び乗り氷雨の隣の座席に座った。
ワンボックスタイプの車は天井も高く、レザー素材のシートもしなやかで柔らかい肌触りだ。三列目のシートは両側に跳ね上げられていて、空いた空間にはまるでクローゼットのように氷雨の衣装と私服がハンガーラックに吊るされている。
「すみません、お待たせしました。では行きましょうか」
マネージャーの倉持が運転席に乗り込み、車を発進させた。窓の外に目を向けると、藤井が深々とお辞儀をして見送っている姿が見える。
「藤井クンって、ほんと忠実な執事って感じよねぇ」
氷雨が感心したように言うので「倉持さんもそうでしょう」と口に出しかけたが、本人がすぐ側にいるので声には出さなかった。
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