会いたいが情、見たいが病

雪華

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◆第三幕 同窓会◆

自己嫌悪の塊②

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 消え入りそうな声で「もうほっといて」と懇願する。
 その瞬間、今でも自分は清虎を苦しめてしまう存在なのだと気づいて、陸は息を呑んだ。清虎が逢いに来てくれたと勘違いして舞い上がり、当たり前のことを忘れてしまっていた。冷静に考えたらすぐ解るのに。

 陸を許し、会えなかった時間を埋める気持ちがあるのなら、最初から零ではなく清虎本人の姿で現れただろう。
 けれど清虎は今も零を演じ続け、あくまでも一期一会で終わらせようとしている。なぜ姿を偽ってまで陸の前に現れたのか疑問は残るが、とにかく拒絶されていることに間違いはない。

 何年経っても自分は愚かだと自嘲しながら、片手で目を覆った。危うくまた傷つけて壊してしまうところだった。

「すみません、調子に乗り過ぎました。あなたを苦しめるつもりはなかったんです。ごめんなさい……帰ります」

 清虎が顔から両手を外し、振り返り向こうとして途中でやめた。息を吐きながらゆっくり窓の外に視線を戻す。

「自分から強引に誘って引き留めた癖に、今度は帰れだなんて、傲慢で嫌な奴だと思ってるでしょう」
「まさか。むしろ、零さんに不快な思いをさせてしまって申し訳ないと思ってます」
「不快? 嫌がるあなたに酷いことをしたのは私の方じゃない」

 腑に落ちない様子で清虎は言ったが、陸は小さく首を振った。

「俺がキスして欲しいなんて言い出さなければ、零さんだってあんなこと。その上、また会いたいと駄々をこねて困らせて。俺の方が、よっぽど幼稚で無遠慮で、救いようがないでしょう」
「……そこまで自分を卑下しなくても」
「いいんです。自覚はあるんです。いつもはもっと気を付けていたんですけど、今日は少し浮かれてしまいました。ごめんなさい」

 陸は言い終わると同時に、部屋の入口に向かった。ドアノブに手をかけて、ふと、いつか言っていた清虎の言葉を思い出す。
『思い出してもらう時は、笑った顔の方がええやん』
 本当だな、と思いながら、陸は笑顔を作って清虎の背に声を掛けた。

「一緒に酒が飲めて嬉しかったです。おやすみなさい。……さようなら」

 瞬間、窓の外を見ていた清虎が弾かれたように振り向いた。目を見開き何か言いたげな表情で立ち尽くしている。
 ああ、やっぱり清虎だ。化粧をしていても面影がある。
 部屋から一歩踏み出し、陸はもう一度振り返った。閉まりかけた扉の隙間から清虎が見え、少しの間、視線を合わせた状態が続く。

 パタン。と無機質で重たい扉が閉まり、ジ・エンドの文字が見えたような気がした。映画でも観ていたような、不思議な感覚に陥る。清虎が目の前にいても、画面越しに会話をしているような距離感があった。

 扉が閉まる直前、清虎の頬に涙が落ちたような気がしたが、きっと脳が勝手に都合よく見せた幻だろう。もしかしたら最初から、零なんて人は存在していないのかもしれない。全て陸が見たいように見た、ただの夢の可能性もある。

 陸は胸をさすりながら、心を麻痺させるのに慣れておいて良かったと口の端を上げた。そうでなければきっと、今頃みっともなく泣き叫んで、幻滅されていたに違いない。

 ホテルから出た陸は気分を変えるようにスマートフォンを開き、ホッとした表情を浮かべた。哲治は店が忙しく、手が離せないのだろう。帰宅していないことを咎めるような連絡は、まだ来ていなかった。

 同窓会の終了時刻が長引いたこと。帰りがけに遠藤に捕まって時間を取られたこと。二次会に無理に連れていかれるのを避けるため、ラウンジで少し時間を潰していたこと。今帰っている最中だということ。

 嘘と真実を混ぜながら遅くなった理由を並べ、哲治に言い訳がましいメッセージを送った。家に着いたらもう一度「着いた」とメッセージを送ろう。それで哲治は満足する。
 こんなことを遠藤が知ったらどんな顔をするだろうなと、陸は苦笑いした。

「きっと、『それはおかしい』って怒ってくれるんだろうな」

 いびつな関係だ。友人としての範疇をはるかに超えている干渉度合は、誰の目から見ても異常だろう。
 
 人影の少なくなった花やしき通りを歩いている途中、陸は「あっ」と思い出したように声を上げて立ち止まった。横道に目をやり、その先にあるはずの建物を思い浮かべる。はやる気持ちを抑えながら、手にしたスマートフォンで大衆劇場の公演スケジュールを検索し始めた。
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