46 / 86
◆第三幕 同窓会◆
合縁奇縁②
しおりを挟む
「なんで佐伯くんが道案内なんですか?」
「知らなかった? 茶益園って、佐伯くんのご実家だよ」
「ええっ!」
狭い車内で佐々木は身をよじって陸を見た。陸は気まずそうに目を逸らし、運転手に住所を告げる。
「佐伯くん、なんで今まで黙ってたの」
「別に隠してた訳じゃないよ。聞かれてもないのに、自分から言うのも変でしょ」
茶葉の売り場に併設したカフェはその後も順調に知名度を上げ、観光ガイドでは定番のグルメスポットとして紹介されるほどになっていた。成海が趣向を凝らして創る和スイーツは、味はもちろん見栄えもいいので、若い女性には特に人気が高い。
「浅草に住んでるって凄いね。実家が観光地だなんて、ちょっと憧れちゃうなぁ」
「大袈裟だよ」
「いやいや、凄いって。いつでも茶益園のスイーツ食べられるなんて、羨まし過ぎるよ」
佐々木がスマホでメニューを検索し、「何を食べようかな」と悩みだす。羨ましいと言われて悪い気はしない陸は、照れくささを隠すように外を眺めた。窓に映る自分の顔は何だか少しニヤケていて、慌てて口元を引き締める。
日が傾き始め、夕日に照らされた街並みはどこか慌ただしく見えた。あと三十分も経てば完全に日は落ち、夜の匂いが濃くなるのだろう。
「予約してないけど、大丈夫かな」
店の前でタクシーを降りると急に不安になったのか、佐々木が陸の袖を引いた。
「うちは甘味しか置いてないから、食事時は逆に空いてるよ」
「ああ、良かった。ここまで来たのに混んでて入れないとか、ショックで立ち直れないもん」
佐々木が肩まである栗色の髪を耳にかけ、ホッとしたように息を吐いた。深澤は笑いながら、老舗らしい風格のある暖簾をくぐる。きっと彼は店の情報を把握したうえで、今から行こうと提案したのだろう。そんなことを考えつつ、陸も深澤の後に続いた。
「いらっしゃいませ!」
元気よく挨拶をしたアルバイトの女の子は、深澤の背後にいた陸を見て「おや?」と言うような顔をした。
「陸さん、おかえりなさい」
「ただいま。カフェに三名って入れます?」
「大丈夫ですよ。ご友人と一緒なんて珍しいですね。女将さんお呼びしますか?」
「いい、いい。呼ばないで」
ぶんぶん首を振る陸に、アルバイトの子は可笑しそうに「はぁい」と返事をする。案内された席に着き、深澤が開いたメニューから顔を上げた。
「佐伯くんのおすすめは?」
「甘いのが苦手でなければ新作ですかね。生茶のゼリーは定番なので、こちらもおすすめですよ」
「じゃあ俺は定番メニューにしようかな」
「私は新作で!」
オーダーを済ませて今日の成果を話している最中も、陸は何だか落ち着かなかった。
調理場から出来上がったスイーツを両手に持ち、満面の笑みでこちらに向かってくる成海の姿が見えて、陸は気恥ずかしさに顔を覆いたくなる。ふと、授業参観や三者面談を思い出してしまった。
「弟がいつもお世話になっております」
成海が笑顔で頭を下げる。陸は成海の運んで来たものの配膳を手伝いながら、「兄の成海です」と深澤と佐々木に紹介をした。
深澤は直ぐに立ち上がり、名刺を差し出す。
「こちらこそ、佐伯くんにはいつもお世話になっております。今日は市場調査も兼ねてお邪魔させて頂きました。もし茶益園さんの抹茶ソース、商品化などお考えでしたら、その時は是非お手伝いさせてください」
こういう時でも抜け目ないなと、陸は感心してしまう。
「商品化は今のところ考えておりませんが、もし機会があればよろしくお願いしますね」
可能性を残しつつ、やんわり深澤の申し出を辞退する成海の答え方も、商売人らしいなと陸は思った。
「では、ごゆっくり」
調理場へ下がる成海の背中を見ながら、「佐伯くんとお兄さん、似てるね」と佐々木に言われ、陸はくすぐったいような顔をする。
「これ、甘過ぎなくて美味いなぁ。それにしても、久しぶりに浅草に来たよ。少し観光して帰ろうかな」
生茶のゼリーを口に運びながら、深澤が楽しそうに笑う。深澤の言葉に佐々木も頷いた。
「パフェも絶品ですよ。あっ、私も観光したいです」
「じゃあ、俺が案内しましょうか」
「いいの? 地元の人に案内して貰えるなんて有難いよ」
構いませんよ、と陸は笑顔で答える。浅草に興味を持ってもらえるのは、素直に嬉しい。
店を出た後、二人の要望で浅草寺と仲見世を案内した陸は、「他に行きたいところは?」と尋ねた。
「私、花やしきも見てみたい。外からチラッと眺めるだけで良いから。昔ながらの建物好きなんだよね」
「うん、いいよ」
