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◆第三幕 同窓会◆
ゼロ①
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最上階に到着したエレベーターの扉が開き、先に女性たちが降りていった。他のフロアと違い、通路の照明は控えめに灯されていて薄暗く、落ち着いた雰囲気を醸し出している。
煌びやかな女性と最上階の夜景は絵になるな、などとぼんやり考えながら、ラウンジの入り口でフロア全体を見渡した。そこで既に飲み始めている旧友の姿を見つけ、陸は焦って女性たちの影に隠れる。モデルに声を掛けようと本気で狙っていたのか、二次会組とは合流せずこちらに来たようだ。
やり残した仕事があると言って二次会を断った手前、顔を合わせるのは気まずいと思い、陸は慌てて踵を返す。
その時だった。
「あっ」
ぶつかった衝撃でよろけた陸の視界の端に、倒れ込む女性の姿が映った。どうやら陸が急に方向転換したせいで、うしろから来た女性を跳ね飛ばしてしまったらしい。
「ご、ごめんなさい」
申し訳なさに身をすくめながら、陸が女性に手を差し伸べる。女性は「いえ」と笑いながらその手を取った。
「私も考え事をしながら歩いていたので、前をちゃんと見ていませんでした」
背中が隠れるほど長さのある黒髪が、ハイネックブラウスの上をサラサラと滑る。立ち上がった女性はスラリとしていて背が高く、この人もモデルなんだろうと陸は考察した。
一瞬だけ女性が足を気にするような素振りを見せたので、陸もつられて視線を落とす。ヒールの踵が折れてしまっていて、陸はサッと青ざめた。
「すみません! 弁償させてください」
「いえ、安物ですからお気になさらずに」
「そういう訳には」
陸が引かずに強く主張すると、女性は困ったように目を伏せ、ヒールを脱いで手に持った。素足のまま床に足を付き「大丈夫です」と歩き出そうとした瞬間、バランスを崩して倒れ掛かる。慌ててその体を陸が受け止めたが、腕の中に納まった女性は痛みに顔を歪めた。
「痛っ……」
「大丈夫ですか」
「転んだ時に、足を痛めたみたい」
陸の肩に顎を乗せたまま話す彼女の吐息が、耳にかかってドキリとした。
「あの。申し訳ないですが、部屋まで肩を貸して頂けませんか。今日はここに宿泊予定なんです」
「ええ、もちろん。……俺のせいで本当にごめんなさい」
陸は彼女の体を支えながら、エレベーターを呼ぶためにボタンを押した。身を寄せる彼女の体温を感じ、少しだけ浮かれたような気分になる。自分のせいで怪我をさせてしまったのに不謹慎だなと、妙な気持ちに蓋をした。
すぐにやってきたエレベーターに二人で乗り込み、宿泊している階に向かう。静かなエレベーター内で、陸にしがみつく彼女の吐息が震えているような気がした。
「痛みますか? フロントで湿布貰ってきましょうか」
彼女は無言のまま首を振る。余程痛いのではないかと心配になり表情を確認しようとしたが、黒い髪がカーテンのように顔を隠してしまっていた。
「俺、佐伯陸って言います。もし病院に行くなら、費用請求してください」
「少し捻っただけです。大丈夫」
ふふっと息を吐くように、彼女は笑った。
「私のことは、零と呼んでください。それより、佐伯さんはラウンジへ行くところだったんでしょう? もし良かったら私の部屋で飲み直しませんか」
耳元で囁く声の威力にクラクラしてしまう。少し低めの掠れ気味な零の声は、やけに艶っぽい。
「それは、さすがに」
「さすがに?」
口篭もりながら遠慮する陸に、零が楽しそうに問い返す。
「あなたの部屋にまで入るのは、ちょっと」
「でも、私だって本当はラウンジで飲みたかったんですよ? だけど行けなくなっちゃった。誰かさんのせいで」
陸はグッと言葉に詰まる。そうこうしているうちに、部屋の前までたどり着いた。零はカードキーで解錠し、部屋の扉を開けて陸を振り返る。
「意地悪言ってごめんなさい。でも、一杯だけ。ね?」
「……じゃあ、一杯だけ」
「良かった」
促されるまま部屋に足を踏み入れた。淡いターコイズグリーンの壁紙に、シンプルだが機能的な調度品。夜景の良く見える窓際に椅子が一脚と、丸テーブルの上には赤ワインが置かれている。
