35 / 46
chemistry④
しおりを挟む
スタジオを出て緑川と別れた啓介は、何かに追い立てられるように電車に飛び乗り渋谷へ向かった。駅に着くなり壁画前に腰を下ろし、来る途中で購入したスケッチブックと色鉛筆を広げる。夕暮れ時でも相変わらず人通りは多く、サンプルには困らなかった。啓介は雑踏に目を凝らし、道行く人の服装を次々にスケッチしていく。
憑りつかれたように書き殴りながら、自分に足りないものばかりを考えた。
今まで好きな服しか着てこなかった。興味のあるものしか選んでこなかった。そんな偏りがあっては、いずれ早々にアイデアは枯渇する。
今日、快の洗練されたセンスを目の当たりにして思い知った。
自分は圧倒的に知識が薄く、応用が利かない。なんでもっと早く気付けなかったのかと、漠然と過ごして失った時間を嘆きたくなる。
少しでも参考になりそうな着こなしを、啓介は黙々とスケッチブックに描き留めた。敢えてショップではなくこの場所を選んだのは、生きたコーディネートを見るためだ。
ずっと追いかけられているような焦燥感があったが、ふと自分が追いかけている立場だったと気づく。この居ても立っても居られない感覚は、焦りではなく飢餓に近いのだ。
もっと遊び心を。既成概念に囚われない柔軟性を。バランス感覚を磨け。変幻自在を手に入れろ。
足りないものを端から喰らっていくようなつもりで、一心不乱に筆を走らせた。こんなことに意味があるのか解らないし、酷く遠回りをしているような気もする。それでも何かせずにはいられない。
やがて行き交う人の輪郭がぼやけ、服が見えにくくなって目を擦る。ふと気づけば、周囲はすっかり暗くなっていた。啓介はそこで初めて手を止めて、今まで描きとめたスケッチブックを見返す。ページが足りなくなって隙間にまで描き込んだので、白い部分がほとんどない。
啓介は髪をぐしゃぐしゃ乱暴に掻き、はぁっと深く息を吐きだした。
家に帰ったら、気に入ったデザインをまた別の紙に書き写そう。永遠がしていたように、雑誌を切り抜いてスクラップブックを作るのも良いかもしれない。
立ち上がった啓介は、出来る事は他にもないか考えながら、ふらふらと駅の改札に向かった。何をすればいいのか解らないのに、今のままでは駄目だと言うことだけは解る。
「正解が見えなくて、内側から膨らんだ不安が自分自身を食い破ろうとする」と千鶴は言っていた。なるほどこういうことかと、納得しながら唇を噛む。
「思い付くことは全部やろう。だって千鶴の仇をとらなきゃね」
今更ながら、呪いのような励ましの言葉を有難く思う。早速沈みそうな心を支えてくれた。
電車に乗り込みドアにもたれながら、窓の外をずっと眺めた。家に近づくにつれ、駅と駅の間隔は広くなり、灯りの数が減っていく。相変わらず胸の中は混沌としていたが、窓に映る自分の顔はギラギラしていた。
途中、直人から「メシ食いに行こう」とメッセージが来たので断りの返信をする。今はとにかく時間が惜しい。
後になって、最近自分の身に起きた出来事を直人にきちんと説明すべきだったと悔やんだが、この時はまだ新しい挑戦のことで頭がいっぱいだった。
憑りつかれたように書き殴りながら、自分に足りないものばかりを考えた。
今まで好きな服しか着てこなかった。興味のあるものしか選んでこなかった。そんな偏りがあっては、いずれ早々にアイデアは枯渇する。
今日、快の洗練されたセンスを目の当たりにして思い知った。
自分は圧倒的に知識が薄く、応用が利かない。なんでもっと早く気付けなかったのかと、漠然と過ごして失った時間を嘆きたくなる。
少しでも参考になりそうな着こなしを、啓介は黙々とスケッチブックに描き留めた。敢えてショップではなくこの場所を選んだのは、生きたコーディネートを見るためだ。
ずっと追いかけられているような焦燥感があったが、ふと自分が追いかけている立場だったと気づく。この居ても立っても居られない感覚は、焦りではなく飢餓に近いのだ。
もっと遊び心を。既成概念に囚われない柔軟性を。バランス感覚を磨け。変幻自在を手に入れろ。
足りないものを端から喰らっていくようなつもりで、一心不乱に筆を走らせた。こんなことに意味があるのか解らないし、酷く遠回りをしているような気もする。それでも何かせずにはいられない。
やがて行き交う人の輪郭がぼやけ、服が見えにくくなって目を擦る。ふと気づけば、周囲はすっかり暗くなっていた。啓介はそこで初めて手を止めて、今まで描きとめたスケッチブックを見返す。ページが足りなくなって隙間にまで描き込んだので、白い部分がほとんどない。
啓介は髪をぐしゃぐしゃ乱暴に掻き、はぁっと深く息を吐きだした。
家に帰ったら、気に入ったデザインをまた別の紙に書き写そう。永遠がしていたように、雑誌を切り抜いてスクラップブックを作るのも良いかもしれない。
立ち上がった啓介は、出来る事は他にもないか考えながら、ふらふらと駅の改札に向かった。何をすればいいのか解らないのに、今のままでは駄目だと言うことだけは解る。
「正解が見えなくて、内側から膨らんだ不安が自分自身を食い破ろうとする」と千鶴は言っていた。なるほどこういうことかと、納得しながら唇を噛む。
「思い付くことは全部やろう。だって千鶴の仇をとらなきゃね」
今更ながら、呪いのような励ましの言葉を有難く思う。早速沈みそうな心を支えてくれた。
電車に乗り込みドアにもたれながら、窓の外をずっと眺めた。家に近づくにつれ、駅と駅の間隔は広くなり、灯りの数が減っていく。相変わらず胸の中は混沌としていたが、窓に映る自分の顔はギラギラしていた。
途中、直人から「メシ食いに行こう」とメッセージが来たので断りの返信をする。今はとにかく時間が惜しい。
後になって、最近自分の身に起きた出来事を直人にきちんと説明すべきだったと悔やんだが、この時はまだ新しい挑戦のことで頭がいっぱいだった。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
彼氏と親友が思っていた以上に深い仲になっていたようなので縁を切ったら、彼らは別の縁を見つけたようです
珠宮さくら
青春
親の転勤で、引っ越しばかりをしていた佐久間凛。でも、高校の間は転校することはないと約束してくれていたこともあり、凛は友達を作って親友も作り、更には彼氏を作って青春を謳歌していた。
それが、再び転勤することになったと父に言われて現状を見つめるいいきっかけになるとは、凛自身も思ってもいなかった。
修行のため、女装して高校に通っています
らいち
青春
沢村由紀也の家は大衆演劇を営んでいて、由紀也はそこの看板女形だ。
人気もそこそこあるし、由紀也自身も自分の女形の出来にはある程度自信を持っていたのだが……。
団長である父親は、由紀也の女形の出来がどうしても気に入らなかったらしく、とんでもない要求を由紀也によこす。
それは修行のために、女装して高校に通えという事だった。
女装した美少年が美少女に変身したために起こる、楽しくてちょっぴり迷惑な物語♪(ちゃんと修行もしています)
※以前他サイトに投稿していた作品です。現在は下げており、タイトルも変えています。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
妹しか愛していない母親への仕返しに「わたくしはお母様が男に無理矢理に犯されてできた子」だと言ってやった。
ラララキヲ
ファンタジー
「貴女は次期当主なのだから」
そう言われて長女のアリーチェは育った。どれだけ寂しくてもどれだけツラくても、自分がこのエルカダ侯爵家を継がなければいけないのだからと我慢して頑張った。
長女と違って次女のルナリアは自由に育てられた。両親に愛され、勉強だって無理してしなくてもいいと甘やかされていた。
アリーチェはそれを羨ましいと思ったが、自分が長女で次期当主だから仕方がないと納得していて我慢した。
しかしアリーチェが18歳の時。
アリーチェの婚約者と恋仲になったルナリアを、両親は許し、二人を祝福しながら『次期当主をルナリアにする』と言い出したのだ。
それにはもうアリーチェは我慢ができなかった。
父は元々自分たち(子供)には無関心で、アリーチェに厳し過ぎる教育をしてきたのは母親だった。『次期当主だから』とあんなに言ってきた癖に、それを簡単に覆した母親をアリーチェは許せなかった。
そして両親はアリーチェを次期当主から下ろしておいて、アリーチェをルナリアの補佐に付けようとした。
そのどこまてもアリーチェの人格を否定する考え方にアリーチェの心は死んだ。
──自分を愛してくれないならこちらもあなたたちを愛さない──
アリーチェは行動を起こした。
もうあなたたちに情はない。
─────
◇これは『ざまぁ』の話です。
◇テンプレ [妹贔屓母]
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾もあるかも。
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング〔2位〕(4/19)☆ファンタジーランキング〔1位〕☆入り、ありがとうございます!!
婚約破棄は先手を取ってあげますわ
浜柔
恋愛
パーティ会場に愛人を連れて来るなんて、婚約者のわたくしは婚約破棄するしかありませんわ。
※6話で完結として、その後はエクストラストーリーとなります。
更新は飛び飛びになります。
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる