59 / 86
◆第三幕 同窓会◆
メーデー④
しおりを挟む
「ごめん、陸。どうしよう、ごめん」
自分の腹の上で困惑する哲治を、冷え切った気持ちで見上げる。どこまでも自分を「所有物」だと思っているこの男を、もう友人とすら思えそうにない。
哲治はごめんと繰り返しながら、陸の頬を両手で包んだ。口の端を切ったらしく、ピリッとした痛みが走る。
「陸、お願い。そんな目で見ないで」
「もう、どいてくれないかな」
「陸……!」
どれだけ懇願されても、愛想笑いすら浮かばない。
「陸、もう二度としないから。だから……」
「悪いけど、これ以上話をしたくないし、顔も見たくないよ。お互いのために距離を置こう」
「嫌だ」
哲治の潤んだ瞳は、海の底のような色をしていた。震える声で陸の名を呼び、頬に触れていた両手を喉元にまで下げる。
「哲治、離せ」
首を掴む指先にまだ力は加わっていないが、その気になればあっという間だろう。命を握られている恐怖に、陸は青ざめる。
「俺、どうすればいいんだろう。陸、助けてよ」
ずっと哲治から出されていた救難信号を拒み続け、こじれにこじれて行き着いた先が今なのだ。やはり待ち受けていたのは破滅だった。
「……哲治を助けてやれるのは、俺じゃない」
陸の返答を聞き、哲治は泣き笑いのような表情をした後、両手に徐々に体重をかけた。ゆっくり首を圧迫され、苦しさよりも頭がぼうっとしてくる。
辛うじて手を動かし、頭の直ぐ近くにあった竹製の串入れを掴んで、哲治に向かって投げつけた。思い切り投げたつもりだったが、もう力が全く入らない。哲治には当たらず、カランカランと乾いた音を立てて床の上に転がるだけだった。
「陸……本当はもう、ずっと前から解ってた」
か細い声で告げられ、陸は焦点の合わない目で哲治を見上げる。どんな顔をしているのか、もう見えない。
「哲治! オマエ、何やってんだよ!」
自分に覆いかぶさる大きな影が、物凄い勢いで横に吹っ飛んだ。ふいに呼吸が楽になり、陸は咳き込みながら顔だけを動かし声がした方へ向ける。
「きよ、とら」
哲治を殴り飛ばした清虎が、陸を背に庇うように立っていた。哲治は地べたに座り込み、諦めたように項垂れている。
「陸、その顔……!」
陸を振り返った清虎が凍り付いた。殴られた頬は、そんなに酷い事になっているのだろうか。感覚が麻痺していて、痛みはまるで感じない。
清虎は怒りに任せ、足を投げ出し虚脱している哲治の襟首を掴んで揺さぶった。
「お前、運動会の日のこと覚えてるか。俺はハッキリ覚えてるぞ。リレーのあと、『お前とは、本当はいい友達になれたかもしれないのにな』って俺に言っただろ。俺、それ聞いて、哲治ならいつかちゃんと陸のこと大事にするだろうって思ったんだぞ。なのに、どうして」
悔しそうに絞り出す清虎の声を聞き、哲治は顔を上げた。声にならない声で、ごめんと唇が動く。
「でも、もうムリだ。お前じゃ、駄目だ」
清虎は哲治から離れ、陸を抱き起して店の外へ連れ出す。陸は戸をくぐる時、哲治を振り返りたい衝動に駆られたが、何とか堪えた。
決別の時だ。今振り返るのは余計に酷だろう。
暫く無言で歩いたが、先に口を開いたのは清虎だった。
「陸、すまん。哲治と二人きりで店に残してくんやなかった。俺がもっと冷静になっとったら……」
「いや、清虎は別に悪くないよ。俺も哲治がいつも通りだと思って油断してたし」
頬を押さえる陸を見て、清虎が眉を曇らせる。
「ちょっと、そこの公園寄ってこ。石段に座って待っとって」
清虎が、弁天堂に続く石段を指さした。今頃になって痛みと恐怖心が湧いてきた陸は、素直に公園内にある石段に腰を下ろす。家に戻る前に、少し気持ちを落ち着かせたい。
清虎は自販機でペットボトルの水を買い、それを陸に手渡した。
「口すすいだ方がええ」
「ありがとう」
受け取ったものの、手が震えて上手くキャップが外せない。それに気づいた清虎が、代わりにキャップを開けてくれた。
「ごめんな。もっと早よう店に戻れば良かった。グラスの割れた音が聞こえたような気ぃしたんやけど、気のせいかも知れんって、躊躇ってしもた。もういっぺん、何か床に落ちた音がしよったから、急いで戻ってん」
「ううん。助けに来てくれてありがとう。あのままだったら俺、どうなってたか」
哲治は本気で力を込めてはいなかった。ギリギリ呼吸は出来ていたが、それでも紙一重だったように思う。
清虎はぐしゃぐしゃ頭を掻き、ポケットから煙草を取り出した。
自分の腹の上で困惑する哲治を、冷え切った気持ちで見上げる。どこまでも自分を「所有物」だと思っているこの男を、もう友人とすら思えそうにない。
