31 / 46
envy⑥
しおりを挟む「急に編み上げブーツを合わせたくなっちゃってさ。もしかして同じこと考えてた? 残念だったねぇ」
言いながら、ひけらかすように足を組んでブーツを見せつける。
啓介は快と呼ばれた男性を見て、唇を噛んだ。
啓介と同ブランドのスーツに黒いシャツを合わせ、首元は色の違うネクタイを二本使い、アレンジの効いたリボン結びにしていた。パンツはわざとたるみを持たせながらブーツインしている。
ブーツを先に取られたことも、それを得意気に誇示されたことも、別にどうでもよかった。ただ、彼の選んだ小物や服のセンスが予想以上に良いことが、何よりも悔しかった。
雑誌の中で見るコーディネートに憧れを抱くことはあっても、他人のセンスに嫉妬したのは初めてのことだ。
負けたくないと強烈に思った。
「松永さん、ごめんね。ブーツはもういいや。ブランドカラーの入ったスニーカー借りたいな」
悔しそうな顔なんか一ミリもするもんかと、啓介は悠然と微笑んで見せる。松永はまたしても脳内シミュレートしたらしく、ポンと手を打った。
「あのスニーカーか! それも合うね。きみ、本当にセンス良いな」
親指を立てて歯を覗かせた松永がメイクルームから出ていくのを、啓介はわざとらしいほど機嫌良く見送った。それから快の方に椅子をクルっと回転させる。
「えーっと、それで何だっけ。あ、ブーツ? 僕は使わないから全然ヘーキ。お気遣いありがとぉ」
朗らかな声で言ってのければ、快から遠慮のない舌打ちが返ってきた。啓介はそれを鼻で笑う。「おとといきやがれ」と心の中で毒づきながら。
「こら。高校生コンビ、喧嘩しないの」
永遠のメイクを仕上げながら、ヘアメイクの女性が笑う。「高校生コンビ?」と、啓介が首を傾げた。
「そうだよ、あなたたち同い年。二人とも桜華大が志望校なんでしょ? 先は長いんだから、仲良くしときなよ」
快が「桜華大まで一緒かよ」と声を上げる。それはこっちのセリフだと思いながら、啓介も眉を寄せた。大人びた顔立ちのせいでもっと年上に見えたのだが、快が同い年だとは思わなかった。
「さて、永遠は出来上がり。快くんも完成してるから、二人とも先にスタジオ行って良いよ」
「私、このお兄さんが変身するとこ見てたい。いいでしょ? 真由ちゃん」
「えー。じゃぁ俺も見てよっかな」
永遠と快が揃って言うので、真由は苦笑いした。
「いいけど大人しくしててね。それにしてもキミたち、松永くんの用意した衣装、ことごとくアレンジしちゃったね。まぁ、ブレイバーのコンセプト的にはそれが正しいんだろうけど。ちなみに私も松永くんもブレイバー担当だから。今後ともよろしくね」
話しながらも手際よく作業を進めていく。
真由が選んだのは真っ白いウルフカットのウィッグだった。トップは丸く短めで、襟足は肩に届くほどの長さだ。それでもレイヤーが入っているおかげで、重い印象は全く感じない。
前髪を横に流して馴染ませながら、真由が唸った。
「明るい髪色って日本人には難しいんだけど、キミは白い髪も似合うね。武器になるよ」
それは良い事を聞いたと思っていると、永遠も快も真剣な表情で真由の手元に見入っていた。真由がメイク道具を取り出すたびに、永遠は先ほどのノートにメモを取る。それは一つも残らず知識を取り込もうとしている、貪欲な姿だった。
ああそうか。と啓介は納得する。
撮影現場に来れば何かしら学べるとは思っていたが、そんな漠然とした考えでは甘かった。受け身でいたら、あっという間に時間だけが過ぎてしまう。何が必要で何が必要でないのか、今はまだそれを取捨するレベルにすらないのだ。永遠も快も、全て吸収するつもりで臨んでいる。
焦る気持ちが湧く一方で、何だか笑い出したい衝動に駆られた。
――ここにいる人たちに服について一の質問をしたら、きっと十返って来るんだろうな。
「ねぇ。このコーデでネイルを黒にするの、どう思う?」
試しに啓介が問いかけると、永遠が「アリ」と即答し、快が「ナシ」と首を振る。
「黒? ありきたりじゃねぇか。俺は差し色で赤がいいと思う」
「赤じゃ浮いちゃって、最初に爪に目が行っちゃうよ。今日のコーデなら、私たち三人とも絶対に黒が良い」
早速議論が始まって、啓介は嬉しくて吹き出した。色の組み合わせだとかデザインだとか、学校では興味無さそうに聞き流されてしまう話題も、彼らなら飽きることなくいつまででも付き合ってくれそうだ。
「いいんじゃない。今日は初顔合わせの記念に、三人お揃いで黒にしたら? あ。松永くん、戻って早々悪いんだけど、永遠と快くんの爪、黒に塗ってくれる?」