浅草寺の横を通り抜けようとした陸は、いつもの癖で大衆劇場に向かってしまった。ハッと気づいて角を曲がろうとした時、佐々木が「あの花と提灯に囲まれた建物はなぁに」と指さす。
「あれは、大衆劇場。芝居小屋だよ」
「へぇ、大衆劇場」
深澤も興味を持ったようで、劇場の前に立つ看板を見上げた。
「物凄く綺麗な役者さんがいるなぁ。お。今、舞台の真っ最中じゃん」
「えっ、お芝居観れるんですか。行きましょうよ! 凄く浅草っぽい」
佐々木まで乗り気になってしまい、陸は慌てて二人を引き留める。
「知らなかった? 茶益園って、佐伯くんのご実家だよ」
「ええっ!」
狭い車内で佐々木は身をよじって陸を見た。陸は気まずそうに目を逸らし、運転手に住所を告げる。
「佐伯くん、なんで今まで黙ってたの」
「別に隠してた訳じゃないよ。聞かれてもないのに、自分から言うのも変でしょ」
茶葉の売り場に併設したカフェはその後も順調に知名度を上げ、観光ガイドでは定番のグルメスポットとして紹介されるほどになっていた。成海が趣向を凝らして創る和スイーツは、味はもちろん見栄えもいいので、若い女性には特に人気が高い。
「浅草に住んでるって凄いね。実家が観光地だなんて、ちょっと憧れちゃうなぁ」
「大袈裟だよ」
「いやいや、凄いって。いつでも茶益園のスイーツ食べられるなんて、羨まし過ぎるよ」
佐々木がスマホでメニューを検索し、「何を食べようかな」と悩みだす。羨ましいと言われて悪い気はしない陸は、照れくささを隠すように外を眺めた。窓に映る自分の顔は何だか少しニヤケていて、慌てて口元を引き締める。
日が傾き始め、夕日に照らされた街並みはどこか慌ただしく見えた。あと三十分も経てば完全に日は落ち、夜の匂いが濃くなるのだろう。
「予約してないけど、大丈夫かな」
店の前でタクシーを降りると急に不安になったのか、佐々木が陸の袖を引いた。
「うちは甘味しか置いてないから、食事時は逆に空いてるよ」
「ああ、良かった。ここまで来たのに混んでて入れないとか、ショックで立ち直れないもん」
佐々木が肩まである栗色の髪を耳にかけ、ホッとしたように息を吐いた。深澤は笑いながら、老舗らしい風格のある暖簾をくぐる。きっと彼は店の情報を把握したうえで、今から行こうと提案したのだろう。そんなことを考えつつ、陸も深澤の後に続いた。
「いらっしゃいませ!」
元気よく挨拶をしたアルバイトの女の子は、深澤の背後にいた陸を見て「おや?」と言うような顔をした。
「陸さん、おかえりなさい」
「ただいま。カフェに三名って入れます?」
「大丈夫ですよ。ご友人と一緒なんて珍しいですね。女将さんお呼びしますか?」
「いい、いい。呼ばないで」
ぶんぶん首を振る陸に、アルバイトの子は可笑しそうに「はぁい」と返事をする。案内された席に着き、深澤が開いたメニューから顔を上げた。
「佐伯くんのおすすめは?」
「甘いのが苦手でなければ新作ですかね。生茶のゼリーは定番なので、こちらもおすすめですよ」
「じゃあ俺は定番メニューにしようかな」
「私は新作で!」
オーダーを済ませて今日の成果を話している最中も、陸は何だか落ち着かなかった。
調理場から出来上がったスイーツを両手に持ち、満面の笑みでこちらに向かってくる成海の姿が見えて、陸は気恥ずかしさに顔を覆いたくなる。ふと、授業参観や三者面談を思い出してしまった。
「弟がいつもお世話になっております」
成海が笑顔で頭を下げる。陸は成海の運んで来たものの配膳を手伝いながら、「兄の成海です」と深澤と佐々木に紹介をした。
深澤は直ぐに立ち上がり、名刺を差し出す。
「こちらこそ、佐伯くんにはいつもお世話になっております。今日は市場調査も兼ねてお邪魔させて頂きました。もし茶益園さんの抹茶ソース、商品化などお考えでしたら、その時は是非お手伝いさせてください」
こういう時でも抜け目ないなと、陸は感心してしまう。
「商品化は今のところ考えておりませんが、もし機会があればよろしくお願いしますね」
可能性を残しつつ、やんわり深澤の申し出を辞退する成海の答え方も、商売人らしいなと陸は思った。
「では、ごゆっくり」
調理場へ下がる成海の背中を見ながら、「佐伯くんとお兄さん、似てるね」と佐々木に言われ、陸はくすぐったいような顔をする。
「これ、甘過ぎなくて美味いなぁ。それにしても、久しぶりに浅草に来たよ。少し観光して帰ろうかな」
生茶のゼリーを口に運びながら、深澤が楽しそうに笑う。深澤の言葉に佐々木も頷いた。
「パフェも絶品ですよ。あっ、私も観光したいです」
「じゃあ、俺が案内しましょうか」
「いいの? 地元の人に案内して貰えるなんて有難いよ」