哲治はごめんと繰り返しながら、陸の頬を両手で包んだ。口の端を切ったらしく、ピリッとした痛みが走る。
「陸、お願い。そんな目で見ないで」
「もう、どいてくれないかな」
「陸……!」
どれだけ懇願されても、愛想笑いすら浮かばない。
「陸、もう二度としないから。だから……」
「悪いけど、これ以上話をしたくないし、顔も見たくないよ。お互いのために距離を置こう」
「嫌だ」
哲治の潤んだ瞳は、海の底のような色をしていた。震える声で陸の名を呼び、頬に触れていた両手を喉元にまで下げる。
「哲治、離せ」
首を掴む指先にまだ力は加わっていないが、その気になればあっという間だろう。命を握られている恐怖に、陸は青ざめる。
「俺、どうすればいいんだろう。陸、助けてよ」
ずっと哲治から出されていた救難信号を拒み続け、こじれにこじれて行き着いた先が今なのだ。やはり待ち受けていたのは破滅だった。
「……哲治を助けてやれるのは、俺じゃない」
陸の返答を聞き、哲治は泣き笑いのような表情をした後、両手に徐々に体重をかけた。ゆっくり首を圧迫され、苦しさよりも頭がぼうっとしてくる。
辛うじて手を動かし、頭の直ぐ近くにあった竹製の串入れを掴んで、哲治に向かって投げつけた。思い切り投げたつもりだったが、もう力が全く入らない。哲治には当たらず、カランカランと乾いた音を立てて床の上に転がるだけだった。
「陸……本当はもう、ずっと前から解ってた」
か細い声で告げられ、陸は焦点の合わない目で哲治を見上げる。どんな顔をしているのか、もう見えない。
「哲治! オマエ、何やってんだよ!」
自分に覆いかぶさる大きな影が、物凄い勢いで横に吹っ飛んだ。ふいに呼吸が楽になり、陸は咳き込みながら顔だけを動かし声がした方へ向ける。
「きよ、とら」
哲治を殴り飛ばした清虎が、陸を背に庇うように立っていた。哲治は地べたに座り込み、諦めたように項垂れている。
「陸、その顔……!」
陸を振り返った清虎が凍り付いた。殴られた頬は、そんなに酷い事になっているのだろうか。感覚が麻痺していて、痛みはまるで感じない。
清虎は怒りに任せ、足を投げ出し虚脱している哲治の襟首を掴んで揺さぶった。
「お前、運動会の日のこと覚えてるか。俺はハッキリ覚えてるぞ。リレーのあと、『お前とは、本当はいい友達になれたかもしれないのにな』って俺に言っただろ。俺、それ聞いて、哲治ならいつかちゃんと陸のこと大事にするだろうって思ったんだぞ。なのに、どうして」
悔しそうに絞り出す清虎の声を聞き、哲治は顔を上げた。声にならない声で、ごめんと唇が動く。
「でも、もうムリだ。お前じゃ、駄目だ」
清虎は哲治から離れ、陸を抱き起して店の外へ連れ出す。陸は戸をくぐる時、哲治を振り返りたい衝動に駆られたが、何とか堪えた。
決別の時だ。今振り返るのは余計に酷だろう。
暫く無言で歩いたが、先に口を開いたのは清虎だった。
「陸、すまん。哲治と二人きりで店に残してくんやなかった。俺がもっと冷静になっとったら……」
「いや、清虎は別に悪くないよ。俺も哲治がいつも通りだと思って油断してたし」
頬を押さえる陸を見て、清虎が眉を曇らせる。
「ちょっと、そこの公園寄ってこ。石段に座って待っとって」
清虎が、弁天堂に続く石段を指さした。今頃になって痛みと恐怖心が湧いてきた陸は、素直に公園内にある石段に腰を下ろす。家に戻る前に、少し気持ちを落ち着かせたい。
清虎は自販機でペットボトルの水を買い、それを陸に手渡した。
「口すすいだ方がええ」
「ありがとう」
受け取ったものの、手が震えて上手くキャップが外せない。それに気づいた清虎が、代わりにキャップを開けてくれた。
「ごめんな。もっと早よう店に戻れば良かった。グラスの割れた音が聞こえたような気ぃしたんやけど、気のせいかも知れんって、躊躇ってしもた。もういっぺん、何か床に落ちた音がしよったから、急いで戻ってん」
「ううん。助けに来てくれてありがとう。あのままだったら俺、どうなってたか」
哲治は本気で力を込めてはいなかった。ギリギリ呼吸は出来ていたが、それでも紙一重だったように思う。
清虎はぐしゃぐしゃ頭を掻き、ポケットから煙草を取り出した。
0
お気に入りに追加
41
あなたにおすすめの小説
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
早く惚れてよ、怖がりナツ
ぱんなこった。
BL
幼少期のトラウマのせいで男性が怖くて苦手な男子高校生1年の那月(なつ)16歳。女友達はいるものの、男子と上手く話す事すらできず、ずっと周りに煙たがられていた。
このままではダメだと、高校でこそ克服しようと思いつつも何度も玉砕してしまう。
