会いたいが情、見たいが病

雪華

文字の大きさ
上 下
64 / 86
◆最終幕 依依恋恋◆

結び直した糸①

しおりを挟む
 ホテルの最上階にあるバーラウンジは、まだ混雑する時間帯ではないらしく、空席が目立っていた。爽やかな笑顔のウェイターに出迎えられ、カウンターとテーブル席のどちらが良いか尋ねられる。

「後からもう一人来るので、テーブル席をお願いできますか」

 陸も穏やかな笑みを返すと、どうぞこちらへとウェイターは恭しく頭を下げた。夜景の見える席に通され、座り心地の良いソファに腰を下ろす。

「オーダーは、お連れ様がお見えになってからにいたしますか」
「いえ、先に。ジントニック……あぁ、やっぱりハウスワインの白をグラスで」

 ウェイターがテーブルに置いたメニューを見ずに陸は答える。ここはアルコールの種類がそれほど豊富ではないので、何度か来ているうちに覚えてしまった。

「かしこまりました」

 微笑んだウェイターが席から離れると、陸はソファの背もたれに体重を預け、深く息を吐き出した。
 清虎と二人きりで会うことに、緊張しているのかもしれない。清虎を目の前にしたら、また思考と行動がちぐはぐになりそうだ。

 気を紛らわせるように窓の外に目をやると、ライトアップされた浅草寺が見えた。なかなか幻想的な風景で、少しの間、目を奪われる。普段見慣れた景色も、高い場所から見下ろすと新鮮だ。
 運ばれてきた白のグラスワインに手を伸ばし、杯を傾ける。幸い傷に沁みることもなく、ホッとした。

「清虎は深澤さんのこと気になるのかな……」

 それはどうして、と尋ねたら、答えてくれるだろうか。そしてそこに、嫉妬のような感情があるのかと期待するのは、やはり自惚れだろうか。

「駄目だ。落ち着こう」

 自分が浮かれ過ぎている気がして、ワインをゆっくり口に含む。程よく冷えたワインが喉を通ると、少しだけ気持ちが和らいだ。
 再び視線を夜景に戻し、しばらくのんびり外を眺める。窓ガラスにこちらに向かってくる清虎の姿が反射して映り、心臓が大きく高鳴った。

「すまん、遅なった」
「全然平気。もっと時間かかると思ってた」

 清虎がふわりと笑う。
 久しぶりに見た優しい笑みに、陸の目は釘付けになった。
 清虎はウェイターに「ウイスキーのハーフロック」と告げ、陸の向かい側に座った。

「銘柄はいかがいたしましょう」
「マッカランがあればそれで。なければお任せします。陸は? もうグラス空きそうやん。もう一杯くらい飲んだら」
「そうだね。じゃあ、グラスワインの白をお願いします」

 オーダーを済ませウェイターが下がると、急に気恥ずかしくなる。手持ち無沙汰を誤魔化すように、陸は意味もなくグラスの中に残るワインをくるくる回した。

「陸はワインが好きなん?」
「本当はジントニック頼もうとしたけど、ライムが傷に沁みそうだからこっちにした。ワインも好きだけどね」
「ふーん」

 ソファに深く腰掛ける清虎の視線が、陸の頬に向く。

「それ……痛む?」
「もうそんなに痛くない。ワインも沁みなかったよ」

 大丈夫と言うように、残ったワインを飲み干した。ほどなくして、二杯目のワインとウイスキーが運ばれてくる。
 グラスは合わせず、軽く杯を持ち上げるだけの乾杯をした。

 互いに会話の糸口を探すような、何となく気まずい空気が流れる。
 何から話そうか思案していると、沈黙に耐えきれなくなったように首筋をさすりながら、清虎が大きなため息を吐いた。

「俺な、こう見えても大衆演劇の世界じゃ、そこそこ名前知られるようになってきてん。妖艶やとか魔性やとかミステリアスやとか、みんな芝居めっちゃ褒めてくれんねんけど……。なんや、陸見とったら自信なくなってくるわ」

 唐突に話し出す清虎に、陸は目をパチパチさせる。

「え、どういうこと。何で俺を見ると自信なくすの」
「だって俺、陸にあないなコトしたやんか。そんでも陸は次に会うた時、少しも表情変えんで、しれっと仲良う手ぇつないで恋人と来よるし。かと思えば、今日は遠藤さんと一緒やろ、訳わからん。挙句の果てには、俺に向かって好きやって言う。ホンマ何なん? どんだけ俺のこと翻弄する気や。俺、悪女の役やることなったら、陸を参考にさせてもらうわ。ホンマの魔性って、陸のことやで」

 清虎は、ヤケ酒のようにウイスキーを喉に流し込んだ。陸は首を傾げ、少しムッとした表情を作る。清虎を翻弄したとは心外だ。

「清虎が何言ってんのかわかんない。俺、次に会った時、凄く動揺してたよ。それから、何度も言うけど深澤さんは恋人じゃない。じゃあ逆に聞くけど、何で同窓会の時、零の姿で会いに来たんだよ」
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

オメガなパパとぼくの話

キサラギムツキ
BL
タイトルのままオメガなパパと息子の日常話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

俺の好きな男は、幸せを運ぶ天使でした

たっこ
BL
【加筆修正済】  7話完結の短編です。  中学からの親友で、半年だけ恋人だった琢磨。  二度と合わないつもりで別れたのに、突然六年ぶりに会いに来た。 「優、迎えに来たぞ」  でも俺は、お前の手を取ることは出来ないんだ。絶対に。  

【完結】嘘はBLの始まり

紫紺
BL
現在売り出し中の若手俳優、三條伊織。 突然のオファーは、話題のBL小説『最初で最後のボーイズラブ』の主演!しかもW主演の相手役は彼がずっと憧れていたイケメン俳優の越前享祐だった! 衝撃のBLドラマと現実が同時進行! 俳優同士、秘密のBLストーリーが始まった♡ ※番外編を追加しました!(1/3)  4話追加しますのでよろしくお願いします。

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

処理中です...