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~ 第一章 売られた喧嘩 ~
この世は難しいことだらけ②
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「あ……」
繋がった瞬間スッと頭が冷えて、勢いで電話をかけてしまったことを後悔した。
大した用もないのに、こんな時間に迷惑だったかもしれない。もしかしたら寝ようとしていたところかも。そう言えば、出張は日帰りなのか泊りなのかすら聞いていなかった。
動揺と焦りが波のように一気に押し寄せて、玲旺は口を引き結んだ。自分から電話をしておきながら無言でいるなど、良くないとわかっているのにどうにも声が出ない。
『玲旺? どうした、何かあった?』
優しく語りかけられて、ようやく吐息混じりに「ううん」と答える。
「ごめん、電話しちゃって」
『どうして謝るんだよ。玲旺の声が聞けて嬉しいのに。今帰って来たの? 遅くまで大変だったね』
その言葉だけで、なんだか涙が出そうになった。いつから自分はこんなに弱くなってしまったのだろう。久我に想われていると確認できただけで、循環を止めていた血液が再び流れ出すような感覚だった。
自分の心が剥き出しのまま、久我に握られているような気がする。
「久我さんもお疲れ様。まだ出張中?」
涙声にならないように気を付けながら、玲旺は尋ねた。
『ああ、今も佐賀なんだ。縫製工場に用があってさ。明日には帰る』
「そっか」
会いたいな。と言おうとして飲み込んだ。声に出してしまうと、我慢できなくなりそうで怖かった。
『なんか玲旺の声、元気ないけど大丈夫?』
大丈夫じゃないと答えたら、久我はどうするんだろう。そんなこともチラリと考えたが、結局困らせないように「大丈夫だよ」と返す。
見合いの話しも彼女を家に連れて来いと言われたことも、伝える必要はないだろう。玲旺は話を逸らすため、クリアデイの話題を持ち出すことにした。
「そう言えば、ジェネスの件はもう聞いた?」
『聞いたよ。ねぇ玲旺。俺たちはどう動けばいいと思う?』
純粋な質問ではなく、試しているような口ぶりだった。少し面白くなかったが、仕方なく玲旺は自分が思う正解を口にする。
「最初はね、俺たちも大手とタイアップしなきゃって考えた。でも竹原さんが『雑誌で華々しく宣伝するのもいいけど、地道な作業を続けるのも大切だ』って。足元を固めるのが先って言われて、その通りだなと思った。だから今は、フローズンレインにある問題を一つ一つ片付けていくよ。まずは優秀な人材の確保からかな」
電話の向こう側から、久我の感嘆する声が聞こえてきた。良かった、正解だったと玲旺は胸を撫で下ろす。
『いいね、その方向性で行こう。玲旺の最大の武器は人の意見を素直に聞けて、良いと思ったらそれをちゃんと生かすところだよ。どんどん成長していくね。……時々凄く眩しくて、置いてけぼりな気分になるよ』
「久我さんが置いてけぼり? まさか、冗談でしょ。あんまりおだてないでよ。調子に乗っちゃうから」
『おだててなんかないよ。本当にそう思う』
しみじみ言われて、玲旺は赤面しながらありがとうと告げた。久我はふっと息を吐いたので、笑っているのかもしれない。
『あぁ、玲旺に会いたいなぁ』
ポツリと溢されたその一言で、玲旺の心臓の動きが速くなる。なぜ今、目の前にいないんだろうと苦しくなった。
「それ言うのズルイ。俺だって久我さんに会いたいけど、口に出したら抑えが利かなくなりそうだから我慢したのに」
『我慢してたの? でもなぁ、玲旺はまだ俺のこと名前で呼んでくれないし、本当に会いたいと思ってくれてるのか不安になるよ』
おどけたような言い方だったので、調子を合わせて笑い飛ばすべきなのかもしれない。そう思っても、腹立たしい気持ちが玲旺の胸の奥に湧いた。
「疑うの?」
こんなに本気で会いたいと思っているのに。だから電話だってしているのに。
――ほらね、やっぱり心を握られている。
久我が発する言葉に、一喜一憂してしまう自分にも嫌気がさす。
声に苛立ちを滲ませた玲旺に対して、久我はゆっくり息を吐いた。
