会いたいが情、見たいが病

雪華

文字の大きさ
上 下
19 / 86
◆第二幕 月に叢雲、花に風◆

穏やかな独裁者①

しおりを挟む
「陸!」

 翌日、塾に着くなり、待ち構えていたように哲治に声を掛けられた。昨日の電話が頭をかすめ、少しだけ体が強張る。

「陸、テストの勉強ちゃんとした? あ、また寝癖ついたままだよ」

 笑顔の哲治を見て「機嫌が良さそうだ」と、ホッとしている自分に気が付いた。いつから哲治の顔色を伺うようになってしまったのだろう。

「宿題で手いっぱいで、テスト勉強まで出来なかった」
「そっか。昨日は成海にぃの手伝いもしてたみたいだしね。新作はどうだった?」
「新作?」

 試すような哲治の目を見てハッとする。昨日「新作の試食」と嘘を吐いたことを思い出し、慌てて取り繕った。

「ああ、うん。まだ内緒。完成したら、哲治も食べにおいでよ」
「そう。じゃあ、楽しみにしておく」

 いつもと変わらない他愛のない会話のはずなのに、何もかも見透かされているような気がして目を逸らしたくなる。

「陸くん、哲治、おはよー。なんか模擬テスト多くて嫌になるね。いよいよ受験生ってカンジ」
「あ。遠藤さん、おはよ。うん、テスト多くて嫌だよね」

 哲治の背後から現れた遠藤の明るい声に、張り詰めた空気が緩むのを感じた。塾まで一緒でたまにうんざりすることもあったが、こんな時は救われる。

「いよいよ来週は運動会だね。清虎くん、次はいつ来れるんだろう。二人とも聞いてない? 本番の前に、もう一回応援練習したいなぁ」

 さぁ。と興味無さそうに哲治はそっぽを向いたが、陸は清虎との別れ際に聞いた言葉を思い出す。

「清虎、水曜日には学校来るって言ってたよ」
「水曜日来れるんだ、良かったぁ。陸くんありがと。じゃ、またね。テスト頑張ろうね!」

 必要な情報を得られて満足したのか、遠藤はまた別の友人の元へ移動して行った。陸は離れていく遠藤から視線を戻し、哲治を見上げてギクリとする。目には明らかに不満の色が滲んでいた。

「陸、それいつ聞いたの」
「昨日、一緒に帰った時だよ。何で?」
「だって、清虎ダッシュで帰ったじゃん。だから俺も安心してすぐ家に入ったのに。そんな会話出来る時間あった?」
「あったよ、劇場裏で清虎見送ったし。その時に、『水曜も学校に行ける』って聞いたんだけど」

 話しながら、だんだん怒りがこみ上げてくる。なぜ自分が責められているのかわからない。友達と一緒に帰って「じゃあまたね」と会話したどこに、咎められなければいけない要素があるのだろう。

 ふつふつ沸き上がる反発心を抑えるために、陸は唇を噛む。そんな陸にはお構いなしで、哲治は更に追い打ちをかけた。

「陸、清虎に執着し過ぎだぞ。いなくなる奴にあんま深入りすんなって。仲良くしたって無駄だろ、友達になんてなれっこない。どうせすぐに忘れるんだから」

 陸は信じられない気持ちで哲治を見上げる。耳から直接ドロッとした汚水を流し込まれたような、この上ない嫌悪感に襲われた。今すぐ全て洗い流してなかったことにしたい。

「……酷い。俺は清虎と友達になりたいって真剣に思ってるよ。すぐに忘れたりなんかしない。哲治は違ったの? じゃあ、なんで清虎を応援団長に推薦したんだよ」
「それは……」
「もういい」

 言い淀んだ哲治を置き去りにして、陸は鞄を掴むと哲治から一番離れた席についた。頬杖をつき、何も書かれていないまっさらのホワイトボードを睨み続ける。腹が立って仕方なかった。
『いなくなる奴』
 そんなの言われなくたって解っている。運動会の翌日にはもう、清虎はこの街からいなくなる。それはどうやっても変わらない未来。

