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◆最終幕 依依恋恋◆
月夜の晩に①
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それから数日の間、陸は詰め込み気味な仕事のスケジュールを、ひたすらコツコツこなしていた。
夜になると清虎の稽古が長引かなければ劇場に迎えに行き、一緒にマンションに帰る。リナが待ち伏せている時は陸が囮になり、その間に清虎を先に帰すこともあった。
「なんだか久しぶりに一緒に帰るね」
劇場周辺にリナの姿がなかったので、久しぶりにタクシーではなく二人で並んで歩いた。
清虎とこうしてマンションに帰ることが出来るのも、もう残り僅かだ。
「せやなぁ。稽古も早く終わってあの子もおらん日って、なかったもんな」
清虎の端正な横顔に、少しだけ憂いが含まれている。気になった陸は、心配そうに清虎の顔を覗き込んだ。
「疲れてる? 今日は早く寝ようね」
「あーすまん、ちゃうねん。疲れてるんやのうて、明後日はもう移動日やなぁ思て。次の移動先が静岡でまだ良かった。いきなり九州とかやったら、やっぱちぃと遠いもんな」
清虎は歩きながら陸に腕を絡め、コツンと頭をくっつけた。陸も清虎の方に体を傾けながら、「そうだね」と静かに同意する。
「週末には絶対会いに行くね」
「嬉しいけど、あんま無理せんといてな。陸も仕事があるんやから」
「無理はしないよ。でも、会いたいから」
どちらからともなく立ち止まり、視線を合わせた。清虎の手を握りながら、陸が思い切ったように尋ねる。
「あのさ。清虎は俺の恋人、だよね?」
「何を当たり前なこと言うとんねん。俺は陸の恋人やし、陸は俺の恋人やで。何で急にそないなこと聞くん」
清虎は腑に落ちないと言った風に、眉間に皺を寄せた。陸は迷いながら口を開く。
「ごめん。ちゃんと清虎の口から聞いてみたかったんだ。実はこの前、あの子に『自分は零の彼女だ』って堂々と宣言されてさ。何言ってんだって呆れたけど、同時にちょっと羨ましくもなっちゃって。俺もそんな自信が欲しいって」
清虎は驚いたように、大きな黒目をぱちぱちさせた。
「あほか。こんなに好きって言葉でも体でも目いっぱい伝えとんのに、まだ足りひんの? そんなら早よ家に帰ろ。俺がどんだけ陸のこと好きか、思い知らせたる」
言いながら陸の頬を両手で包み込み、噛みつくように口づける。互いに腕を背中に回した瞬間、「ひどい!」と、悲鳴のような女の子の叫び声が深夜の住宅街に響いた。
陸も清虎も驚いて声の出所を見ると、路上パーキングに停めてあった車の影からリナが現れた。
一目でひどく腹を立てているのがわかるほど、顔を引きつらせている。
「零、ヒドイよ! リナがいるのに他の人とキスするなんて!」
白いブラウスに水色のフレアスカートと言う清楚な装いに似合わず、リナはその場で激しく地団駄を踏んだ。
「リナちゃん、いつもおおきにね。舞台の上やったらなんぼでもキミの理想を演じるけど、ごめんなぁ。化粧落としたら、俺もただの男やねん。容赦したって」
申し訳なさそうに発した清虎の声は落ち着いていたが、リナは聞く耳を持たなかった。「嫌だ嫌だ」と泣き喚き、髪を振り乱して手足をバタつかせる。それはまるで欲しい玩具をねだる子どものような、自分の感情だけをぶつける一方的な行為だった。
「零は私のものなのに!」
金切り声をあげて、清虎にすがりつく。
「リナちゃん、ちょい落ち着こ。そうや、駅に戻ってお茶でもしよか。甘いものは好き?」
言いながら引き剥がそうとしたが、リナは更に強い力で清虎にしがみ付いてきた。陸が思わずリナの肩を掴む。
「離せってば。零を困らせるだけだろ、何でわかんないんだよ」
「なんなのアンタ。零が困るわけないじゃない。アンタが消えてよ!」
言うと同時にリナは自分の着ていたブラウスを引き千切った。ボタンがいくつも弾け、レースのキャミソールが露わになる。
呆気に取られた二人をよそに、リナは不敵に笑った。
「今、リナが悲鳴を上げたら、どうなると思う? お巡りさんに『この人に襲われそうになった』って言っちゃおうかなぁ」
陸を指さし、あははと甲高い声で笑う。
「ほんまいい加減にしいや。陸は関係あらへんやろ。脅すんなら俺だけにせえよ」
「そんなコワイ言い方しないで、零。今ここで零がリナにキスしてくれたら、許してあげる。それで、零のお部屋でリナを抱いて」
清虎が絶句した。擦り寄って来るリナを振り払えず、真っ青な顔で陸を見る。
「陸、ごめん、帰って」
「やだよ。そんな守られ方したって、俺は全然嬉しくない。いいよ、叫べよ。俺も全力で無実を証明するから」
陸は清虎とリナの間に割って入ると、リナを睨みつけた。
「じゃあ、お望み通り犯罪者にしてやるわよ!」
「待てって! 俺はなんぼでも言うこと聞くから、陸は巻き込まんといて」
