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◆第一幕 一ヵ月だけのクラスメイト◆
公家と武士①
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バス停には既に、清虎と遠藤の姿があった。
背筋がピンと伸びて姿勢の良い清虎は、立っているだけで絵になる。表情をクルクル変えながらとりとめのない話をする遠藤と、「うんうん」と笑顔で相槌を打つ清虎は中々お似合いで、案外良い雰囲気に見えた。
何となく邪魔してはいけないような気がして、少し離れたところで陸も哲治も無言でバスを待つ。バスが来る方向に目をやると、遠くにグリーンの車体が見え、すぐにこの気まずさから抜け出せると知りホッとした。
「じゃ、遠藤さん、おおきに」
「うん、また明日ね! あれっ、陸くんと哲治もいたんだ」
清虎に続いてバスに乗り込もうとする二人に気付いた遠藤は、嬉しそうに手を叩いた。
「すごーい、イケメン揃い。いいなぁこのバス豪華で。やっぱり私も一緒に行こうかな」
「制服のまま寄り道したのが見つかったらマズイだろ。今日はきっと、先生たち見回りに出るぞ」
哲治は陸を先にバスに乗せ、ステップに足を掛けながら遠藤を諭す。
「あー確かに。夏休み前も見回りしてたもんね。じゃあ今日は大人しく帰えろーっと」
言いながら、遠藤が後ろに一歩下がって手を振った。哲治もバスに乗り込み、窓越しに軽く手を挙げて応える。走り出したバスの中から、女子達が駆け寄って遠藤とはしゃいでいるのが見え、哲治が溜息交じりに呟いた。
「他の女子達、近くで隠れて見てたのか。あのノリ、何となく苦手なんだよね。自分がネタにされてる感じがして」
「ちょっとわかる気がする」
遠藤と一緒に帰らなくて済んだことに、陸も胸を撫で下ろす。
混んでいるという程ではないが、バスの座席は満遍なく埋まっていた。哲治と同じように吊り革ではなくポールに掴まる清虎と目が合ったので、陸は軽く会釈する。
「同じクラスやんなぁ? なんや、自分ら同じバスなら言うてくれたら良かったのに。そしたらあの子の機嫌取りながら帰らんで済んだわ。東京の子はエライ積極的やなぁ。疲れてしもた」
「遠藤を差し置いて俺らがしゃしゃり出たら、後が面倒臭いんでね」
哲治が窓の外を見たまま、ぶっきらぼうに答えた。
「やっぱ、あの子は女王様か。そんな感じしたわ。せやけどキミは女王様の舵取り上手そうやな」
清虎は隣にいる陸を通り越して、哲治に向かって話しかける。陸より頭一つ分ほど背の高い二人に挟まれると、幼い子供のような気分になった。
「遠藤さんは哲治の元カノだから」
会話に加わりたくて、陸はさらりと暴露する。余計なことをと哲治が顔をしかめ、清虎は「へぇ」と感心したように顎に手を添えた。
「なるほど。告白を断わってワーワー言われるよりも、適当に付き合って別れを切り出される方が得策だと判断したワケか? キミ、賢いな」
「勝手な想像すんなよ」
哲治はそう言ったが、大体合っている清虎の推理に、陸は思わず「すげぇ」と声に出した。
尊敬の眼差しで見上げる陸の顔を、清虎はじっと見返す。
「キミはまだ告白されてへんの? 綺麗な顔してはるし、絶対遠藤さんに狙われとるやろ」
「えっ、俺が? まさか」
お手本のような美少年の清虎から「綺麗な顔」と言われた陸は、畏れ多いとブンブン首を横に振った。
「告白なんかされないし、狙われてもないよ」
「はァ、そうなんか。それじゃ、お友達がきっと生贄になってくれたんやろなぁ」
「生贄?」
「おい」
キョトンとする陸の頭越しに、哲治が清虎を鋭く睨む。それでも清虎は少しも動じず、ただ余裕ありげに口の端を上げるだけだ。
「勝手な想像すんなって言ってんだろ」
哲治の低い声に、清虎は大袈裟に首をすくめて見せた。
「おお怖い怖い、堪忍え。そない怒らんといて。なぁ? キミからも言うたって」
言いながら陸の首に腕を回すと、そのまま自分の方に引き寄せる。清虎の腕の中にすっぽりと納まった陸は、二人の顔を交互に眺めて思い至ったように「あ!」と声を上げた。
「何かに似てると思ったら、一癖ありそうな平安時代の貴族っぽいんだ。それで、哲治は真面目な武士って感じ」
「はぁ?」
気の抜けた、ため息のような清虎と哲治の声が重なった。陸は自分の首に巻かれた清虎の腕に両手で掴り、心地よさそうにバスの揺れに身を任せる。
「俺が公家であっちが武士なら、キミは何者なんやろね。もしかしたらお姫様かもしれへんなぁ。俺に体重全部預けて甘えて、くっそ重いねんけど、それでもそれを『まぁええか』って思わせる。不思議な子やな」
陸が見上げると、ふふっと笑った清虎の吐息が額にかかった。関西弁でツンツンした印象が、一瞬和らぐ。なんだかそれが堪らなく嬉しくて、陸は清虎の腕に更に強く掴まった。
長い睫毛で隠された、その目の奥をもっと見たい。
背筋がピンと伸びて姿勢の良い清虎は、立っているだけで絵になる。表情をクルクル変えながらとりとめのない話をする遠藤と、「うんうん」と笑顔で相槌を打つ清虎は中々お似合いで、案外良い雰囲気に見えた。
何となく邪魔してはいけないような気がして、少し離れたところで陸も哲治も無言でバスを待つ。バスが来る方向に目をやると、遠くにグリーンの車体が見え、すぐにこの気まずさから抜け出せると知りホッとした。
「じゃ、遠藤さん、おおきに」
「うん、また明日ね! あれっ、陸くんと哲治もいたんだ」
清虎に続いてバスに乗り込もうとする二人に気付いた遠藤は、嬉しそうに手を叩いた。
「すごーい、イケメン揃い。いいなぁこのバス豪華で。やっぱり私も一緒に行こうかな」
「制服のまま寄り道したのが見つかったらマズイだろ。今日はきっと、先生たち見回りに出るぞ」
哲治は陸を先にバスに乗せ、ステップに足を掛けながら遠藤を諭す。
「あー確かに。夏休み前も見回りしてたもんね。じゃあ今日は大人しく帰えろーっと」
言いながら、遠藤が後ろに一歩下がって手を振った。哲治もバスに乗り込み、窓越しに軽く手を挙げて応える。走り出したバスの中から、女子達が駆け寄って遠藤とはしゃいでいるのが見え、哲治が溜息交じりに呟いた。
「他の女子達、近くで隠れて見てたのか。あのノリ、何となく苦手なんだよね。自分がネタにされてる感じがして」
「ちょっとわかる気がする」
遠藤と一緒に帰らなくて済んだことに、陸も胸を撫で下ろす。
混んでいるという程ではないが、バスの座席は満遍なく埋まっていた。哲治と同じように吊り革ではなくポールに掴まる清虎と目が合ったので、陸は軽く会釈する。
「同じクラスやんなぁ? なんや、自分ら同じバスなら言うてくれたら良かったのに。そしたらあの子の機嫌取りながら帰らんで済んだわ。東京の子はエライ積極的やなぁ。疲れてしもた」
「遠藤を差し置いて俺らがしゃしゃり出たら、後が面倒臭いんでね」
哲治が窓の外を見たまま、ぶっきらぼうに答えた。
「やっぱ、あの子は女王様か。そんな感じしたわ。せやけどキミは女王様の舵取り上手そうやな」
清虎は隣にいる陸を通り越して、哲治に向かって話しかける。陸より頭一つ分ほど背の高い二人に挟まれると、幼い子供のような気分になった。
「遠藤さんは哲治の元カノだから」
会話に加わりたくて、陸はさらりと暴露する。余計なことをと哲治が顔をしかめ、清虎は「へぇ」と感心したように顎に手を添えた。
「なるほど。告白を断わってワーワー言われるよりも、適当に付き合って別れを切り出される方が得策だと判断したワケか? キミ、賢いな」
「勝手な想像すんなよ」
哲治はそう言ったが、大体合っている清虎の推理に、陸は思わず「すげぇ」と声に出した。
尊敬の眼差しで見上げる陸の顔を、清虎はじっと見返す。
「キミはまだ告白されてへんの? 綺麗な顔してはるし、絶対遠藤さんに狙われとるやろ」
「えっ、俺が? まさか」
お手本のような美少年の清虎から「綺麗な顔」と言われた陸は、畏れ多いとブンブン首を横に振った。
「告白なんかされないし、狙われてもないよ」
「はァ、そうなんか。それじゃ、お友達がきっと生贄になってくれたんやろなぁ」
「生贄?」
「おい」
キョトンとする陸の頭越しに、哲治が清虎を鋭く睨む。それでも清虎は少しも動じず、ただ余裕ありげに口の端を上げるだけだ。
「勝手な想像すんなって言ってんだろ」
哲治の低い声に、清虎は大袈裟に首をすくめて見せた。
「おお怖い怖い、堪忍え。そない怒らんといて。なぁ? キミからも言うたって」
言いながら陸の首に腕を回すと、そのまま自分の方に引き寄せる。清虎の腕の中にすっぽりと納まった陸は、二人の顔を交互に眺めて思い至ったように「あ!」と声を上げた。
「何かに似てると思ったら、一癖ありそうな平安時代の貴族っぽいんだ。それで、哲治は真面目な武士って感じ」
「はぁ?」
気の抜けた、ため息のような清虎と哲治の声が重なった。陸は自分の首に巻かれた清虎の腕に両手で掴り、心地よさそうにバスの揺れに身を任せる。
「俺が公家であっちが武士なら、キミは何者なんやろね。もしかしたらお姫様かもしれへんなぁ。俺に体重全部預けて甘えて、くっそ重いねんけど、それでもそれを『まぁええか』って思わせる。不思議な子やな」
陸が見上げると、ふふっと笑った清虎の吐息が額にかかった。関西弁でツンツンした印象が、一瞬和らぐ。なんだかそれが堪らなく嬉しくて、陸は清虎の腕に更に強く掴まった。
長い睫毛で隠された、その目の奥をもっと見たい。
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