スニーカーを手に戻ってきた松永に、真由からの指示が飛ぶ。爪が一つずつ黒く塗られるたびに、自分が新しく生まれ変わるようで胸が躍った。
「さぁ出来た。それじゃ、三人とも行っておいで。健闘を祈るよ」
ネイルが乾いたことを確認した真由が、三人の背中を叩いて送り出す。
スタジオに戻ると、緑川とカメラを手にした背の高い男が談笑していた。啓介たちに気付いた緑川は、手招きをして呼び寄せる。
「三人とも素敵に仕上げてもらったわね。こちら、カメラマンの加勢さんよ。ご挨拶なさい」
言われて三人バラバラに「よろしくお願いします」と頭を下げれば、頭上からククッと喉を鳴らす笑い声が降ってきた。
「まぁた、揃いも揃って生意気そうなの連れて来ましたね」
浅黒い肌に程よく筋肉の付いた体。顎には無精ひげをたくわえ、ほのかに煙草の匂いがする。
三十代半ばくらいに見えるその男は、自分の顎をさすりながら面白そうに啓介たちを見た。
「ようこそ新人さん。それじゃあ今から、俺とレンズ越しに喧嘩をしよう」
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―
入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。
遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。
本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。
優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。
紅井すぐりと桑野はぐみ
桜樹璃音
青春
「私が死なないように、見張って」
「アンタの全部は、俺のものだって言わなかったっけ」
これは歪愛じゃない――……純愛、だ。
死にたがり少女と恋愛依存少年の歪な愛のお話。
良いものは全部ヒトのもの
猫枕
恋愛
会うたびにミリアム容姿のことを貶しまくる婚約者のクロード。
ある日我慢の限界に達したミリアムはクロードを顔面グーパンして婚約破棄となる。
翌日からは学園でブスゴリラと渾名されるようになる。
一人っ子のミリアムは婿養子を探さなければならない。
『またすぐ別の婚約者候補が現れて、私の顔を見た瞬間にがっかりされるんだろうな』
憂鬱な気分のミリアムに両親は無理に結婚しなくても好きに生きていい、と言う。
自分の望む人生のあり方を模索しはじめるミリアムであったが。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
曙光ーキミとまた会えたからー
桜花音
青春
高校生活はきっとキラキラ輝いていると思っていた。
夢に向かって突き進む未来しかみていなかった。
でも夢から覚める瞬間が訪れる。
子供の頃の夢が砕け散った時、私にはその先の光が何もなかった。
見かねたおじいちゃんに誘われて始めた喫茶店のバイト。
穏やかな空間で過ごす、静かな時間。
私はきっとこのままなにもなく、高校生活を終えるんだ。
そう思っていたところに、小学生時代のミニバス仲間である直哉と再会した。
会いたくなかった。今の私を知られたくなかった。
逃げたかったのに直哉はそれを許してくれない。
そうして少しずつ現実を直視する日々により、閉じた世界に光がさしこむ。
弱い自分は大嫌い。だけど、弱い自分だからこそ、気づくこともあるんだ。
光のもとで2
葉野りるは
青春
一年の療養を経て高校へ入学した翠葉は「高校一年」という濃厚な時間を過ごし、
新たな気持ちで新学期を迎える。
好きな人と両思いにはなれたけれど、だからといって順風満帆にいくわけではないみたい。
少し環境が変わっただけで会う機会は減ってしまったし、気持ちがすれ違うことも多々。
それでも、同じ時間を過ごし共に歩めることに感謝を……。
この世界には当たり前のことなどひとつもなく、あるのは光のような奇跡だけだから。
何か問題が起きたとしても、一つひとつ乗り越えて行きたい――
(10万文字を一冊として、文庫本10冊ほどの長さです)
先輩は二刀流
蓮水千夜
青春
先輩って、二刀流なんですか──?
運動も勉強も苦手なレンは、高校の寮で同室の高柳に誘われて、野球部のマネージャーをすることに。
そこで出会ったマネージャーの先輩が実は野球部の部長であることを知り、なぜ部長がマネージャーをやっているのか気になりだしていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる