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◆第二幕 月に叢雲、花に風◆
最適解②
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遠藤とは対照的に、清虎の顔色は青白い。
「遠藤さんと付き合ってるって噂、本当だったんだね」
清虎が誰と付き合っていようが、陸に責める権利はない。なのに発した声には、怒りの感情が渦巻いていた。
「付き合うてなんかあらへんよ」
「でも今、抱き合ってたじゃん」
「それは……そしたら、諦めてくれる言うから」
俯きながら、清虎が口ごもる。陸の目にはその姿が、言い訳しているように見えた。
「諦めるって、何を」
「え。あー。俺のことを……」
「いいよ、嘘吐かなくて。もう、付き合ってるって知ってたし」
不貞腐れたように言い捨てて、陸は清虎に背を向ける。立ち去ろうとした陸の肩を、清虎は強い力で掴んだ。
「待てって。それはただの噂やろ。陸は俺の言うことより、噂の方を信じるんか」
「だって今、実際に遠藤さんと」
「だからそれは違うって!」
声を荒げた清虎が、陸の両肩を掴んで壁に押し付ける。陸が痛みに顔を歪めると、哲治が割り込むように止めに入った。
「清虎、やめろ」
「あ……ごめん。でもっ」
清虎が反論しようと口を開いた瞬間、クラスメイトが顔を覗かせ「ここにいたのか」と陸を呼ぶ。
「陸のハチマキ、間違ってゴミ箱に入ってたから拾っておいたぞ。俺が気付かなかったらそのまま捨てられちゃうとこだったんだから、気を付けろよ」
「俺のハチマキが……何でゴミ箱に?」
陸は小さく震えながら、清虎の顔を見た。
陸の怯えた目の意味を理解した清虎は、青ざめながら首を振る。
「違う。俺は捨ててなんかいない」
「じゃあ……お願い、証拠を見せて。捨ててないなら、今もハチマキ持ってるでしょう?」
「もちろん」
陸に言われて清虎はポケットを探ったが、ハッと思い出したように顔を上げた。
「さっき色紙と一緒にカバンにしまってもうた」
「そんな嘘、もういいよ」
「嘘じゃない、今すぐ取って来る!」
走り出そうとした清虎の腕を、陸が掴んで止める。
「そんなこと言って、そのまま帰る気なんじゃないの。ハチマキ交換するのが嫌だったなら、ちゃんと言ってくれれば良かったのに。本当は、遠藤さんと交換したかったんでしょ」
「そんな卑怯なことするわけないだろ。俺を信じろよ」
陸と清虎のやり取りを目の当たりにしたクラスメイトが、顔を引きつらせながら後ずさった。
「え、なに。清虎が陸と交換したハチマキ捨てちゃったってこと? しかも関西弁じゃないし。もしかしてずっとキャラ作ってた? 今までの、全部ウソ?」
「ちがっ……違う! これには訳があって」
焦りからか清虎の声が上ずる。どれだけ否定しても、不信感は拭えない。
しばらく沈黙が続き、清虎は酷く傷ついたような顔で陸を見つめた。その表情のまま、低い声で笑い出す。
「情けない。『友達』なんて言っても、所詮こんなもんか。やっぱり俺は、信用して貰えないよそ者じゃん。それなら最初から、ほっといてくれたら良かったのに。だから嫌だったんだよ、誰かと仲良くなるの。結局最後は独りぼっちだ」
掴まれていた腕を強引に払うと、清虎は校舎に向かって走りだした。陸は遠ざかる背中を、呆然と見送る。
清虎の言葉はまるで弾丸だった。何発も心臓に打ち込まれ、痛みのおかげで徐々に冷静になってくる。
――本当にこのまま、後を追わなくていいのだろうか。
「ねぇ、そのハチマキ見せて」
陸はクラスメイトに迫り、差し出されたハチマキを受け取った。焦る気持ちのまま乱暴に広げ、そこに書かれた名前を見て愕然とする。
「これ、俺のじゃない」
「えっ。でもちゃんと書いてあるよ『茶益陸』って。お前いつもゲンを担いで、屋号の漢字使うだろ?」
陸のハチマキを持つ手が震える。なぜこれを確認する前に、清虎を疑ってしまったのだろう。
「今回は最初から清虎と交換するつもりだったから、ちゃんと『佐伯』の方で書いたんだ。だから、これは誰かが用意した偽物」
手の中のハチマキから視線を上げる。一歩踏み出そうとした陸の前に、哲治が立ち塞がった。
「今から行ったって、追いつけないよ」
「どいてよ哲治。行かせてくれなかったら、一生お前を許さない」
陸は「お前がやったんじゃないのか」と喉まで出かかった言葉を飲み込み、哲治を睨んだ。その眼差しから、陸が本気だと判断したのかもしれない。哲治は唇を噛みしめ、うなだれながら仕方なしに道を開けた。
哲治の横をすり抜けて、陸が弾かれたように駆け出す。
間に合うだろうか。
遠くに清虎が校舎に入っていく姿が見えた。用もないはずの校舎に寄るのはなぜだろうと疑問を抱いたが、真っ直ぐ帰らないでくれるのは有難い。まだ追いつけるチャンスがあると、陸は必死に走った。
人影のない校舎に入り、果たして清虎はどこに向かったのだろうかと考える。迷いながら階段に足をかけた時、上の階から乱暴に教室のドアを開ける音がした。
清虎だと確信しながら階段を一気に駆け上がる。走り過ぎたせいで息が苦しくなり、口の中に血の味が充満した。
