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◆第二幕 月に叢雲、花に風◆
難儀やなぁ①
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絶好の運動会日和だった。
陸は二人分の弁当が入ったカバンを大事そうに抱えながら、清虎が待つ劇場に向かう。かなり早起きしたにもかかわらず、高揚感のおかげで少しも眠気は感じなかった。
清虎は既に待ち合わせ場所にいて、陸に気付くと嬉しそうにぴょんぴょん跳ねながら手を振る。陸も手を振り返して駆け寄った。
今日で最後。
油断するとその単語が頭をよぎる。陸はその度、無理やり感情を奥の方に押し込めて蓋をした。
「おはよ」
上手く笑えているだろうか。朝から泣き顔は見せたくない。
「おはようさん。よお晴れて、ホンマ良かったなぁ。あ、そうだ。陸、ちょっとコンビニ寄ってええか」
歩き始めた清虎が、劇場のすぐ横にあるコンビニを指さした。弁当を買うつもりなら早く渡した方が良いと考え、陸は慌てて清虎を呼び止める。
「あの、清虎。勝手なことしてごめんね。実は、清虎の分のお弁当、作ってきたんだ」
いざとなると緊張してしまい、陸は肩にかけたスクールバッグをぐっと抱きしめた。
喜んでくれるだろうか。もしかしたら、余計なことをするなと怒られるかもしれない。
「え、俺の分? 陸の母さんが作ってくれたの?」
「ううん。兄貴に教えて貰って、俺が自分で作った」
「陸が? マジで?」
思わず足を止めた清虎の声が、驚き過ぎて裏返った。陸は頷きながら、大判のハンカチで包んだ弁当を差し出す。それを両手で受け取った清虎は、包みをじっと見つめたまま固まった。陸はハラハラしながら清虎の表情を伺うが、大きく目を開いているだけで、全く感情が読み取れない。
――嫌だったのかな。それとも、ただ驚いているだけなのかな。
沈黙に耐えきれず、陸はオロオロしながら「あのね」と口を開く。
「清虎の苦手な食べ物とかあったら、本当にごめん。お弁当に入れたのはね、たまご……」
「待って陸。弁当の中身、言わないで!」
手のひらを前に突き出して、陸の言葉を遮った。弁当を抱えた清虎は、俯いたまま顔を上げない。
「俺、本当はこんな風に布に包まれて中身が見えない弁当、めっちゃ憧れてたんだよね。何が入ってるんだろうって、わくわくしながら包みをほどいて弁当箱の蓋開けるの。だから、凄く嬉しい。……ほんと、ありがとう」
清虎は乱暴に目元を拭ってから顔を上げたが、長い睫毛が少し濡れていた。
「喜んでもらえて、良かった」
ホッとしたのともらい泣きで、陸の目からも大粒の涙が落ちる。清虎が慌てて陸の頬を押さえた。
「わぁ、陸まで泣かんといて! 二人で目ぇ赤くして行ったら、哲治がびっくりしてまうやろ」
「うん。そうだよね」
これ以上泣いてしまわないように、奥歯を噛んで頷いた。
清虎はまるで宝物でも隠すように、弁当箱を鞄の奥の方へしまい込んだ。それから陸に視線を戻し、無邪気に笑う。その笑顔を見ることが出来ただけで、陸の心は満たされた。
なのに満たされたそばから漏れ出して、ひび割れた心がどんどん乾いていく。
ああ嫌だ。
嫌だ。嫌だ。
風になびく黒い髪を、長い睫毛を、しなやかな指先を、清虎を彩る全ての輪郭を目に焼きつけたくて凝視する。
「どないしたん?」
あまりにも見つめ過ぎて、さすがに清虎が訝しそうに首を傾げた。それでも陸は目を逸らさないまま告げる。
「清虎と離れたくない」
清虎が大きな瞬きを一つした。
「陸は、たまにドキッとすること言うなぁ」
「俺、本気で言ってんだけど。茶化すなよ」
「そんなん、わかっとるわ。だからドキッとする言うたやろ。でもなぁ、ソレ残酷やで」
清虎は苦笑いしながら溜め息を吐いた。すっかり諦めたような表情は大人びていて、陸は突き放されたような錯覚に陥る。
それは清虎に出会ってから、幾度か感じた寂しさだった。哲治や清虎の思考に付いて行けず、いつも置き去りにされてしまう。
「哲治がさ、清虎は自分がよそ者だって自覚してるから、気を使ってるって言うんだ。俺とは友達になる気なんて初めからないって。そうなの? 哲治も清虎も、いつも何が見えてるの? 俺にはわかんないこと、何でわかるの」
せっかく最後の日なのに。弁当を喜んでもらえたのに。
聞かなくていいことを尋ねている自覚はあった。もう台無しだと思いながら、清虎の顔を見る。
清虎は気を悪くするどころか、心配そうに眉を寄せて陸の手を掴んだ。
陸は二人分の弁当が入ったカバンを大事そうに抱えながら、清虎が待つ劇場に向かう。かなり早起きしたにもかかわらず、高揚感のおかげで少しも眠気は感じなかった。
清虎は既に待ち合わせ場所にいて、陸に気付くと嬉しそうにぴょんぴょん跳ねながら手を振る。陸も手を振り返して駆け寄った。
今日で最後。
油断するとその単語が頭をよぎる。陸はその度、無理やり感情を奥の方に押し込めて蓋をした。
「おはよ」
上手く笑えているだろうか。朝から泣き顔は見せたくない。
「おはようさん。よお晴れて、ホンマ良かったなぁ。あ、そうだ。陸、ちょっとコンビニ寄ってええか」
歩き始めた清虎が、劇場のすぐ横にあるコンビニを指さした。弁当を買うつもりなら早く渡した方が良いと考え、陸は慌てて清虎を呼び止める。
「あの、清虎。勝手なことしてごめんね。実は、清虎の分のお弁当、作ってきたんだ」
いざとなると緊張してしまい、陸は肩にかけたスクールバッグをぐっと抱きしめた。
喜んでくれるだろうか。もしかしたら、余計なことをするなと怒られるかもしれない。
「え、俺の分? 陸の母さんが作ってくれたの?」
「ううん。兄貴に教えて貰って、俺が自分で作った」
「陸が? マジで?」
思わず足を止めた清虎の声が、驚き過ぎて裏返った。陸は頷きながら、大判のハンカチで包んだ弁当を差し出す。それを両手で受け取った清虎は、包みをじっと見つめたまま固まった。陸はハラハラしながら清虎の表情を伺うが、大きく目を開いているだけで、全く感情が読み取れない。
――嫌だったのかな。それとも、ただ驚いているだけなのかな。
沈黙に耐えきれず、陸はオロオロしながら「あのね」と口を開く。
「清虎の苦手な食べ物とかあったら、本当にごめん。お弁当に入れたのはね、たまご……」
「待って陸。弁当の中身、言わないで!」
手のひらを前に突き出して、陸の言葉を遮った。弁当を抱えた清虎は、俯いたまま顔を上げない。
「俺、本当はこんな風に布に包まれて中身が見えない弁当、めっちゃ憧れてたんだよね。何が入ってるんだろうって、わくわくしながら包みをほどいて弁当箱の蓋開けるの。だから、凄く嬉しい。……ほんと、ありがとう」
清虎は乱暴に目元を拭ってから顔を上げたが、長い睫毛が少し濡れていた。
「喜んでもらえて、良かった」
ホッとしたのともらい泣きで、陸の目からも大粒の涙が落ちる。清虎が慌てて陸の頬を押さえた。
「わぁ、陸まで泣かんといて! 二人で目ぇ赤くして行ったら、哲治がびっくりしてまうやろ」
「うん。そうだよね」
これ以上泣いてしまわないように、奥歯を噛んで頷いた。
清虎はまるで宝物でも隠すように、弁当箱を鞄の奥の方へしまい込んだ。それから陸に視線を戻し、無邪気に笑う。その笑顔を見ることが出来ただけで、陸の心は満たされた。
なのに満たされたそばから漏れ出して、ひび割れた心がどんどん乾いていく。
ああ嫌だ。
嫌だ。嫌だ。
風になびく黒い髪を、長い睫毛を、しなやかな指先を、清虎を彩る全ての輪郭を目に焼きつけたくて凝視する。
「どないしたん?」
あまりにも見つめ過ぎて、さすがに清虎が訝しそうに首を傾げた。それでも陸は目を逸らさないまま告げる。
「清虎と離れたくない」
清虎が大きな瞬きを一つした。
「陸は、たまにドキッとすること言うなぁ」
「俺、本気で言ってんだけど。茶化すなよ」
「そんなん、わかっとるわ。だからドキッとする言うたやろ。でもなぁ、ソレ残酷やで」
清虎は苦笑いしながら溜め息を吐いた。すっかり諦めたような表情は大人びていて、陸は突き放されたような錯覚に陥る。
それは清虎に出会ってから、幾度か感じた寂しさだった。哲治や清虎の思考に付いて行けず、いつも置き去りにされてしまう。
「哲治がさ、清虎は自分がよそ者だって自覚してるから、気を使ってるって言うんだ。俺とは友達になる気なんて初めからないって。そうなの? 哲治も清虎も、いつも何が見えてるの? 俺にはわかんないこと、何でわかるの」
せっかく最後の日なのに。弁当を喜んでもらえたのに。
聞かなくていいことを尋ねている自覚はあった。もう台無しだと思いながら、清虎の顔を見る。
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