構いませんよ、と陸は笑顔で答える。浅草に興味を持ってもらえるのは、素直に嬉しい。
店を出た後、二人の要望で浅草寺と仲見世を案内した陸は、「他に行きたいところは?」と尋ねた。
「私、花やしきも見てみたい。外からチラッと眺めるだけで良いから。昔ながらの建物好きなんだよね」
「うん、いいよ」
浅草寺の横を通り抜けようとした陸は、いつもの癖で大衆劇場に向かってしまった。ハッと気づいて角を曲がろうとした時、佐々木が「あの花と提灯に囲まれた建物はなぁに」と指さす。
「あれは、大衆劇場。芝居小屋だよ」
「へぇ、大衆劇場」
深澤も興味を持ったようで、劇場の前に立つ看板を見上げた。
「物凄く綺麗な役者さんがいるなぁ。お。今、舞台の真っ最中じゃん」
「えっ、お芝居観れるんですか。行きましょうよ! 凄く浅草っぽい」
佐々木まで乗り気になってしまい、陸は慌てて二人を引き留める。
0
お気に入りに追加
40
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
壁穴奴隷No.19 麻袋の男
猫丸
BL
壁穴奴隷シリーズ・第二弾、壁穴奴隷No.19の男の話。
麻袋で顔を隠して働いていた壁穴奴隷19番、レオが誘拐されてしまった。彼の正体は、実は新王国の第二王子。変態的な性癖を持つ王子を連れ去った犯人の目的は?
シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。
前編・後編+後日談の全3話
SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。
※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。
※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。
愛などもう求めない
白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。
「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」
「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」
目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。
本当に自分を愛してくれる人と生きたい。
ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。
ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。
最後まで読んでいただけると嬉しいです。
愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。
石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。
ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。
それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。
愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。
彼は誰
Rg
BL
戸嶋朝陽は、四年間思い続けていた相手、高比良衣知がとある事情から転がり込んできたことを“最初で最後のチャンス”だと思い軟禁する。
朝陽にとっての“愛”とは、最愛の彼を汚れた世界から守ること。
自分にとって絶対的な存在であるために、汚れた彼を更生すること。
そんな歪んだ一途な愛情が、ひっそりと血塗られた物語を描いてゆく。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
初恋はおしまい
佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。
高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。
※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。
今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる