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◆最終幕 依依恋恋◆
結び直した糸②
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「はぁ。天然ってホンマ怖いわ、無自覚かいな。まー、そうやったね。陸は昔っから、こっちが赤面するようなこと、真顔で言うてきたっけ」
暫く睨みあったが、先に清虎が折れた。観念したように項垂れて、前髪をぐしゃぐしゃ乱暴に掻く。
「何で俺が零の姿で現れたかって? そんなん、陸を試すためや。哲治と付き合うてるのか、それともノンケなのか。陸が零にめっちゃ言い寄るから、ホンマ腹立ってしゃーなかったわ。やっぱ女の子の方がええんやなぁって。そんなら俺は、身ぃ引くしかないやんか。普通に誰かと結婚して、幸せになったらええと思ったんよ」
清虎は勢いよくウイスキーを呷り、言葉を続ける。
「せやけど、せっかく諦めようとしとんのに、今度は深澤なんかと一緒に住むって言うやんか。男でもええなら、何で俺じゃアカンのって思うやん。もし俺が一ヵ所に留まれたら、選んでもらえたんかなって。でもそんなん無理やし、だからもう、陸には近づかんとこうって決めたんや。それなのに……」
清虎が手の中にあるグラスを揺らすと、氷がカランカランと澄んだ音を立てた。琥珀色の液体は、もう半分も残っていない。
「俺、ホンマは同窓会の日、迷っててんなぁ。陸の姿見たらそれでもう充分やから、声かけずに帰ろうかなって。何であの時、急に振り返ったん。ぶつかりさえしなければ、話すこともなかったのに。……あの日、すれ違ってそのまま離れれば良かった」
後半になるにつれ、声がどんどん小さくなっていった。清虎はグラスに視線を落とし、打ちひしがれる。
陸は清虎の胸の内を知り、しばらく言葉が出なかった。ワイングラスを口元に運びかけて中途半端に持ち上げたまま、清虎の顔をジッと見つめる。
「俺、ずっと清虎に恨まれてると思ってた。中学の時あんなに酷いことしたから、顔も見たくないんだろうって」
清虎はゆっくり顔を上げ、陸と視線を合わせた。
「まぁ、トラウマもんやったけど、もう恨んではおらんよ。でも、そうやな。すまん、恨んどるフリはしとったかも。そうでもせんと、陸から離れられんかった」
恨んでいないという言葉を聞いて、陸は少しの間、放心した。赦されていたという事実を知り、指先に体温が戻ってきたような気がする。それと同時に、自分から離れていこうとする清虎を恐ろしく感じた。
二度と会わないと覚悟を決めたはずなのに、手が届くと解ってしまえば、もう失うことなど考えられない。
テーブルを挟んで向かい合う、この距離すらも遠く感じてもどかしかった。
「今は俺から離れる理由、なくなったんだよね?」
陸が恐る恐る尋ねる。清虎は僅かに首を傾けて、陸から視線を外した。
「まだ、ピンと来ん。だって大人になった陸は、いつも淡々として俺に興味あるようには見えんかった」
「それは多分、俺が感情を殺すのに慣れちゃっ……」
陸は言葉の途中で、余計なことを言ってしまったと口を押さえる。案の定、清虎の表情はみるみる曇っていった。
「俺も陸に謝らなあかんな。運動会の後に相当酷いコト言うてしもたから。今でも引きずっとるとは思わんかった。ホンマ、ごめんな」
「ちがっ、違う違う。清虎は悪くない。俺の自業自得だし、哲治との兼ね合いもあったし」
慌てて否定したが、清虎は片手で目を覆ってガックリと肩を落とした。運動会のあの日、二人を結ぶ糸は一度千切れてしまった。せっかく結び直せたこの糸を、手放すまいと陸は食い下がる。
「ねえ清虎。俺、清虎以外を好きになったこと無いから、自分が同性愛者なのか異性愛者なのかわかんないけど、多分、清虎が女の子でも好きになってたよ」
「……そうやろか。そう言うてもろても、さっきまで陸を諦めなアカンと思うとったから、まだ全然頭と心が繋がらへん」
潤んだ目の清虎は、迷子の子どものようだった。ソファに深く沈みこませていた体を起こし、テーブルに身を乗り出す。
「ホンマに? ホンマに陸は、俺のことちゃんと好きなん? 猫が好きとか唐揚げが好きとか、そう言う種類の好きちゃうぞ。わかっとる?」
当たり前だとうなずきかけた時、隣のテーブルに客が案内されてきた。
あまり他人に聞かれたくないなと思いながら、陸は周囲を見回す。まだそれほど席は埋まっていないが、店の入り口には何人かの客がいて、これから混み出すような雰囲気があった。
