128 / 302
~ 第二章 賽は投げられた ~
子の心親知らず⑦
しおりを挟む
驚いて目を見開く藤井を廊下に残し、久我は会議室の重い扉を寄り掛かるようにして背中で閉めた。
重役会議の時にしか使われない広めの会議室は、ブラインドが完全に下りていて薄暗い。人の出入りがないせいか、他の場所よりもひんやり感じる部屋で、玲旺は久我と向かい合った。
まず何から言えばいいのか、混乱したまま玲旺は潤んだ目で久我を見上げる。久我もどうしていいのか解らないような、困惑の表情を浮かべていた。
久我は遠慮がちに両手を伸ばし、玲旺の存在を確認するように頬を包む。
「もしかして、結婚や恋人を家に連れて来いっていう話は前から出てた? 気付いてあげられなくてごめん。今までずっと一人で悩んでただろ」
久我の指先が震えているような気がした。玲旺は「違う。違うよ」と、小刻みに首を横に振る。
「謝りたいのは俺の方。親父が勝手なことばかり言ってごめん。さっきの話は、全部忘れて。俺にはこの先もずっと、久我さんしかいないから。見合いも全部断ってるんだ。だから、心配しないで」
苦しそうに眉を寄せる久我に、玲旺は必死に訴えた。それでも久我の表情は全く晴れず、食いしばるように口を引き結ぶ。その顔には見覚えがあって、玲旺は足元から徐々に冷えていくような感覚に陥った。
不安を払拭するように、玲旺は背伸びをして戸惑う久我の首に両腕を回し、半ば強引に唇を重ねる。
それにすら、既視感があった。
どれだけ玲旺が懇願しても、久我に拒まれ続けた過去がある。
玲旺のロンドン転勤が決まった時、煮え切らない態度に痺れを切らし「俺を選べ」と迫ったのだが、それでも久我は「自分は桐ケ谷に相応しくない」と言って受け入れようとはしなかった。
想いが届かなくて苛立ち、無理やり口づけたあの時に似ている。
なぜだろう。そんなはずはないのに。
久我は葛藤を乗り越えて、玲旺の手を取ってくれた。今はもう、想いは通じ合っている。
それなのになぜ、あの日の記憶がこんなにも鮮明に蘇るのだろう。
「玲旺、ごめんな」
唇を離した久我は、得体のしれない不安から隠すように玲旺を包んで両腕の中に閉じ込める。
「なんで謝るの。やめてよ」
「……お前の将来を考えたら、本当は俺が側にいない方が良いのは解ってるんだ。でも、もう玲旺のいない世界になんて戻れない。手を離してやれなくて、本当にごめん」
消え入りそうな声で告げられ、玲旺はゾッとした。一人で留守番させられる小さな子どものように、怯えた表情で久我にしがみつく。
「やだよ。怖いこと言うなよ。俺だってもう、久我さんがいない世界なんて考えられない。前に言っただろ。何があっても、俺の前から消えたりしないでって。絶対、勝手にいなくなったりするなよ。お願いだから、側にいない方が良いなんて言わないで」
もし、久我がいなくなってしまったら。
そんなことを想像するだけで恐ろしくて、後半になるにつれ声が震えた。
久我は「ああ」と、低くうなずきながら、玲旺の骨が軋むほど強く抱きしめる。
「いつかは直面する、避けて通れない問題だと覚悟してた。でも、いざとなると駄目だな。まだ先のことだと、甘くみていたのかもしれない。もし玲旺が社長に打ち明けるつもりなら、その時はちゃんと俺も呼んで。俺自身の口から、きちんと社長に説明したいから」
真剣に向き合ってくれる久我の言葉に、玲旺は「ありがとう」と涙まじりで胸に顔を埋めた。
重役会議の時にしか使われない広めの会議室は、ブラインドが完全に下りていて薄暗い。人の出入りがないせいか、他の場所よりもひんやり感じる部屋で、玲旺は久我と向かい合った。
まず何から言えばいいのか、混乱したまま玲旺は潤んだ目で久我を見上げる。久我もどうしていいのか解らないような、困惑の表情を浮かべていた。
久我は遠慮がちに両手を伸ばし、玲旺の存在を確認するように頬を包む。
「もしかして、結婚や恋人を家に連れて来いっていう話は前から出てた? 気付いてあげられなくてごめん。今までずっと一人で悩んでただろ」
久我の指先が震えているような気がした。玲旺は「違う。違うよ」と、小刻みに首を横に振る。
「謝りたいのは俺の方。親父が勝手なことばかり言ってごめん。さっきの話は、全部忘れて。俺にはこの先もずっと、久我さんしかいないから。見合いも全部断ってるんだ。だから、心配しないで」
苦しそうに眉を寄せる久我に、玲旺は必死に訴えた。それでも久我の表情は全く晴れず、食いしばるように口を引き結ぶ。その顔には見覚えがあって、玲旺は足元から徐々に冷えていくような感覚に陥った。
不安を払拭するように、玲旺は背伸びをして戸惑う久我の首に両腕を回し、半ば強引に唇を重ねる。
それにすら、既視感があった。
