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~ 第一章 売られた喧嘩 ~
油断しないウサギ③
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「せっかく東京までいらしてくださったのに期待を裏切ってしまったこと、深くお詫び申し上げます」
どう取り繕っても、少女の胸に広がった落胆や憤慨の感情を消すことはできないだろう。罵られても仕方ないと覚悟し、それでも精一杯の誠意を尽くそうと玲旺は言葉をつづける。
「頻繁に来店できないお客様にも満足して頂けるよう、今後はより一層、ネットショップにも力を入れて参ります。生産管理も見直す予定です。私自身もお客様にご迷惑をおかけしないよう、更に知識を身に付けます。この度は本当に……申し訳ありませんでした」
相手の姿は見えないが、玲旺は無意識のうちに腰を折って深々と頭を下げていた。しばらくお互い無言が続き、店内の音楽が聞こえてくるほどバックヤードは静まり返る。
『桐ケ谷さんはフローズンレインで一番偉いんですよね?』
怒るでも許すでもなく、唐突に少女が尋ねた。質問の意図は解らなかったが、玲旺は「はい」と答える。肩書だけで全く実力が伴っていないので、呆れられたのかもしれない。
しかし少女の口から飛び出したのは、玲旺が全く予想していない言葉だった。
『桐ケ谷さんって凄いです!』
「えっ……?」
一体何が凄いのだろうと、玲旺は目をパチパチさせる。玲旺の戸惑いをよそに、少女は電話口で「凄い凄い」と連呼した。
『だって、インタビューされちゃうほど偉い人やのに、お店でレジ打ったりウチみたいな高校生にもこない真剣に謝ってくれるなんて、凄過ぎます』
「いえ、そんな、全然凄くないですよ。私がお客様に出来ない約束をしてしまったので、お詫びするのは当然のことかと……」
まさか直接謝罪をしただけで感激されるとは思わず、玲旺は返答に詰まる。
今泣いたカラスがもう笑うとはよく言ったもので、少女は先ほどまでの沈み切っていた雰囲気からは一変し、興奮気味にまくしたてた。
『素直に謝れるって当然のことやないですってば。だってウチのバイト先の店長なんか、全然仕事せんのに偉そうやし、ミスしたって人のせいにして謝らんし、サイアクなんです』
「そ、それは大変ですね」
よそ様の批判に同意して良いものか悩みながらも、玲旺はひとまず相槌を打つ。赦しを得られたのは有難いが、もう商品のことは大丈夫なのだろうかと不安に思っていると、それが伝わったのか少女の方から話しを戻した。
『対応してくれたのが桐ケ谷さんで良かったぁ。猫耳パーカー、ホンマにめっちゃ欲しかったんです。せやけど諦めます。きっと氷雨さんなら、また凄くイイ服作ってくれるやろし。次に備えてまたお金貯めますね。でも……もし可能なら来年の春に再販してくれたらなぁ、なんて思ったり』
「来年の春に、再販……」
それは、アリかもしれない。
思わず玲旺は置いてあったペンを取り、手の甲に「再販」とメモをする。
極端に流行を追わない、長く使えるデザインがフローズンレインの売りだ。一年後に他の新作と並んでも、遜色なく売り場で存在感を放つことが出来るだろう。そうしていつか、定番の商品になるかもしれない。
「貴重なご意見ありがとうございます。今この場で再販のお約束はできませんが、会議の議題には上げたいと思います」
前向きな提案とは、こういうことだったのかもしれないなと、玲旺は企画書を早く作りたくてソワソワしてしまう。
『ホラ、そう言うところ! ウチの意見軽く扱わないで、しっかり聞いてくれるんも凄いです。ウチ、桐ケ谷さんのファンになっちゃいました。氷雨さんから桐ケ谷さんに推しを変更します!』
「え。あ、ありがとうございます」
推しを変更の部分は氷雨に報告できないなと思いながら、玲旺は苦笑いして礼を述べた。
どう取り繕っても、少女の胸に広がった落胆や憤慨の感情を消すことはできないだろう。罵られても仕方ないと覚悟し、それでも精一杯の誠意を尽くそうと玲旺は言葉をつづける。
「頻繁に来店できないお客様にも満足して頂けるよう、今後はより一層、ネットショップにも力を入れて参ります。生産管理も見直す予定です。私自身もお客様にご迷惑をおかけしないよう、更に知識を身に付けます。この度は本当に……申し訳ありませんでした」
相手の姿は見えないが、玲旺は無意識のうちに腰を折って深々と頭を下げていた。しばらくお互い無言が続き、店内の音楽が聞こえてくるほどバックヤードは静まり返る。
『桐ケ谷さんはフローズンレインで一番偉いんですよね?』
怒るでも許すでもなく、唐突に少女が尋ねた。質問の意図は解らなかったが、玲旺は「はい」と答える。肩書だけで全く実力が伴っていないので、呆れられたのかもしれない。
しかし少女の口から飛び出したのは、玲旺が全く予想していない言葉だった。
『桐ケ谷さんって凄いです!』
「えっ……?」
一体何が凄いのだろうと、玲旺は目をパチパチさせる。玲旺の戸惑いをよそに、少女は電話口で「凄い凄い」と連呼した。
『だって、インタビューされちゃうほど偉い人やのに、お店でレジ打ったりウチみたいな高校生にもこない真剣に謝ってくれるなんて、凄過ぎます』
「いえ、そんな、全然凄くないですよ。私がお客様に出来ない約束をしてしまったので、お詫びするのは当然のことかと……」
まさか直接謝罪をしただけで感激されるとは思わず、玲旺は返答に詰まる。
今泣いたカラスがもう笑うとはよく言ったもので、少女は先ほどまでの沈み切っていた雰囲気からは一変し、興奮気味にまくしたてた。
『素直に謝れるって当然のことやないですってば。だってウチのバイト先の店長なんか、全然仕事せんのに偉そうやし、ミスしたって人のせいにして謝らんし、サイアクなんです』
「そ、それは大変ですね」
よそ様の批判に同意して良いものか悩みながらも、玲旺はひとまず相槌を打つ。赦しを得られたのは有難いが、もう商品のことは大丈夫なのだろうかと不安に思っていると、それが伝わったのか少女の方から話しを戻した。
『対応してくれたのが桐ケ谷さんで良かったぁ。猫耳パーカー、ホンマにめっちゃ欲しかったんです。せやけど諦めます。きっと氷雨さんなら、また凄くイイ服作ってくれるやろし。次に備えてまたお金貯めますね。でも……もし可能なら来年の春に再販してくれたらなぁ、なんて思ったり』
「来年の春に、再販……」
それは、アリかもしれない。
思わず玲旺は置いてあったペンを取り、手の甲に「再販」とメモをする。
極端に流行を追わない、長く使えるデザインがフローズンレインの売りだ。一年後に他の新作と並んでも、遜色なく売り場で存在感を放つことが出来るだろう。そうしていつか、定番の商品になるかもしれない。
「貴重なご意見ありがとうございます。今この場で再販のお約束はできませんが、会議の議題には上げたいと思います」
前向きな提案とは、こういうことだったのかもしれないなと、玲旺は企画書を早く作りたくてソワソワしてしまう。
『ホラ、そう言うところ! ウチの意見軽く扱わないで、しっかり聞いてくれるんも凄いです。ウチ、桐ケ谷さんのファンになっちゃいました。氷雨さんから桐ケ谷さんに推しを変更します!』
「え。あ、ありがとうございます」
推しを変更の部分は氷雨に報告できないなと思いながら、玲旺は苦笑いして礼を述べた。
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