会いたいが情、見たいが病

雪華

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◆最終幕 依依恋恋◆

結び直した糸③

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 バーラウンジを出てエレベーターホールに向かう途中、ぼんやりとした明かりが灯る通路で、陸は零に出会った時のことを思い返していた。
 あの時はまさか、ぶつかった美女が清虎だとは思いもしなかった。ふと歩を緩めた陸に、清虎は「どうしたん?」と声を掛ける。

「うん。ここで零に会ったんだなぁと思って。さっき清虎は『すれ違ってそのまま離れればよかった』って言ったけど、俺はここで会えなくても、また別のどこかで必ず会っていた気がするよ」

 陸が感慨深げに呟いた。誰も見ていないのを良い事に、手を伸ばして清虎の指に自分の指を絡める。手を繋いだような状態でエレベーターまでのわずかな距離を歩くと、愛おしさがこみ上げてきた。

「初めて会った時からずっと、清虎は特別な人だよ。他の誰も代わりにはなれない、唯一の人。好き過ぎて、おかしくなりそう」
「……ほら、また真顔でそういうこと言う」

 清虎が陸の肩に額を乗せる。吐息が震えていて、そう言えば零もエレベーターで二人きりになった時、こんな風に震えていたなと思い出した。

「ねえ清虎。零の姿で会った時、もしかして泣いてた?」
「しゃーないやん。やっと会えて、言葉を交わせたんやから。あん時は、死ぬほど嬉しかってん」

 清虎は、もたれていた陸の肩からゆっくり頭を離す。
 エレベーターの扉が開いて、二人とも無言のまま乗り込んだ。一階のボタンを押した後、陸の隣に並んだ清虎がピッタリ寄り添って「なぁ」と口を開く。

「その傷、キスしたらやっぱり痛むん?」

 陸は横にいる清虎の表情を伺う。清虎は正面を見たままで、心なしか耳が赤いような気がする。

「さあ、どうだろうね。されてみないと解らないかな」

 こちらを向いた清虎と視線がぶつかった。次の瞬間、柔らかい感触が陸の唇に触れる。
 初めは遠慮がちに。
 ついばむようなキスを繰り返し、一度唇を離すと、熱のこもった目で見つめられた。体温がじわりと上がっていく。
 再び口づけた時には、抱き合ってどちらからともなく舌を差し込んでいた。
 清虎の感触を、五感すべて使って求めてしまう。
 心と言う臓器は、一体人間のどの部分にあるのだろう。
 脳も心臓も爪の先まで、瞬く間に清虎に浸食されていった。

 エレベーターの扉が開く前に離れなければ。そう思いながらも、ギリギリまで唇を重ねてしまった。一階に到着したことを知らせるチャイムがとても憎らしい。
 外に出ると、ひんやりした夜気が頬を撫でた。少しだけ冷静さを取り戻し、この時間から落ち着いて飲める店はどこだろうと、頭の中でいくつか候補を絞る。清虎はデニムのポケットに手を突っ込んで、逡巡するように視線を彷徨わせながら、陸に一案を示した。

「あのさぁ。俺、この近くに部屋借りとんねん。今から来ぇへん? 店よりゆっくり話せるやろ」

 清虎の部屋と言う思いもよらなかった提案に、陸は大きくうなずいた。どんな立派な個室の店より落ち着けそうだ。

「いいの? 行きたい」
「ほんなら、こっち」

 大通りから外れた道を清虎は進んで行く。この辺りは小さな古い店舗と新しいマンションが混在し、道幅もそれほど広くなくて静かだ。「この近く」と言った通り、すぐに小綺麗なマンションに到着した。

「民泊?」
「いや、大衆演劇ファンのオーナーが、マンスリーマンションを役者に格安で貸してくれんねん。有難いよなぁ」

 清虎は鍵穴にキーを差し込みドアを開けた瞬間、何か思い出したように陸を振り返った。

「そういや、零が俺って気付いたんは、ワイン飲み始めてからやんなぁ? そしたら、零が誰か解らん状態で部屋に入ったん? ホンマ陸は危なっかしいなぁ。気ぃつけや」
「いや、だってあの時は、怪我させちゃったって言う負い目があったから」

 もごもご言い訳をしながら部屋に上る。
 清潔感のある白色系のフローリングに真っ白な壁。クローゼットと入口の扉は木目の綺麗な雀色で、良いアクセントになっていた。電子レンジと小さな冷蔵庫以外の家電はなく、備え付けのミニキッチンもあまり使われていなそうだ。殺風景な十帖ほどのワンルームは、長く暮らすには不便そうだが、寝に帰るだけなら充分な環境だろう。
 清虎は冷蔵庫から缶ビールを取り出し、一本を陸に差し出す。

「ビールでええ?」
「うん、ありがとう。いいなぁ一人暮らし」

 ポツリと呟いた陸の独り言に、清虎はあっと声を上げた。

「せや、深澤。それ聞かな思うてたんや。アイツと暮らすってどう言うことなん」
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