されど御曹司は愛を誓う

雪華

文字の大きさ
上 下
23 / 302
~ 第一章 売られた喧嘩 ~

油断大敵⑦

しおりを挟む
 名前で呼ばれ、玲旺の体温が僅かに上がった。二人きりの時にだけ聞ける特別な音は、付き合って半年という歳月を経てもまだ慣れない。くすぐったさと嬉しさで、身悶えしたくなる。

「……うん。ありがと」

 久我の慰めを素直に受け取り、玲旺は笑顔を見せた。サラサラとなぞるように、玲旺の柔らかな髪の上を久我の指が滑る。
 しかし信号が青に変わると、玲旺に触れていた久我の温かい手はそっと離れていった。運転中なのだから仕方ないとわかっていても、寂しいと思う気持ちが溢れ出しそうになる。

 玲旺は起き上がらずに、そのままの姿勢で車内を改めて見回した。黒で統一されたこの車は、久我の雰囲気によく似ている。レザーシートに身を横たえていると、久我に寄り添っているような気がして、少しだけ寂しさを紛らわせることが出来た。

「玲旺」

 久我を想いながら黒革のシートを撫でていた玲旺に、どこか切羽詰まったような声が降って来る。

「本当はこのまま玲旺の自宅に送り届けようと思ってたんだけど、やっぱり無理かも。離れたくないや。ごめん、俺の部屋に連れ帰るけど、いいよね」

 久我の方も離れ難かったことを知り、玲旺は勢いよく起き上がった。

「もちろん。帰れって言われても絶対帰らないよ。最近忙しくて全然プライベートで会えなかったのに、今日もおあずけなんて俺もムリ」

 真顔で首を横に振る玲旺に、久我は思わずふき出した。ただ、笑いながらもどこか陰りのあるような、複雑な表情をしている。

「ところでさ、今日はなんで藤井だけが社長と会食なの。もしかして玲旺、社長からの誘い断っちゃった?」

 ああ、そのことでかと納得しながら「うん」と玲旺はうなずいた。

「だって久我さんに会いたかったし」
「俺のこと優先してくれたのは嬉しいけど、たまには親孝行しなよ」

 久我の言うことも解るが、どうしても父親に対して「今更」という感覚が拭えない玲旺は、曖昧に笑う。

「そうだね。……そのうちね」

 玲旺の気持ちを汲んでか、久我はそれ以上のことは何も言わなかった。
 他愛のない話をしているうちに、やがて久我のマンションに到着する。機械式駐車場のターンテーブルに車を乗せたところで「ちょっと待ってね」と久我はスマホを操作しだした。「なるほどなぁ」と独り言を呟いた後、玲旺に向かって部屋の鍵を差し出す。

「玲旺は先に部屋に行ってて。俺は少し間を空けて行くから。エレベーターに乗ったら、周りに誰もいなくても俺の部屋がない階で降りて、そこから階段で移動してくれる?」
「何それ、スパイみたいだね」

 キョトンとする玲旺に、久我は首をすくめて見せた。

「さっき言ったろ、細心の注意を払ってるって。これは氷雨からのアドバイスだよ。あとは、『部屋に入っても直ぐに電気を付けないこと』だって。外から見張ってて、どの部屋か見当を付けられちゃうらしいよ。アイツ、今まで色々苦労してきたんだろうなぁ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

私の彼氏は義兄に犯され、奪われました。

天災
BL
 私の彼氏は、義兄に奪われました。いや、犯されもしました。

男色医師

虎 正規
BL
ゲイの医者、黒河の毒牙から逃れられるか?

食事届いたけど配達員のほうを食べました

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
なぜ自転車に乗る人はピチピチのエロい服を着ているのか? そう思っていたところに、食事を届けにきたデリバリー配達員の男子大学生がピチピチのサイクルウェアを着ていた。イケメンな上に筋肉質でエロかったので、追加料金を払って、メシではなく彼を食べることにした。

『田中のおじさま♡』~今夜も愛しのおじさまと濃厚ラブえっち♡♡♡

そらも
BL
過去にとある出逢いを経て知り合った『本名さえもちゃんとわかってない』自分よりも三十二歳も年上のバツイチ絶倫変態スケベおじさまとの濃厚セックスに毎夜明け暮れている、自称平凡普通大学生くんの夜のお話♡ おじさまは大学生くんにぞっこんラブだし、大学生くんもハジメテを捧げたおじさまが大大大っだ~いすきでとってもラブラブな二人でございますぞ♪ 久しぶりの年上×年下の歳の差モノ♡ 全体的に変態ちっくですのでどうぞご注意を! ※ R-18エロもので、♡(ハート)喘ぎ満載です。 ※ 素敵な表紙は、pixiv小説用フリー素材にて、『やまなし』様からお借りしました。ありがとうございます!

壁穴奴隷No.19 麻袋の男

猫丸
BL
壁穴奴隷シリーズ・第二弾、壁穴奴隷No.19の男の話。 麻袋で顔を隠して働いていた壁穴奴隷19番、レオが誘拐されてしまった。彼の正体は、実は新王国の第二王子。変態的な性癖を持つ王子を連れ去った犯人の目的は? シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。 前編・後編+後日談の全3話 SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。 ※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。 ※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。

新しいパパは超美人??~母と息子の雌堕ち記録~

焼き芋さん
BL
ママが連れてきたパパは超美人でした。 美しい声、引き締まったボディ、スラリと伸びた美しいおみ足。 スタイルも良くママよりも綺麗…でもそんなパパには太くて立派なおちんちんが付いていました。 これは…そんなパパに快楽地獄に堕とされた母と息子の物語… ※DLsite様でCG集販売の予定あり

専業種夫

カタナカナタ
BL
精力旺盛な彼氏の性処理を完璧にこなす「専業種夫」。彼の徹底された性行為のおかげで、彼氏は外ではハイクラスに働き、帰宅するとまた彼を激しく犯す。そんなゲイカップルの日々のルーティーンを描く。

処理中です...