どれだけ玲旺が懇願しても、久我に拒まれ続けた過去がある。
玲旺のロンドン転勤が決まった時、煮え切らない態度に痺れを切らし「俺を選べ」と迫ったのだが、それでも久我は「自分は桐ケ谷に相応しくない」と言って受け入れようとはしなかった。
想いが届かなくて苛立ち、無理やり口づけたあの時に似ている。
なぜだろう。そんなはずはないのに。
久我は葛藤を乗り越えて、玲旺の手を取ってくれた。今はもう、想いは通じ合っている。
それなのになぜ、あの日の記憶がこんなにも鮮明に蘇るのだろう。
「玲旺、ごめんな」
唇を離した久我は、得体のしれない不安から隠すように玲旺を包んで両腕の中に閉じ込める。
「なんで謝るの。やめてよ」
「……お前の将来を考えたら、本当は俺が側にいない方が良いのは解ってるんだ。でも、もう玲旺のいない世界になんて戻れない。手を離してやれなくて、本当にごめん」
消え入りそうな声で告げられ、玲旺はゾッとした。一人で留守番させられる小さな子どものように、怯えた表情で久我にしがみつく。
「やだよ。怖いこと言うなよ。俺だってもう、久我さんがいない世界なんて考えられない。前に言っただろ。何があっても、俺の前から消えたりしないでって。絶対、勝手にいなくなったりするなよ。お願いだから、側にいない方が良いなんて言わないで」
もし、久我がいなくなってしまったら。
そんなことを想像するだけで恐ろしくて、後半になるにつれ声が震えた。
久我は「ああ」と、低くうなずきながら、玲旺の骨が軋むほど強く抱きしめる。
「いつかは直面する、避けて通れない問題だと覚悟してた。でも、いざとなると駄目だな。まだ先のことだと、甘くみていたのかもしれない。もし玲旺が社長に打ち明けるつもりなら、その時はちゃんと俺も呼んで。俺自身の口から、きちんと社長に説明したいから」
真剣に向き合ってくれる久我の言葉に、玲旺は「ありがとう」と涙まじりで胸に顔を埋めた。
0
お気に入りに追加
29
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
食事届いたけど配達員のほうを食べました
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
なぜ自転車に乗る人はピチピチのエロい服を着ているのか?
そう思っていたところに、食事を届けにきたデリバリー配達員の男子大学生がピチピチのサイクルウェアを着ていた。イケメンな上に筋肉質でエロかったので、追加料金を払って、メシではなく彼を食べることにした。
『田中のおじさま♡』~今夜も愛しのおじさまと濃厚ラブえっち♡♡♡
そらも
BL
過去にとある出逢いを経て知り合った『本名さえもちゃんとわかってない』自分よりも三十二歳も年上のバツイチ絶倫変態スケベおじさまとの濃厚セックスに毎夜明け暮れている、自称平凡普通大学生くんの夜のお話♡
おじさまは大学生くんにぞっこんラブだし、大学生くんもハジメテを捧げたおじさまが大大大っだ~いすきでとってもラブラブな二人でございますぞ♪
久しぶりの年上×年下の歳の差モノ♡ 全体的に変態ちっくですのでどうぞご注意を!
※ R-18エロもので、♡(ハート)喘ぎ満載です。
※ 素敵な表紙は、pixiv小説用フリー素材にて、『やまなし』様からお借りしました。ありがとうございます!
壁穴奴隷No.19 麻袋の男
猫丸
BL
壁穴奴隷シリーズ・第二弾、壁穴奴隷No.19の男の話。
麻袋で顔を隠して働いていた壁穴奴隷19番、レオが誘拐されてしまった。彼の正体は、実は新王国の第二王子。変態的な性癖を持つ王子を連れ去った犯人の目的は?
シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。
前編・後編+後日談の全3話
SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。
※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。
※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。
新しいパパは超美人??~母と息子の雌堕ち記録~
焼き芋さん
BL
ママが連れてきたパパは超美人でした。
美しい声、引き締まったボディ、スラリと伸びた美しいおみ足。
スタイルも良くママよりも綺麗…でもそんなパパには太くて立派なおちんちんが付いていました。
これは…そんなパパに快楽地獄に堕とされた母と息子の物語…
※DLsite様でCG集販売の予定あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる