会いたいが情、見たいが病

雪華

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◆第一幕 一ヵ月だけのクラスメイト◆

全部、自転車の揺れのせい①

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 清虎がハッとして足を止める。

「先に行ってごめん。でも……」

 口ごもった清虎が、陸の背後を気にするような仕草をした。陸もつられて振り返ったが、哲治はもう家に入ってしまったらしく、そこには誰の姿もない。

「どうしたの?」
「いや、なんでもない」

 清虎はホッとしたような表情を見せ、再び歩き出した。少し速足なのは、まだ稽古が残っていて気が焦っているせいかもしれない。呼び止めて時間を取らせてしまったことが、急に申し訳なくなる。

「清虎、二人乗りして帰ろうか。早く戻った方がいいんでしょ? この時間ならほとんど人通りないから、二人乗りしても見つかんないよ。後ろに乗って」
「え、陸は大丈夫なん? そんなら俺が漕ごうか」
「俺、そんなにか弱くないってば。いいから、ほら」

 清虎は一瞬だけ躊躇したようだったが、大人しく自転車の荷台にまたがった。遠慮がちに、陸の腰に清虎の手が置かれる。ぞわっとして反射的に背筋を反らせてしまった陸は、それを誤魔化すように力を込めてペダルを踏みこんだ。
 ガクンと後ろに引っ張られるように清虎の体が揺れ、腰に添えられた手に力が入る。

「大丈夫? 落ちないでね」
「うん。へーき」

 耳のすぐ後ろで清虎の声がして、全身に鳥肌が立った。清虎の指先から腰に熱が伝わり、後頭部に僅かに吐息がかかる。
 清虎を独り占めしているんだと自覚して、思わず身震いした。
 遠回りしちゃおうかな。
 そんな邪な考えも浮かんだが、すぐに打ち消すように首を振る。そうして、大事なことを思い出した。

「あ、清虎に渡すプリントがあったんだ。ジーパンのポケットに入ってるから取ってくれる?」
「後ろのポケット?」
「うん」

 片手を腰に添えるだけでは心許なかったのか、清虎は陸の腹の方にまで腕を回してしっかり掴まると、空いた手でポケットから手紙を取り出した。更に体が密着し、陸の鼓動は早くなる。

「当日は弁当が要るのかぁ。それって、よくあるレジャーシート広げて家族と一緒に食べる感じなん?」
「ううん。小学校の時はそうだったけど、中学は適当に生徒同士集まって、教室で食べるよ」
「そっか、そんなら良かった。当日は次の場所に移動する日やから、朝からバタバタでウチから誰も来れんしな」

 ホッとしたような声を背後で聞き、陸はふと浮かんだ疑問を口にする。

「じゃあ、弁当どうするの?」
「朝、コンビニで買えばええんちゃう?」

 清虎があまりにも当然のように答えたので、陸は「そう」としか言えなかった。
 例えば部活の練習時や遠征でなら、コンビニで済ますこともある。しかし、今まで学校行事にコンビニ弁当を持参した者がいただろうか。禁止されてはいないが、少々肩身が狭いのではないか。

「でもプリントに書いてあるし、お願いしたら作るって言ってくれるんじゃない?」

 心配そうな陸の言葉に、清虎は困ったように低い声で笑った。

「言うかもしれへんけど、時間ないし、現実的に無理やねん。自分で作ろうにも、前日にはもう荷物まとめられてて米も道具も無いだろうしなぁ。そうなったら、母親に『ごめん』って言わせてまうだけやろ。せやから、初めからプリントも見せへんよ」

 その口調に卑屈さは微塵も感じられなかった。
 勝手に「肩身が狭いのではないか」と想像し、作ってもらえと無責任に提案した自分が恥ずかしくなる。

 清虎が何も考えず、「コンビニで買えばいい」などと言うはずがなかった。冷静に状況を把握し、親に余計な心配と負担をかけさせないために導き出した答えなのだ。それなのに自分はどうだろう。与えて貰うことに慣れ過ぎていて、自分で作るという発想すらなかった。清虎からすれば、随分と甘ったれで幼稚に見えたに違いない。

「俺、余計なこと言った……ごめん」
「りくー? また何か思い詰めとるやろ。謝らんといて、全然余計なコトちゃうから。ありがとうな。陸が気にしてくれたってだけで、俺は結構救われとるんよ」

 陸の肩に顎を乗せた清虎の声が、少しだけ震えたような気がした。自転車の揺れのせいかもしれない。そうじゃないかもしれない。
 陸は振り返ることができずに、無言でただ頷いた。
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