「佐伯さん。そこのオープナーでワインを開けて貰っていいですか」
零はミニバーに整然と並べられている食器の中から、ワイングラスを二つ手に取った。
煌びやかな女性と最上階の夜景は絵になるな、などとぼんやり考えながら、ラウンジの入り口でフロア全体を見渡した。そこで既に飲み始めている旧友の姿を見つけ、陸は焦って女性たちの影に隠れる。モデルに声を掛けようと本気で狙っていたのか、二次会組とは合流せずこちらに来たようだ。
やり残した仕事があると言って二次会を断った手前、顔を合わせるのは気まずいと思い、陸は慌てて踵を返す。
その時だった。
「あっ」
ぶつかった衝撃でよろけた陸の視界の端に、倒れ込む女性の姿が映った。どうやら陸が急に方向転換したせいで、うしろから来た女性を跳ね飛ばしてしまったらしい。
「ご、ごめんなさい」
申し訳なさに身をすくめながら、陸が女性に手を差し伸べる。女性は「いえ」と笑いながらその手を取った。
「私も考え事をしながら歩いていたので、前をちゃんと見ていませんでした」
背中が隠れるほど長さのある黒髪が、ハイネックブラウスの上をサラサラと滑る。立ち上がった女性はスラリとしていて背が高く、この人もモデルなんだろうと陸は考察した。
一瞬だけ女性が足を気にするような素振りを見せたので、陸もつられて視線を落とす。ヒールの踵が折れてしまっていて、陸はサッと青ざめた。
「すみません! 弁償させてください」
「いえ、安物ですからお気になさらずに」
「そういう訳には」
陸が引かずに強く主張すると、女性は困ったように目を伏せ、ヒールを脱いで手に持った。素足のまま床に足を付き「大丈夫です」と歩き出そうとした瞬間、バランスを崩して倒れ掛かる。慌ててその体を陸が受け止めたが、腕の中に納まった女性は痛みに顔を歪めた。
「痛っ……」
「大丈夫ですか」
「転んだ時に、足を痛めたみたい」
陸の肩に顎を乗せたまま話す彼女の吐息が、耳にかかってドキリとした。
「あの。申し訳ないですが、部屋まで肩を貸して頂けませんか。今日はここに宿泊予定なんです」
「ええ、もちろん。……俺のせいで本当にごめんなさい」
陸は彼女の体を支えながら、エレベーターを呼ぶためにボタンを押した。身を寄せる彼女の体温を感じ、少しだけ浮かれたような気分になる。自分のせいで怪我をさせてしまったのに不謹慎だなと、妙な気持ちに蓋をした。
すぐにやってきたエレベーターに二人で乗り込み、宿泊している階に向かう。静かなエレベーター内で、陸にしがみつく彼女の吐息が震えているような気がした。
「痛みますか? フロントで湿布貰ってきましょうか」
彼女は無言のまま首を振る。余程痛いのではないかと心配になり表情を確認しようとしたが、黒い髪がカーテンのように顔を隠してしまっていた。
「俺、佐伯陸って言います。もし病院に行くなら、費用請求してください」
「少し捻っただけです。大丈夫」
ふふっと息を吐くように、彼女は笑った。
「私のことは、零と呼んでください。それより、佐伯さんはラウンジへ行くところだったんでしょう? もし良かったら私の部屋で飲み直しませんか」
耳元で囁く声の威力にクラクラしてしまう。少し低めの掠れ気味な零の声は、やけに艶っぽい。
「それは、さすがに」
「さすがに?」
口篭もりながら遠慮する陸に、零が楽しそうに問い返す。
「あなたの部屋にまで入るのは、ちょっと」
「でも、私だって本当はラウンジで飲みたかったんですよ? だけど行けなくなっちゃった。誰かさんのせいで」
陸はグッと言葉に詰まる。そうこうしているうちに、部屋の前までたどり着いた。零はカードキーで解錠し、部屋の扉を開けて陸を振り返る。
「意地悪言ってごめんなさい。でも、一杯だけ。ね?」
「……じゃあ、一杯だけ」
「良かった」
促されるまま部屋に足を踏み入れた。淡いターコイズグリーンの壁紙に、シンプルだが機能的な調度品。夜景の良く見える窓際に椅子が一脚と、丸テーブルの上には赤ワインが置かれている。
「佐伯さん。そこのオープナーでワインを開けて貰っていいですか」
零はミニバーに整然と並べられている食器の中から、ワイングラスを二つ手に取った。
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