されど服飾師の夢を見る

雪華

文字の大きさ
上 下
26 / 46

【9話】 envy

しおりを挟む

 翌週、無事に押印された同意書を携えて、啓介は再び都内を訪れていた。いつもは渋谷まで乗る地下鉄も、今日は撮影のために途中下車する。
 改札を抜けて地上に出た啓介は、周囲をぐるりと見回した。少し早めに着いたので、まだ待ち合わせ場所に緑川の姿はない。「まぁいいや」と、夏らしい青空を眺めながら待つことにした。

 空の色は同じだが背の高い建物に囲まれているので、見える青の範囲は地元に比べると、とても狭い。
 ふとした瞬間「東京だなぁ」と実感する。

 見上げ過ぎて首が痛くなり、視線を正面に戻したら、目の前を女子高生たちが談笑しながら通り過ぎて行った。夏休みでも補習や部活があるのだろう。よく見れば他にも学生がチラホラいて、こんなオフィス街にも高校があるのかと不思議な気持ちになった。

 啓介にとって東京は特別な場所で、何度来ても少し身構えてしまうのだが、そこで暮らしている人も当然いるのだ。
 啓介は興味深そうに、徐々に離れていく高校生の後ろ姿を観察した。濃紺のポロシャツとチェックのスカート、ポロシャツと同色のクルーソックスには茶色のローファーがよく合っている。私立高校の制服だろうか。同い年くらいの生徒たちは、やたらと垢抜けて見えた。

――あの子たちは「東京」に気後れなんてしないんだろうな。

 当たり前のように流行の発信地の空気を吸い、最先端を享受している。それはとんでもないアドバンテージのような気がして、酷く焦燥感に駆られた。
 雑誌やテレビで観るような憧れのショップも、彼女らにとっては近所にあるただの店なのかもしれない。学校帰りについでに寄るような、気負いのない気軽さが心底羨ましかった。
 もし自分が都内に住んでいて、都心の学校に通えていたらなど、ついつい夢想してしまう。

 物思いにふけっていると、目の前の白山通りに一台のタクシーが停車した。ハザードランプが焚かれたそのタクシーから、緑川が降りてくる。すぐにこちらに気付くと、緑川は軽く手を挙げてほほ笑んだ。

「お待たせ。早かったのね。スタジオはすぐそこだから、歩いて行きましょう」

 言うが早いか、緑川は青信号が点滅する横断歩道を渡り始めたので、啓介も慌ててその後を追った。緑川は仕立ての良さそうなパンツスーツを着こなしていて、ハイヒールで颯爽と歩く姿からは知的なオーラが漂っている。

「今日の撮影はね、博雅出版さんのスタジオなの」
「へぇ。自前のスタジオがあるんだ」

 博雅出版はリューレントを発行している、業界最大手の総合出版社だ。雑誌から書籍、コミックスに写真集など、扱うジャンルは幅広い。

「本社ビルからも近いし、海藤編集長も今日はキミたちの撮影を見に来るそうよ」
「キミたち・・?」

 疑問符を浮かべる啓介に、緑川は「ああ」と思い出したように説明を付け加える。

「今日はキミの他に、姉妹紙の専属モデルがあと二人参加するわ。向こうに着いたら紹介するわね。当然リューレントのモデルさん達もいるから、ちゃんと挨拶するように。いいわね?」
「はぁい」

 返事をしながら「先生みたいだな」と首をすくめたが、そう言えば正真正銘先生だったと思い出す。

 緑川の言う通り、スタジオにはあっという間に到着した。小規模な店舗ビルや低層マンションが立ち並ぶ何の変哲もない街の一角にあって、「ここがスタジオだ」と言われなければ通り過ぎてしまいそうなほど、一般的なオフィスビルに見える。
 緑川は慣れているのか、臆することなくズンズンと建物の中を進んで行った。

「今日は人数が多いから、一番大きなスタジオよ。ここがそう」

 扉を開けて目に飛び込んできたのは、眩しい程に真っ白な壁だった。高い天井には黒く塗装された鉄パイプが張り巡らされていて、そこから四角い大きな照明が釣り下がっている。

