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~ 第一章 売られた喧嘩 ~
油断大敵⑦
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名前で呼ばれ、玲旺の体温が僅かに上がった。二人きりの時にだけ聞ける特別な音は、付き合って半年という歳月を経てもまだ慣れない。くすぐったさと嬉しさで、身悶えしたくなる。
「……うん。ありがと」
久我の慰めを素直に受け取り、玲旺は笑顔を見せた。サラサラとなぞるように、玲旺の柔らかな髪の上を久我の指が滑る。
しかし信号が青に変わると、玲旺に触れていた久我の温かい手はそっと離れていった。運転中なのだから仕方ないとわかっていても、寂しいと思う気持ちが溢れ出しそうになる。
玲旺は起き上がらずに、そのままの姿勢で車内を改めて見回した。黒で統一されたこの車は、久我の雰囲気によく似ている。レザーシートに身を横たえていると、久我に寄り添っているような気がして、少しだけ寂しさを紛らわせることが出来た。
「玲旺」
久我を想いながら黒革のシートを撫でていた玲旺に、どこか切羽詰まったような声が降って来る。
「本当はこのまま玲旺の自宅に送り届けようと思ってたんだけど、やっぱり無理かも。離れたくないや。ごめん、俺の部屋に連れ帰るけど、いいよね」
久我の方も離れ難かったことを知り、玲旺は勢いよく起き上がった。
「もちろん。帰れって言われても絶対帰らないよ。最近忙しくて全然プライベートで会えなかったのに、今日もおあずけなんて俺もムリ」
真顔で首を横に振る玲旺に、久我は思わずふき出した。ただ、笑いながらもどこか陰りのあるような、複雑な表情をしている。
「ところでさ、今日はなんで藤井だけが社長と会食なの。もしかして玲旺、社長からの誘い断っちゃった?」
ああ、そのことでかと納得しながら「うん」と玲旺はうなずいた。
「だって久我さんに会いたかったし」
「俺のこと優先してくれたのは嬉しいけど、たまには親孝行しなよ」
久我の言うことも解るが、どうしても父親に対して「今更」という感覚が拭えない玲旺は、曖昧に笑う。
「そうだね。……そのうちね」
玲旺の気持ちを汲んでか、久我はそれ以上のことは何も言わなかった。
他愛のない話をしているうちに、やがて久我のマンションに到着する。機械式駐車場のターンテーブルに車を乗せたところで「ちょっと待ってね」と久我はスマホを操作しだした。「なるほどなぁ」と独り言を呟いた後、玲旺に向かって部屋の鍵を差し出す。
「玲旺は先に部屋に行ってて。俺は少し間を空けて行くから。エレベーターに乗ったら、周りに誰もいなくても俺の部屋がない階で降りて、そこから階段で移動してくれる?」
「何それ、スパイみたいだね」
キョトンとする玲旺に、久我は首をすくめて見せた。
「さっき言ったろ、細心の注意を払ってるって。これは氷雨からのアドバイスだよ。あとは、『部屋に入っても直ぐに電気を付けないこと』だって。外から見張ってて、どの部屋か見当を付けられちゃうらしいよ。アイツ、今まで色々苦労してきたんだろうなぁ」
「……うん。ありがと」
久我の慰めを素直に受け取り、玲旺は笑顔を見せた。サラサラとなぞるように、玲旺の柔らかな髪の上を久我の指が滑る。
しかし信号が青に変わると、玲旺に触れていた久我の温かい手はそっと離れていった。運転中なのだから仕方ないとわかっていても、寂しいと思う気持ちが溢れ出しそうになる。
玲旺は起き上がらずに、そのままの姿勢で車内を改めて見回した。黒で統一されたこの車は、久我の雰囲気によく似ている。レザーシートに身を横たえていると、久我に寄り添っているような気がして、少しだけ寂しさを紛らわせることが出来た。
「玲旺」
久我を想いながら黒革のシートを撫でていた玲旺に、どこか切羽詰まったような声が降って来る。
「本当はこのまま玲旺の自宅に送り届けようと思ってたんだけど、やっぱり無理かも。離れたくないや。ごめん、俺の部屋に連れ帰るけど、いいよね」
久我の方も離れ難かったことを知り、玲旺は勢いよく起き上がった。
「もちろん。帰れって言われても絶対帰らないよ。最近忙しくて全然プライベートで会えなかったのに、今日もおあずけなんて俺もムリ」
真顔で首を横に振る玲旺に、久我は思わずふき出した。ただ、笑いながらもどこか陰りのあるような、複雑な表情をしている。
「ところでさ、今日はなんで藤井だけが社長と会食なの。もしかして玲旺、社長からの誘い断っちゃった?」
ああ、そのことでかと納得しながら「うん」と玲旺はうなずいた。
「だって久我さんに会いたかったし」
「俺のこと優先してくれたのは嬉しいけど、たまには親孝行しなよ」
久我の言うことも解るが、どうしても父親に対して「今更」という感覚が拭えない玲旺は、曖昧に笑う。
「そうだね。……そのうちね」
玲旺の気持ちを汲んでか、久我はそれ以上のことは何も言わなかった。
他愛のない話をしているうちに、やがて久我のマンションに到着する。機械式駐車場のターンテーブルに車を乗せたところで「ちょっと待ってね」と久我はスマホを操作しだした。「なるほどなぁ」と独り言を呟いた後、玲旺に向かって部屋の鍵を差し出す。
「玲旺は先に部屋に行ってて。俺は少し間を空けて行くから。エレベーターに乗ったら、周りに誰もいなくても俺の部屋がない階で降りて、そこから階段で移動してくれる?」
「何それ、スパイみたいだね」
キョトンとする玲旺に、久我は首をすくめて見せた。
「さっき言ったろ、細心の注意を払ってるって。これは氷雨からのアドバイスだよ。あとは、『部屋に入っても直ぐに電気を付けないこと』だって。外から見張ってて、どの部屋か見当を付けられちゃうらしいよ。アイツ、今まで色々苦労してきたんだろうなぁ」
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