緊迫した空気の中、ふいに暗闇から誰かが近づいてくる足音が聞える。
「警察、呼びましょうか?」
聞き覚えのある女性の声に、陸と清虎は顔を見合わせた。
夜になると清虎の稽古が長引かなければ劇場に迎えに行き、一緒にマンションに帰る。リナが待ち伏せている時は陸が囮になり、その間に清虎を先に帰すこともあった。
「なんだか久しぶりに一緒に帰るね」
劇場周辺にリナの姿がなかったので、久しぶりにタクシーではなく二人で並んで歩いた。
清虎とこうしてマンションに帰ることが出来るのも、もう残り僅かだ。
「せやなぁ。稽古も早く終わってあの子もおらん日って、なかったもんな」
清虎の端正な横顔に、少しだけ憂いが含まれている。気になった陸は、心配そうに清虎の顔を覗き込んだ。
「疲れてる? 今日は早く寝ようね」
「あーすまん、ちゃうねん。疲れてるんやのうて、明後日はもう移動日やなぁ思て。次の移動先が静岡でまだ良かった。いきなり九州とかやったら、やっぱちぃと遠いもんな」
清虎は歩きながら陸に腕を絡め、コツンと頭をくっつけた。陸も清虎の方に体を傾けながら、「そうだね」と静かに同意する。
「週末には絶対会いに行くね」
「嬉しいけど、あんま無理せんといてな。陸も仕事があるんやから」
「無理はしないよ。でも、会いたいから」
どちらからともなく立ち止まり、視線を合わせた。清虎の手を握りながら、陸が思い切ったように尋ねる。
「あのさ。清虎は俺の恋人、だよね?」
「何を当たり前なこと言うとんねん。俺は陸の恋人やし、陸は俺の恋人やで。何で急にそないなこと聞くん」
清虎は腑に落ちないと言った風に、眉間に皺を寄せた。陸は迷いながら口を開く。
「ごめん。ちゃんと清虎の口から聞いてみたかったんだ。実はこの前、あの子に『自分は零の彼女だ』って堂々と宣言されてさ。何言ってんだって呆れたけど、同時にちょっと羨ましくもなっちゃって。俺もそんな自信が欲しいって」
清虎は驚いたように、大きな黒目をぱちぱちさせた。
「あほか。こんなに好きって言葉でも体でも目いっぱい伝えとんのに、まだ足りひんの? そんなら早よ家に帰ろ。俺がどんだけ陸のこと好きか、思い知らせたる」
言いながら陸の頬を両手で包み込み、噛みつくように口づける。互いに腕を背中に回した瞬間、「ひどい!」と、悲鳴のような女の子の叫び声が深夜の住宅街に響いた。
陸も清虎も驚いて声の出所を見ると、路上パーキングに停めてあった車の影からリナが現れた。
一目でひどく腹を立てているのがわかるほど、顔を引きつらせている。
「零、ヒドイよ! リナがいるのに他の人とキスするなんて!」
白いブラウスに水色のフレアスカートと言う清楚な装いに似合わず、リナはその場で激しく地団駄を踏んだ。
「リナちゃん、いつもおおきにね。舞台の上やったらなんぼでもキミの理想を演じるけど、ごめんなぁ。化粧落としたら、俺もただの男やねん。容赦したって」
申し訳なさそうに発した清虎の声は落ち着いていたが、リナは聞く耳を持たなかった。「嫌だ嫌だ」と泣き喚き、髪を振り乱して手足をバタつかせる。それはまるで欲しい玩具をねだる子どものような、自分の感情だけをぶつける一方的な行為だった。
「零は私のものなのに!」
金切り声をあげて、清虎にすがりつく。
「リナちゃん、ちょい落ち着こ。そうや、駅に戻ってお茶でもしよか。甘いものは好き?」
言いながら引き剥がそうとしたが、リナは更に強い力で清虎にしがみ付いてきた。陸が思わずリナの肩を掴む。
「離せってば。零を困らせるだけだろ、何でわかんないんだよ」
「なんなのアンタ。零が困るわけないじゃない。アンタが消えてよ!」
言うと同時にリナは自分の着ていたブラウスを引き千切った。ボタンがいくつも弾け、レースのキャミソールが露わになる。
呆気に取られた二人をよそに、リナは不敵に笑った。
「今、リナが悲鳴を上げたら、どうなると思う? お巡りさんに『この人に襲われそうになった』って言っちゃおうかなぁ」
陸を指さし、あははと甲高い声で笑う。
「ほんまいい加減にしいや。陸は関係あらへんやろ。脅すんなら俺だけにせえよ」
「そんなコワイ言い方しないで、零。今ここで零がリナにキスしてくれたら、許してあげる。それで、零のお部屋でリナを抱いて」
清虎が絶句した。擦り寄って来るリナを振り払えず、真っ青な顔で陸を見る。
「陸、ごめん、帰って」
「やだよ。そんな守られ方したって、俺は全然嬉しくない。いいよ、叫べよ。俺も全力で無実を証明するから」
陸は清虎とリナの間に割って入ると、リナを睨みつけた。
「じゃあ、お望み通り犯罪者にしてやるわよ!」
「待てって! 俺はなんぼでも言うこと聞くから、陸は巻き込まんといて」
緊迫した空気の中、ふいに暗闇から誰かが近づいてくる足音が聞える。
「警察、呼びましょうか?」
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