『疑ってはいないよ。名前を呼べないのも、何か理由があるんだろうって解ってる。それでも、ね。少しだけ不安になる時がある』
繋がった瞬間スッと頭が冷えて、勢いで電話をかけてしまったことを後悔した。
大した用もないのに、こんな時間に迷惑だったかもしれない。もしかしたら寝ようとしていたところかも。そう言えば、出張は日帰りなのか泊りなのかすら聞いていなかった。
動揺と焦りが波のように一気に押し寄せて、玲旺は口を引き結んだ。自分から電話をしておきながら無言でいるなど、良くないとわかっているのにどうにも声が出ない。
『玲旺? どうした、何かあった?』
優しく語りかけられて、ようやく吐息混じりに「ううん」と答える。
「ごめん、電話しちゃって」
『どうして謝るんだよ。玲旺の声が聞けて嬉しいのに。今帰って来たの? 遅くまで大変だったね』
その言葉だけで、なんだか涙が出そうになった。いつから自分はこんなに弱くなってしまったのだろう。久我に想われていると確認できただけで、循環を止めていた血液が再び流れ出すような感覚だった。
自分の心が剥き出しのまま、久我に握られているような気がする。
「久我さんもお疲れ様。まだ出張中?」
涙声にならないように気を付けながら、玲旺は尋ねた。
『ああ、今も佐賀なんだ。縫製工場に用があってさ。明日には帰る』
「そっか」
会いたいな。と言おうとして飲み込んだ。声に出してしまうと、我慢できなくなりそうで怖かった。
『なんか玲旺の声、元気ないけど大丈夫?』
大丈夫じゃないと答えたら、久我はどうするんだろう。そんなこともチラリと考えたが、結局困らせないように「大丈夫だよ」と返す。
見合いの話しも彼女を家に連れて来いと言われたことも、伝える必要はないだろう。玲旺は話を逸らすため、クリアデイの話題を持ち出すことにした。
「そう言えば、ジェネスの件はもう聞いた?」
『聞いたよ。ねぇ玲旺。俺たちはどう動けばいいと思う?』
純粋な質問ではなく、試しているような口ぶりだった。少し面白くなかったが、仕方なく玲旺は自分が思う正解を口にする。
「最初はね、俺たちも大手とタイアップしなきゃって考えた。でも竹原さんが『雑誌で華々しく宣伝するのもいいけど、地道な作業を続けるのも大切だ』って。足元を固めるのが先って言われて、その通りだなと思った。だから今は、フローズンレインにある問題を一つ一つ片付けていくよ。まずは優秀な人材の確保からかな」
電話の向こう側から、久我の感嘆する声が聞こえてきた。良かった、正解だったと玲旺は胸を撫で下ろす。
『いいね、その方向性で行こう。玲旺の最大の武器は人の意見を素直に聞けて、良いと思ったらそれをちゃんと生かすところだよ。どんどん成長していくね。……時々凄く眩しくて、置いてけぼりな気分になるよ』
「久我さんが置いてけぼり? まさか、冗談でしょ。あんまりおだてないでよ。調子に乗っちゃうから」
『おだててなんかないよ。本当にそう思う』
しみじみ言われて、玲旺は赤面しながらありがとうと告げた。久我はふっと息を吐いたので、笑っているのかもしれない。
『あぁ、玲旺に会いたいなぁ』
ポツリと溢されたその一言で、玲旺の心臓の動きが速くなる。なぜ今、目の前にいないんだろうと苦しくなった。
「それ言うのズルイ。俺だって久我さんに会いたいけど、口に出したら抑えが利かなくなりそうだから我慢したのに」
『我慢してたの? でもなぁ、玲旺はまだ俺のこと名前で呼んでくれないし、本当に会いたいと思ってくれてるのか不安になるよ』
おどけたような言い方だったので、調子を合わせて笑い飛ばすべきなのかもしれない。そう思っても、腹立たしい気持ちが玲旺の胸の奥に湧いた。
「疑うの?」
こんなに本気で会いたいと思っているのに。だから電話だってしているのに。
――ほらね、やっぱり心を握られている。
久我が発する言葉に、一喜一憂してしまう自分にも嫌気がさす。
声に苛立ちを滲ませた玲旺に対して、久我はゆっくり息を吐いた。
『疑ってはいないよ。名前を呼べないのも、何か理由があるんだろうって解ってる。それでも、ね。少しだけ不安になる時がある』
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