 そこまで考えて、思考をシャットアウトしたくなった。自分でも驚くほど大きな溜め息が出る。哲治の言葉に怒りを覚えたのも事実だが、それ以上に傷ついている自分がいた。

 清虎に、どこにも行ってほしくないと願ってしまっている。深入りするなと言われても、もう手遅れなのだ。だからこそ、哲治の言葉のひとつひとつが許せなかった。

 やがて試験監督が入室してきて問題用紙が配られる。
 頭に血が上ったままの状態で、陸はテスト開始の合図を聞いた。
 志望校を書き込む欄を見て、陸は一瞬動きを止める。少し考え込んだ後、いつもは書かない校名ばかりを記入した。それは「同じ高校へ行こう」と提案した哲治への最上級の反抗になるだろう。

 幼稚園に入る前からずっと一緒にいたのに、初めて見た残忍な部分。「仲良くしたって無駄」と言い捨てた哲治の、冷たい表情を思い出す。ここ最近の言動も含めて、まるで知らない人のように思える瞬間が幾度かあった。
 今まで何の疑問も持たず哲治の言う通りに過ごしてきたが、本当にそれで良いのだろうか。思考停止は楽だが、危ういような気がしてくる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

俺の番が変態で狂愛過ぎる

moca
BL
御曹司鬼畜ドS‪なα × 容姿平凡なツンデレ無意識ドMΩの鬼畜狂愛甘々調教オメガバースストーリー!! ほぼエロです!!気をつけてください!! ※鬼畜・お漏らし・SM・首絞め・緊縛・拘束・寸止め・尿道責め・あなる責め・玩具・浣腸・スカ表現…等有かも!! ※オメガバース作品です!苦手な方ご注意下さい⚠️ 初執筆なので、誤字脱字が多々だったり、色々話がおかしかったりと変かもしれません(><)温かい目で見守ってください◀

元会計には首輪がついている

笹坂寧
BL
 【帝華学園】の生徒会会計を務め、無事卒業した俺。  こんな恐ろしい学園とっとと離れてやる、とばかりに一般入試を受けて遠く遠くの公立高校に入学し、無事、魔の学園から逃げ果すことが出来た。  卒業式から入学式前日まで、誘拐やらなんやらされて無理くり連れ戻されでもしないか戦々恐々としながら前後左右全ての気配を探って生き抜いた毎日が今では懐かしい。  俺は無事高校に入学を果たし、無事毎日登学して講義を受け、無事部活に入って友人を作り、無事彼女まで手に入れることが出来たのだ。    なのに。 「逃げられると思ったか?颯夏」 「ーーな、んで」  目の前に立つ恐ろしい男を前にして、こうも身体が動かないなんて。

親友だと思ってた完璧幼馴染に執着されて監禁される平凡男子俺

toki
BL
エリート執着美形×平凡リーマン(幼馴染) ※監禁、無理矢理の要素があります。また、軽度ですが性的描写があります。 pixivでも同タイトルで投稿しています。 https://www.pixiv.net/users/3179376 もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿ 感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_ Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109 素敵な表紙お借りしました! https://www.pixiv.net/artworks/98346398

風紀“副”委員長はギリギリモブです

柚実
BL
名家の子息ばかりが集まる全寮制の男子校、鳳凰学園。 俺、佐倉伊織はその学園で風紀“副”委員長をしている。 そう、“副”だ。あくまでも“副”。 だから、ここが王道学園だろうがなんだろうが俺はモブでしかない────はずなのに! BL王道学園に入ってしまった男子高校生がモブであろうとしているのに、主要キャラ達から逃げられない話。

高校生の僕は、大学生のお兄さんに捕まって責められる

天災
BL
 高校生の僕は、大学生のお兄さんに捕まって責められる。

転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる

塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった! 特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。

告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした

雨宮里玖
BL
《あらすじ》 昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。 その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。 その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。 早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。 乃木(18)普通の高校三年生。 波田野(17)早坂の友人。 蓑島(17)早坂の友人。 石井(18)乃木の友人。

処理中です...