このままの勢いで教室に乗り込んでも逃げられるかもしれない。用心した陸は、呼吸を整えながら足音を忍ばせる。
「遠藤さんと付き合ってるって噂、本当だったんだね」
清虎が誰と付き合っていようが、陸に責める権利はない。なのに発した声には、怒りの感情が渦巻いていた。
「付き合うてなんかあらへんよ」
「でも今、抱き合ってたじゃん」
「それは……そしたら、諦めてくれる言うから」
俯きながら、清虎が口ごもる。陸の目にはその姿が、言い訳しているように見えた。
「諦めるって、何を」
「え。あー。俺のことを……」
「いいよ、嘘吐かなくて。もう、付き合ってるって知ってたし」
不貞腐れたように言い捨てて、陸は清虎に背を向ける。立ち去ろうとした陸の肩を、清虎は強い力で掴んだ。
「待てって。それはただの噂やろ。陸は俺の言うことより、噂の方を信じるんか」
「だって今、実際に遠藤さんと」
「だからそれは違うって!」
声を荒げた清虎が、陸の両肩を掴んで壁に押し付ける。陸が痛みに顔を歪めると、哲治が割り込むように止めに入った。
「清虎、やめろ」
「あ……ごめん。でもっ」
清虎が反論しようと口を開いた瞬間、クラスメイトが顔を覗かせ「ここにいたのか」と陸を呼ぶ。
「陸のハチマキ、間違ってゴミ箱に入ってたから拾っておいたぞ。俺が気付かなかったらそのまま捨てられちゃうとこだったんだから、気を付けろよ」
「俺のハチマキが……何でゴミ箱に?」
陸は小さく震えながら、清虎の顔を見た。
陸の怯えた目の意味を理解した清虎は、青ざめながら首を振る。
「違う。俺は捨ててなんかいない」
「じゃあ……お願い、証拠を見せて。捨ててないなら、今もハチマキ持ってるでしょう?」
「もちろん」
陸に言われて清虎はポケットを探ったが、ハッと思い出したように顔を上げた。
「さっき色紙と一緒にカバンにしまってもうた」
「そんな嘘、もういいよ」
「嘘じゃない、今すぐ取って来る!」
走り出そうとした清虎の腕を、陸が掴んで止める。
「そんなこと言って、そのまま帰る気なんじゃないの。ハチマキ交換するのが嫌だったなら、ちゃんと言ってくれれば良かったのに。本当は、遠藤さんと交換したかったんでしょ」
「そんな卑怯なことするわけないだろ。俺を信じろよ」
陸と清虎のやり取りを目の当たりにしたクラスメイトが、顔を引きつらせながら後ずさった。
「え、なに。清虎が陸と交換したハチマキ捨てちゃったってこと? しかも関西弁じゃないし。もしかしてずっとキャラ作ってた? 今までの、全部ウソ?」
「ちがっ……違う! これには訳があって」
焦りからか清虎の声が上ずる。どれだけ否定しても、不信感は拭えない。
しばらく沈黙が続き、清虎は酷く傷ついたような顔で陸を見つめた。その表情のまま、低い声で笑い出す。
「情けない。『友達』なんて言っても、所詮こんなもんか。やっぱり俺は、信用して貰えないよそ者じゃん。それなら最初から、ほっといてくれたら良かったのに。だから嫌だったんだよ、誰かと仲良くなるの。結局最後は独りぼっちだ」
掴まれていた腕を強引に払うと、清虎は校舎に向かって走りだした。陸は遠ざかる背中を、呆然と見送る。
清虎の言葉はまるで弾丸だった。何発も心臓に打ち込まれ、痛みのおかげで徐々に冷静になってくる。
――本当にこのまま、後を追わなくていいのだろうか。
「ねぇ、そのハチマキ見せて」
陸はクラスメイトに迫り、差し出されたハチマキを受け取った。焦る気持ちのまま乱暴に広げ、そこに書かれた名前を見て愕然とする。
「これ、俺のじゃない」
「えっ。でもちゃんと書いてあるよ『茶益陸』って。お前いつもゲンを担いで、屋号の漢字使うだろ?」
陸のハチマキを持つ手が震える。なぜこれを確認する前に、清虎を疑ってしまったのだろう。
「今回は最初から清虎と交換するつもりだったから、ちゃんと『佐伯』の方で書いたんだ。だから、これは誰かが用意した偽物」
手の中のハチマキから視線を上げる。一歩踏み出そうとした陸の前に、哲治が立ち塞がった。
「今から行ったって、追いつけないよ」
「どいてよ哲治。行かせてくれなかったら、一生お前を許さない」
陸は「お前がやったんじゃないのか」と喉まで出かかった言葉を飲み込み、哲治を睨んだ。その眼差しから、陸が本気だと判断したのかもしれない。哲治は唇を噛みしめ、うなだれながら仕方なしに道を開けた。
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遠くに清虎が校舎に入っていく姿が見えた。用もないはずの校舎に寄るのはなぜだろうと疑問を抱いたが、真っ直ぐ帰らないでくれるのは有難い。まだ追いつけるチャンスがあると、陸は必死に走った。
人影のない校舎に入り、果たして清虎はどこに向かったのだろうかと考える。迷いながら階段に足をかけた時、上の階から乱暴に教室のドアを開ける音がした。
清虎だと確信しながら階段を一気に駆け上がる。走り過ぎたせいで息が苦しくなり、口の中に血の味が充満した。
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