会いたいが情、見たいが病

雪華

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◆第三幕 同窓会◆

メーデー②

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 今更こんなことを聞いたって、何の意味もないだろう。ただの気まぐれかもしれないのに。陸が口を閉ざすと、頬杖をついた清虎は一瞬目を細め、それからおどけたように肩をすくめた。

「会いとうないくせに、なんで今日来たかって? そんなん、じーちゃんが『清虎にもちゃんと友達がおった』言うてごっつ喜んどったら、さすがに行かんとは言えへんやんか」
「そう言えばおじいさん、俺たちのこと覚えていてくれたんだな。名前を呼ばれて驚いたよ。それにしても、また清虎に会えて本当に良かった」

 微笑んだ哲治は、手にしていたグラスを清虎のグラスに軽く合わせ、一人で勝手に今日何度目かの乾杯をする。

「せやから、なんで俺に会いたかったん?」
「あの日の記憶を上書きしたくて」
「ほぉ。上書き」

 向かい合う形で座る哲治に、清虎が目を合わせたまま口の端を上げる。

「悪いけど、今日一緒に飲んだくらいで、あの日の記憶は消えへんよ」
「ああ、ごめん。言葉足らずだったね。清虎の記憶はどうでもいいんだ。陸の記憶さえ、新しくなれば」
「はぁ。なるほど、相変わらずやなぁ」

 清虎は鼻で笑い、呆れたように陸を見た。

「良かったなぁ。哲治は何でも陸の言うコト叶えてくれて。哲治におねだりしたん? 『嫌な記憶を消したいから、みんなで飲んで楽しい想い出に作り替えよう』て」
「そんな訳ないだろ」

 うつむいて二人の会話を聞いていた陸が、低い声で答えた。顔は上げず、テーブルの上に置いた自分の拳を見つめる。

「どうだか。未だに哲治を振り切れんで、囲われたままやんか。いつまで哲治に飼われとるつもりなん?」

 清虎の放つその冷たい声を聞き、陸は決心したように口を開いた。

「もう、全部終わりにするつもりでここに来た。今日のことは哲治に頼んだわけじゃないけど、でも、良い機会だとは思ったから」

 陸は哲治と清虎の顔を交互に見ながら言葉を続ける。

「俺、引っ越そうと思って。近々家を出るよ」
「どこに? 俺も一緒に行く」

 間髪入れずに言った哲治は、陸の手首を掴んだ。
 哲治の手をそっと振りほどきながら、陸は首を横に振る。

「どこに住むかは解らない。決まっても教えない。哲治は一緒に来れないよ。だって深澤さんとルームシェアするから」

 本当は深澤と一緒に暮らすつもりはないが、その設定だけを拝借した。こうでも言わないと、哲治は納得しないだろう。

「は?」

 驚いたように声を上げたのは、意外にも清虎の方だった。

「深澤って、俺に『陸と知り合いか』って聞いてきた男やろ。なんや、恋人ちゃう言うて、しっかり付き合うてたんやないか」
「恋人じゃないよ。尊敬はしてるけど」

 否定した後に、いっそのこと恋人と言っておいた方が抑止力があったかもしれないと気づき、軽く後悔した。清虎が苛立ったように、手にしていたジョッキを大きな音を立ててテーブルに置く。

「へぇ? そんなら今度は職場の先輩を利用するんか。陸だけリセットボタン押して全部なかった事にして、哲治から深澤に乗り換えるんやね。ええなぁ、陸は新しい場所に行けて」
「清虎だって、またすぐに違う場所へ行くじゃないか。ずっとここには居てくれない」

 どこにも行って欲しくないのに。
 そんな想いを込めながら反論すれば、清虎が苦しそうに笑った。

「せやね。置いてけぼりは俺か陸、どっちやろな」

 清虎は重い息を吐きながら、片手で目を覆う。哲治が陸に体を向け、静かな声で「家族にはもう言ったの?」と尋ねた。

「まだ言ってない。けど、きっと賛成してくれる」
「でも、心配すると思うよ。ちゃんと話した方が良い」
 
 激高されるかと思ったが、哲治は落ち着いた口調のままだ。

「……怒らないの?」
「怒ったら止めてくれる?」

 問い返され、陸は言葉に詰まる。哲治がグラスに残ったビールを飲み干し、とっくに空になっていた清虎のグラスも一緒に持って席を立った。

「清虎、次は何飲む?」
「いや、俺はもうええ。帰る」

 清虎はデニムのポケットに突っ込んであった財布を取り出し、一万円札をテーブルに置いた。哲治がすぐにその万札を突き返す。

「いらない。今日は俺が呼んだんだから」
「俺、お前に借り作りとうないねん。貰っといて」
「だとしても、多すぎだ。俺だって、お前に借りなんか作りたくない」
「ほんなら、陸の分もってことにしといて」
 
 ははっと清虎が力なく笑った。
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