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◆第三幕 同窓会◆
合縁奇縁④
しおりを挟むその後、大取の座長の舞踊が終わっても、陸は椅子から立ち上がれず、頭を抱えたような格好で身を縮めた。
全体で二百席ほどしかない劇場だ。きっと舞台上からも客の顔は良く見えるだろう。清虎に今日来たことを気付かれたかもしれない。そう思うと、どうにもこうにもバツが悪かった。
このまま何食わぬ顔で帰れるのならまだ救われるのだが、どうやら役者たちが劇場の出口に立ち、客を見送ると言うシステムがあるらしい。
逃げ出したいと嘆きながら、陸は椅子の上で一層体を丸めた。
「何やってんだよ。ほら、行くぞ」
深澤に腕を掴んで引き上げられ、渋々立ち上がる。階段を降りると、チケット売り場の先で衣装を着たままの役者たちが一列に並んでいるのが見えた。陸の前にいる佐々木が、はしゃぎながらこちらを振り返る。
「どうしよう、列の最後の方にあの綺麗な花魁さんがいる! あんな人と握手できるなんて、夢みたいじゃない? 私、毎日劇場に通っちゃおうかな。って言うか、いっそ浅草に引っ越そうかな」
能天気で羨ましいと思いながら、陸は溜め息をついた。
「あの人たちは来月になったら、また違う街に移動するんだよ。ずっと浅草にいる訳じゃない」
「えっ、そうなんだ。それなら追っかけしようかな。一緒に日本全国巡るの、楽しそうじゃない?」
やはりバイタリティーの塊だなと感心してしまう。
客の方も一列になり、役者たちと握手をしながら少しずつ前へ進んだ。何とか顔を合わせずに済む方法はないかと思案したが、列を抜けたところで清虎の前を通らずに帰る道はない。
順調に列は進み、ついに清虎の前に来てしまった。うつむいて固まる陸の手を取って、清虎が微笑む。
「お兄さん、今日は両手に花やんなぁ。美人な彼女とかっこええ彼氏、どっちがお兄さんの恋人なん?」
佐々木と深澤のことを言っているのだろうかと、一瞬戸惑う。
「ど、どっちも恋人じゃないです」
「へぇ、そうなん? 手ぇ繋いで客席に入ってきよったから、てっきり恋人なんかと思ったわ」
深澤に腕を掴まれながら客席まで移動したのを、見られていたのかと冷や汗が出た。黙り込む陸を見て、清虎は口の端を上げる。
「まぁ、別にどうでもええけど」
握手している手に力が篭る。
女神のような笑みの中に、意地悪さが混じっているような気がした。
清虎にしてみれば、零と名乗って素性を隠し、もう会いたくないとまで告げたのに、お構いなしに正体を暴かれたのだ。その上、劇場にまで無遠慮に来られたら、そりゃ腹も立つよなと陸は項垂れる。
下を向けば、陸の手を包むように握る清虎の両手が視界に入った。
同窓会の夜、自分の体を優しく撫でた手。邪な願望が首をもたげそうになり、甘く疼く感情に慌てて蓋をする。そんな気持ちを知ってか知らずか、清虎は陸の手を自分の方へ引き寄せた。
「また来てくださいね」
今まで声をひそめていた清虎が、営業用の明るいトーンに切り替える。弾むように楽し気な声色なのに、なぜか突き放されたような気がして陸は唇を噛んだ。
これ以上、嫌われたくない。
「ごめんなさい」
それだけ告げて、陸は逃げるように列を離れる。
「あれ。佐伯くん、座長さんと握手しなくて良かったの?」
役者全員と握手を終えた佐々木が、自分よりも先に列を抜けている陸を見て首を傾げた。
「あ、うん。なんか疲れちゃって」
「確かに。役者さんと話すの緊張しちゃうよね。でも楽しかったなぁ」
佐々木が手を叩きながら無邪気に笑う。深澤も満足そうだった。
「今度来る時は、芝居もちゃんと観てみたいな。予想以上に気分転換になった」
「わかります。非日常感、癖になりそう」
興奮気味な二人を前に、陸は愛想笑いを浮かべるのがやっとだった。一刻も早くここから立ち去りたくて、陸は佐々木に声を掛ける。
「花やしきはどうする?」
「今日はもう大満足だから、次の機会でいいかな。それより、お腹空かない? 軽く何か食べて帰りませんか」
腹を押さえながら、佐々木が陸から深澤に視線を移す。「確かに」と深澤が笑った。
「佐伯くんに頼ってばかりで申し訳ないけど、お勧めの店ある?」
深澤に尋ねられ、真っ先に哲治の店が浮かんだが、直ぐに候補から外した。せめて職場だけは、陸のテリトリーにしておきたい。二人を哲治に会わせてしまえば、その領域まで浸食されてしまうような気がした。
「ホッピー通りに行きましょうか。レトロな大衆酒場、意外と楽しいですよ」
「いいね」
それじゃあ、と案内しかけた時、ジャケットの内ポケットでスマホが震えた。嫌な予感を抱きながら、恐る恐るスマホに手を伸ばす。
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