そしてある日、そんな那月をからかってきた同級生達に襲われそうになった時、偶然3年生の彩世(いろせ)がやってくる。
一見、真面目で大人しそうな彩世は、那月を助けてくれて…
那月は初めて、男子…それも先輩とまともに言葉を交わす。
ツンデレ溺愛先輩×男が怖い年下後輩
《表紙はフリーイラスト@oekakimikasuke様のものをお借りしました》
相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~
柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】
人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。
その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。
完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。
ところがある日。
篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。
「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」
一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。
いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。
合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)
されど御曹司は愛を誓う
雪華
BL
新しく立ち上げたアパレルブランド『FROZEN RAIN』
順調に人気と知名度を高めていたが、またしてもライバル店の邪魔が入った。いつもの如く敵にもならないと油断していたのだが、今回はどうやら一筋縄ではいかないらしい。
そんな危機に面しても、全く動じず速やかに対策を取る有能な指揮官の久我、デザイナーの氷雨、秘書の藤井。
それに比べて後れを取っている自分をもどかしく感じ、玲旺は早く追いつきたいと気持ちばかりが焦っていた。
その焦りは、恋人である久我との関係にも小さな影を落とす。
果たして玲旺は、人の上に立つ者として正しい道を選び、危機を乗り越えられるのか。
――この恋を守り抜き、愛を誓うことは出来るだろうか。
・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…
【シリーズの第三弾です】
表紙は自作。
過激表現のあるシーンには、タイトルに★印を付ける予定ですので、苦手な方は読み飛ばす際の目印にしてくださいませ。
シリーズ第一弾『されど御曹司は愛を知る』
→https://www.alphapolis.co.jp/novel/859173378/37678139
*過激表現が苦手な方は★印を避けてお読みください。
シリーズ第二弾『されど服飾師の夢を見る』
→https://www.alphapolis.co.jp/novel/859173378/346735558
氷雨の高校時代編です。BL要素極小。過激表現は一切ありません。
*ライト文芸大賞で奨励賞いただきました。
応援してくださった方、ありがとうございました!
(素敵な表紙絵はrupiさん)
お気に入り登録、感想や投票がとても励みになっております。
いつもありがとうございます。
家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが
五右衛門
BL
月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。
しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──
幼馴染は僕を選ばない。
佳乃
BL
ずっと続くと思っていた〈腐れ縁〉は〈腐った縁〉だった。
僕は好きだったのに、ずっと一緒にいられると思っていたのに。
僕がいた場所は僕じゃ無い誰かの場所となり、繋がっていると思っていた縁は腐り果てて切れてしまった。
好きだった。
好きだった。
好きだった。
離れることで断ち切った縁。
気付いた時に断ち切られていた縁。
辛いのは、苦しいのは彼なのか、僕なのか…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる