会いたいが情、見たいが病

雪華

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◆最終幕 依依恋恋◆

迷路の途中で②

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 翌日の昼頃、哲治からスマホに「ごめん」と短いメッセージが届いた。恐らく謝罪の言葉を悩みに悩んで迷った挙句、やっとの思いで打てたのがこの三文字だったのだろう。
 こちらも返信に少々悩んだが、ブロックせずに既読を付けたことが、今の精一杯の返事だということにした。
 文面だけとは言え、やり取りを再開するにはもう少し時間が欲しい。

 一晩経って余計に腫れてしまった頬に、タオルで包んだ保冷剤をそっと当てる。陸はベッドに寄り掛かり、天井を仰いだ。

「今日が日曜で良かった」

 とは言え、明日もまだ腫れは引かないだろう。この顔を見た深澤に何と言われるか。
 母親には今朝、悲鳴を上げられた。酔って転んで顔面を強かに打ったと説明し呆れられたが、深澤にその言い訳では通じない気がする。
 参ったなぁと、憂鬱な気分で溜め息を吐いた。

 不意に、無造作に置いたスマホから着信を知らせる音が鳴る。発信元は遠藤で、このタイミングで連絡が来たことに少し身構えてしまった。

「もしもし」
『休みの日にゴメンね。あのさ、同窓会の日に、陸くんが「清虎は同窓会に来たの」って聞いたじゃない? あの後、何となく私も気になって幹事のコに連絡とってみたの。そしたらね、今ちょうど浅草に戻って来てるんだって!』
「ああ……そうなんだ」

 興奮気味な遠藤に「既に知ってる」とも言えず、歯切れの悪い返事をした。

『でさ、突然だけど、陸くん今日時間ある? 夜の部の整理券、並んで取ってきたの。良かったら、一緒に清虎くんの舞台観に行かない?』
「それは、哲治も一緒?」
『哲治? 哲治には声かけてないけど、どうして? 何かあったの』

 陸の警戒するような声色を聞いて、遠藤も不穏なものを感じ取ったらしい。
 あまりにも絶妙なタイミングに、もしかしたら哲治の差し金ではないかと少しばかり疑ってしまったのだが、今の反応からするに、どうやら杞憂だったらしい。

「いや、何でもない。哲治とは……ちょっと、ね。清虎の舞台、行きたいな。舞踊はあるけど芝居はまだ観たことないんだ」
『良かった! じゃあ、劇場前に集合しよ。開演三十分前でいいかな』
「うん、それでいいよ。誘ってくれてありがと。じゃあ、また後でね」
 
 これで清虎に会うのはきっと最後になるだろう。そんなことを考えながら、遠藤の申し出を素直に受け入れた。

 「迷路みたいだ」

 果たしてこの迷路に出口はあるのだろうか。
 電話を切った陸は、両手で顔を覆って体を丸めた。
 ぐるぐる延々と同じところを思考が巡る。

 もっと近づきたい、清虎に触れたい。でも手を伸ばせば振り払われる。
 抑制の効かなくなった哲治を思い返し、自分の姿を重ね合わせた。
――きっと自分も同じように、簡単に狂ってしまうに違いない。

「今度こそ笑ってお別れしよう……か」

 また心を麻痺させ、まるで最初から清虎がいなかったように過ごすなんて、気が触れそうだ。
 それでもそれを、清虎が望むなら。
 割り切らねばと、何度も言い聞かせる。目の奥がやたらと熱く、ズキズキ痛んだ。

「やめよう。何度考えたって同じなんだから」

 もう出口を諦め、迷路の途中でうずくまったっていいじゃないか。
 溜息が目に見えるモノではなくて、本当に良かった。もし肉眼で確認出来てしまったら、この部屋はきっと、溜め息で埋め尽くされている。


 時間通りに待ち合わせ場所に行くと、既に遠藤の姿があった。遠藤は陸の顔を見るなりギョッとして駆け寄ってくる。

「陸くん、何その大きなガーゼ。どうしたの」
「ええと、昨日ちょっと……」

 左頬の大部分を覆うガーゼは大袈裟な気もしたが、赤黒い痣を晒したままでいるよりは幾分かマシだろう。

「それって、哲治?」
「うん。まぁ……そう」

 先ほど電話した時に哲治の名を出してしまったので、今更取り繕っても仕方ないと思い、あっさり認めた。
 遠藤は悲しそうに眉を寄せる。

「喧嘩? それとも、哲治が何か無茶なことしたの? そんなに酷い傷作るなんて」
「途中で清虎が止めに入ってくれたから、そんなに大ごとじゃないよ。傷も見た目ほど痛くないし」
「なんだ、もう清虎くんに会ってたんだ。……でも、その場に清虎くんがいてくれて良かった。哲治と仲直りはしたの?」

 陸は軽く唇を噛んで首を横に振った。

「少し距離を置こうと思ってる。いつかまた笑って話せたら良いけどね。今はちょっと無理かな」
「そっか」

 遠藤はそれ以上触れず、空気を換えるようににっこりと笑った。

「清虎くんの舞台、楽しみだね」
「そうだね」

 陸も微笑みを返す。切れた口の中が少し痛んだ。
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