会いたいが情、見たいが病

雪華

文字の大きさ
上 下
7 / 86
◆第一幕 一ヵ月だけのクラスメイト◆

手負いの虎①

しおりを挟む
 翌朝、時間通り劇場前に着くと、既に清虎の姿があった。ズボンのポケットに両手を突っ込み、眠そうな顔で空を眺めている。

「おはよ」

 満面の笑みで駆け寄る陸に、清虎はわざとらしく大袈裟にため息を吐いた。

「よくそんな能天気でここに来れたなあ? 俺がおらんかもしれんって、不安に思わんかった?」
「思わなかったよ。だって、清虎はハッキリ断らなかったし。俺を置いて、黙って先に行ったりしないでしょ?」
「ほぉ」

 陸の返答は予想外だったようで、清虎は感心したような声を上げた。それから考察するように、顎に手を添えてにやりと笑う。

「あれやろ。陸はきっと末っ子やな? そんで、年の離れた兄ちゃんか姉ちゃんがおるやろ」
「えっ、何でわかったの? うん。八コ年上の兄貴がいるよ。清虎ってすごいね」

 陸が歩きながら清虎の横顔を見上げる。その目があまりに屈託なくて、清虎は照れ隠しなのか敢えてツンと澄ました。

「すぐ解るわ、そんなもん。なんつーか、『絶対に愛されてる自信』みたいなのあるやん、陸って。年の離れた兄貴がおるから尚更なんやろなぁ、可愛がられることに慣れとる感じがすんねん」
「甘ったれってこと?」
「甘え上手ってコト。あとなぁ、言っとくけど俺、劇場に寝泊まりしてる訳ちゃうぞ。ここに迎えに来んでええんやで」
「えっ、そうなの?」

 早朝でまだシャッターの閉まった仲見世通りに、陸の素っ頓狂な声が響いた。劇場に住み込んでいると信じて疑わなかった陸は、意外そうに清虎の顔を見返す。

「まぁどの道、明日からは直接バス停で待ち合わせたらええやろ。それより哲治やったっけ。あいつ、俺と一緒に行くことになって嫌な顔せんかった?」
「哲治には言ってないよ。だって驚かせたいじゃん。昨日、清虎と一緒に帰れなくて残念そうだったでしょ? 喜ぶだろうなと思って」
「それ本気で言ってんの?」

 関西弁が消えた清虎の声には、怒りの色が滲んでいるような気がした。何がいけなかったのか解らないまま、咄嗟に「ごめん」という言葉が口をついて出る。それが余計に腹立たしかったようで、短く息を吐いた清虎はくるりと身をひるがえした。

「俺、忘れ物してもーた。取ってくるから先行ってて。俺のこと、待たんでええから」

 バス停は目と鼻の先だった。流石の陸でも清虎が嘘をついていると解って、立ち去ろうとするその腕を慌てて掴む。

「待てよ。何で怒ってるの? 哲治に黙ってたから?」
「怒ってへん。忘れ物言うとるやろ」

 陸の手を振り払った清虎は、ハッとしたような表情をした。その視線は自分を通り越した先を見ていると気づいた陸が、振り返る。

「忘れ物がどうしたって? ところで、何で陸と清虎が一緒にいるワケ」

 こちらに向かって歩いてくる哲治の姿を見て、陸は気まずそうに眉を寄せた。その表情が助けを乞うているように見えたのか、哲治は「大丈夫だよ」と優しく笑う。それから清虎を真っ直ぐ見た。

「今から戻っても遅刻するぞ。一緒に行こう、清虎」
「は?」
「ほら、早く来いよ」

 哲治の思考が読めない清虎は一瞬身構えたが、バスが到着したのが見え、仕方なく従った。
 哲治は不安そうな陸の背中を押して、いつものように先にバスへ乗せる。

「なんなん、お前。甘やかすんは陸だけとちゃうの? なんで俺にまで優しくすんねん。怖いわ」

 清虎がバスの運賃箱にカードをかざしながら、哲治に耳打ちした。

「だってお前、手負いのトラみたいだったぞ。陸が気にするから、あそこに置いたままで行けないだろ」
「手負いて」

 吹き出すように清虎が笑った。混み合う車内で二人の会話が聞きとれず、陸はもどかしそうに身を乗り出す。哲治はチラリと陸を見てから小声で話を続けた。

「陸が余計な気を回したんだろうってことは、大体想像がつく。けど、あの場面でお前が怒ったのは、さっぱりわかんねぇ。何で忘れ物なんて嘘ついてまで引き返そうとしたんだよ」
「それは、まぁ」

 その先が気になって仕方ない陸が、背伸びしながら耳を近づけようとするので清虎が口篭もる。その様子を見て、哲治が陸の両耳を塞いだ。ジタバタもがく陸に苦笑いしながら、清虎は観念したように小さな声でぽつりとこぼした。

「陸がお前に対して、あまりにも鈍感で無神経やったから。何でかな、ごっつイラっとしてもうた」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

壁穴奴隷No.19 麻袋の男

猫丸
BL
壁穴奴隷シリーズ・第二弾、壁穴奴隷No.19の男の話。 麻袋で顔を隠して働いていた壁穴奴隷19番、レオが誘拐されてしまった。彼の正体は、実は新王国の第二王子。変態的な性癖を持つ王子を連れ去った犯人の目的は? シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。 前編・後編+後日談の全3話 SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。 ※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。 ※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。

愛などもう求めない

白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。 「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」 「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」 目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。 本当に自分を愛してくれる人と生きたい。 ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。  ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。 最後まで読んでいただけると嬉しいです。

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

彼は誰

Rg
BL
戸嶋朝陽は、四年間思い続けていた相手、高比良衣知がとある事情から転がり込んできたことを“最初で最後のチャンス”だと思い軟禁する。 朝陽にとっての“愛”とは、最愛の彼を汚れた世界から守ること。 自分にとって絶対的な存在であるために、汚れた彼を更生すること。 そんな歪んだ一途な愛情が、ひっそりと血塗られた物語を描いてゆく。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

男色医師

虎 正規
BL
ゲイの医者、黒河の毒牙から逃れられるか?

泣くなといい聞かせて

mahiro
BL
付き合っている人と今日別れようと思っている。 それがきっとお前のためだと信じて。 ※完結いたしました。 閲覧、ブックマークを本当にありがとうございました。

処理中です...