会いたいが情、見たいが病

雪華

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◆最終幕 依依恋恋◆

月夜の晩に③

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 咄嗟に差し出した手を、哲治はすぐに引っ込めた。よろめいた陸は清虎の腕に受け止められ、真っ白い顔色で弱々しく笑う。

「ごめん、立ち眩み。ホッとして気が抜けたみたい」
「陸、お前ちゃんと飯は食ってんのか? 碌に寝てもいないだろ」

 手を貸すのは遠慮した哲治だったが、我慢できないように口を挟んだ。自分の胸に陸を抱えながら、清虎が哲治を睨む。

「今回のことは結果オーライやったけど、哲治もホンマええ加減にせぇよ。陸のこと追っかけんの、もう止めろや」
「それに関しては本当に悪かった。陸が平和で幸せに暮らしてるなら、それでいいんだ。でも、もしそうじゃないなら、何とかしてやりたくて。俺にその資格がないことは、解ってるよ。だから遠藤に相談した」

 哲治が拳を握り締めて項垂れる。眩暈のおさまった陸は、清虎からゆっくり体を離した。

「哲治のことも、まぁ、アレだけどさ。清虎も、さっきみたいの止めろよ。清虎があのままリナの言いなりになってたら、俺は自分が嫌な目に遭うより何倍も辛い」
「せやけど」
「清虎が俺のためにと思うなら、何よりもまず自分を大事にしてよ。お願いだから」

 そう言った陸は、清虎と哲治を交互に見る。

「ごめん。今みたいに倒れたりするから、いつまで経っても心配されるんだよね。これからは俺も、自分のことにもっと気を遣うよ。自分の身は自分で守る。だから二人とも、もう俺を守ろうとしないで」

 陸の訴えに、清虎も哲治も苦しそうな表情を浮かべた。しばらく三人とも黙り込んでいたが「わかった」と、先に哲治が口を開く。

「今更と思うかもしれないけど、謝らせて欲しい。もし陸の気が少しでも晴れるなら、俺のこと何発だって殴ってくれて構わない。それでもまだ許せないだろうけど。……今まで、本当にごめん」

 哲治に深く頭を下げられて、陸は困ったように清虎を見る。清虎は「思いっきり殴ったれ」と陸をけしかけたが、そんな気にもなれずに頭を掻いた。

「正直、『もういいよ』とは、まだ言えないけど。……そうだなぁ、清虎の劇団がまたこっちに戻って来る頃に、今度は遠藤さんも一緒に四人でメシでも行こうか」

 陸の提案に、驚きながら哲治が頭を上げた。「ありがとう」と掠れた声で告げ、片手で目を覆う。
 無事にリナをタクシーに乗せ終え、こちらに向かって歩いて来る遠藤を見て、陸は表情を和らげた。

「哲治と遠藤さんって良いコンビだよね」
「コンビっていうか、俺が一方的に世話になってるだけだよ。借りを作りっぱなしだ」

 お似合いなのになと思ったが、言葉にはしなかった。戻ってきた遠藤が、「何の話?」と不思議そうに首を傾げるので、陸は「何でもないよ」と小さく笑う。

「俺、やっぱり自宅に帰る。今日はしっかり寝て体調戻すね」
「……そやな。俺も明日に備えて集中せな。浮ついた気持ちで千秋楽迎えたら、観に来てくれる人に失礼やもんな。万全で臨むわ」

 清虎は一瞬だけ寂しそうな顔をしたが、すぐに納得したように首を縦に振った。柔らかく微笑んで陸の髪を撫で、それから遠藤に目を向ける。

「今日はホンマおおきに。もし良かったら明日の舞台、招待させてくれへんかな。二人の席用意しとくし、観に来たってや」
「俺も?」

 予想外だったようで、哲治が素っ頓狂な声を上げた。清虎は「お前はついでや」とツンと澄まし顔で言い放つ。

「ほなまた明日。おやすみ」
「おやすみ。明日の舞台、楽しみにしてるから」

 清虎とは反対方向に歩き出し、「また明日」という言葉を噛みしめた。次の日の約束があることは、とても幸せなことだ。

「清虎くんは浅草を離れたら、次はどこへ行くの?」

 遠藤が、おずおずと陸に尋ねる。

「来月は静岡だって。新幹線ならすぐだし、週末ごとに会いに行くよ。それにその後、いつでも会えるから」
「まぁ、そうね。ちょっと大変だけど、陸くんと清虎くんなら距離も乗り越えられそう」

 遠藤はうんうんと頷いたが、哲治は何かに気付いたような顔をして、憂わしげに陸をじっと見た。

「陸。無理はするなよ」
「大丈夫だってば」
 
 相変わらず心配性だなと思いながら、泣きそうな哲治に笑顔を返す。見上げた空には珍しく月が出ていた。

「どこの場所からでも、見える月は一つだよ」
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