二人のグラスは既に空いている。
「場所変えて飲み直すか。まだまだ話し足りんやろ」
帰ると言われなかったことに安堵しながら、清虎の提案にうなずいた。
暫く睨みあったが、先に清虎が折れた。観念したように項垂れて、前髪をぐしゃぐしゃ乱暴に掻く。
「何で俺が零の姿で現れたかって? そんなん、陸を試すためや。哲治と付き合うてるのか、それともノンケなのか。陸が零にめっちゃ言い寄るから、ホンマ腹立ってしゃーなかったわ。やっぱ女の子の方がええんやなぁって。そんなら俺は、身ぃ引くしかないやんか。普通に誰かと結婚して、幸せになったらええと思ったんよ」
清虎は勢いよくウイスキーを呷り、言葉を続ける。
「せやけど、せっかく諦めようとしとんのに、今度は深澤なんかと一緒に住むって言うやんか。男でもええなら、何で俺じゃアカンのって思うやん。もし俺が一ヵ所に留まれたら、選んでもらえたんかなって。でもそんなん無理やし、だからもう、陸には近づかんとこうって決めたんや。それなのに……」
清虎が手の中にあるグラスを揺らすと、氷がカランカランと澄んだ音を立てた。琥珀色の液体は、もう半分も残っていない。
「俺、ホンマは同窓会の日、迷っててんなぁ。陸の姿見たらそれでもう充分やから、声かけずに帰ろうかなって。何であの時、急に振り返ったん。ぶつかりさえしなければ、話すこともなかったのに。……あの日、すれ違ってそのまま離れれば良かった」
後半になるにつれ、声がどんどん小さくなっていった。清虎はグラスに視線を落とし、打ちひしがれる。
陸は清虎の胸の内を知り、しばらく言葉が出なかった。ワイングラスを口元に運びかけて中途半端に持ち上げたまま、清虎の顔をジッと見つめる。
「俺、ずっと清虎に恨まれてると思ってた。中学の時あんなに酷いことしたから、顔も見たくないんだろうって」
清虎はゆっくり顔を上げ、陸と視線を合わせた。
「まぁ、トラウマもんやったけど、もう恨んではおらんよ。でも、そうやな。すまん、恨んどるフリはしとったかも。そうでもせんと、陸から離れられんかった」
恨んでいないという言葉を聞いて、陸は少しの間、放心した。赦されていたという事実を知り、指先に体温が戻ってきたような気がする。それと同時に、自分から離れていこうとする清虎を恐ろしく感じた。
二度と会わないと覚悟を決めたはずなのに、手が届くと解ってしまえば、もう失うことなど考えられない。
テーブルを挟んで向かい合う、この距離すらも遠く感じてもどかしかった。
「今は俺から離れる理由、なくなったんだよね?」
陸が恐る恐る尋ねる。清虎は僅かに首を傾けて、陸から視線を外した。
「まだ、ピンと来ん。だって大人になった陸は、いつも淡々として俺に興味あるようには見えんかった」
「それは多分、俺が感情を殺すのに慣れちゃっ……」
陸は言葉の途中で、余計なことを言ってしまったと口を押さえる。案の定、清虎の表情はみるみる曇っていった。
「俺も陸に謝らなあかんな。運動会の後に相当酷いコト言うてしもたから。今でも引きずっとるとは思わんかった。ホンマ、ごめんな」
「ちがっ、違う違う。清虎は悪くない。俺の自業自得だし、哲治との兼ね合いもあったし」
慌てて否定したが、清虎は片手で目を覆ってガックリと肩を落とした。運動会のあの日、二人を結ぶ糸は一度千切れてしまった。せっかく結び直せたこの糸を、手放すまいと陸は食い下がる。
「ねえ清虎。俺、清虎以外を好きになったこと無いから、自分が同性愛者なのか異性愛者なのかわかんないけど、多分、清虎が女の子でも好きになってたよ」
「……そうやろか。そう言うてもろても、さっきまで陸を諦めなアカンと思うとったから、まだ全然頭と心が繋がらへん」
潤んだ目の清虎は、迷子の子どものようだった。ソファに深く沈みこませていた体を起こし、テーブルに身を乗り出す。
「ホンマに? ホンマに陸は、俺のことちゃんと好きなん? 猫が好きとか唐揚げが好きとか、そう言う種類の好きちゃうぞ。わかっとる?」
当たり前だとうなずきかけた時、隣のテーブルに客が案内されてきた。
あまり他人に聞かれたくないなと思いながら、陸は周囲を見回す。まだそれほど席は埋まっていないが、店の入り口には何人かの客がいて、これから混み出すような雰囲気があった。
二人のグラスは既に空いている。
「場所変えて飲み直すか。まだまだ話し足りんやろ」
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