 撮影真っ只中のスタジオには、緊張感が漂っていた。
 一秒ごとに焚かれるフラッシュとシャッター音。ハイブランドの服を身に纏い、カメラに鋭い視線を向けるモデルが次々とポーズを変えていく。華やかで優雅なはずなのに、その姿はまるで獲物と対峙する戦士のようだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

早春の向日葵

千年砂漠
青春
 中学三年生の高野美咲は父の不倫とそれを苦に自殺を計った母に悩み精神的に荒れて、通っていた中学校で友人との喧嘩による騒ぎを起こし、受験まで後三カ月に迫った一月に隣町に住む伯母の家に引き取られ転校した。 その中学で美咲は篠原太陽という、同じクラスの少し不思議な男子と出会う。彼は誰かがいる所では美咲に話しかけて来なかったが何かと助けてくれ、美咲は好意以上の思いを抱いた。が、彼には好きな子がいると彼自身の口から聞き、思いを告げられないでいた。  自分ではどうしようもない家庭の不和に傷ついた多感な少女に起こるファンタジー。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

スケートリンクでバイトしてたら大惨事を目撃した件

フルーツパフェ
大衆娯楽
比較的気温の高い今年もようやく冬らしい気候になりました。 寒くなって本格的になるのがスケートリンク場。 プロもアマチュアも関係なしに氷上を滑る女の子達ですが、なぜかスカートを履いた女の子が多い? そんな格好していたら転んだ時に大変・・・・・・ほら、言わんこっちゃない! スケートリンクでアルバイトをする男性の些細な日常コメディです。

姉らぶるっ!!

藍染惣右介兵衛
青春
 俺には二人の容姿端麗な姉がいる。 自慢そうに聞こえただろうか?  それは少しばかり誤解だ。 この二人の姉、どちらも重大な欠陥があるのだ…… 次女の青山花穂は高校二年で生徒会長。 外見上はすべて完璧に見える花穂姉ちゃん…… 「花穂姉ちゃん! 下着でウロウロするのやめろよなっ!」 「んじゃ、裸ならいいってことねっ!」 ▼物語概要 【恋愛感情欠落、解離性健忘というトラウマを抱えながら、姉やヒロインに囲まれて成長していく話です】 47万字以上の大長編になります。(2020年11月現在) 【※不健全ラブコメの注意事項】  この作品は通常のラブコメより下品下劣この上なく、ドン引き、ドシモ、変態、マニアック、陰謀と陰毛渦巻くご都合主義のオンパレードです。  それをウリにして、ギャグなどをミックスした作品です。一話(1部分)1800~3000字と短く、四コマ漫画感覚で手軽に読めます。  全編47万字前後となります。読みごたえも初期より増し、ガッツリ読みたい方にもお勧めです。  また、執筆・原作・草案者が男性と女性両方なので、主人公が男にもかかわらず、男性目線からややずれている部分があります。 【元々、小説家になろうで連載していたものを大幅改訂して連載します】 【なろう版から一部、ストーリー展開と主要キャラの名前が変更になりました】 【2017年4月、本幕が完結しました】 序幕・本幕であらかたの謎が解け、メインヒロインが確定します。 【2018年1月、真幕を開始しました】 ここから読み始めると盛大なネタバレになります(汗)

フェンス越しの田村さん

テヅカミ ユーキ
青春
僕の母は一週間前に他界した。事故とも知れない転落事故で。喪失感は果てしなかった。僕は彼女を愛していたのだから――。 夏休みの補習が終わった午後、思い切り日差しを浴びるために向かった屋上に、彼女はいた。田村敦子。五月から有名になったこの高校の奇人。いつもこうして屋上のフェンスを越えては下を眺めている。教師も生徒も慣れっこになって、誰もそれを止める人間はいなかった。 が、ある日そんな彼女がウチのマンションを弔問に訪れた。

私たち、博麗学園おしがまクラブ(非公認)です! 〜特大膀胱JKたちのおしがま記録〜

赤髪命
青春
街のはずれ、最寄り駅からも少し離れたところにある私立高校、博麗学園。そのある新入生のクラスのお嬢様・高橋玲菜、清楚で真面目・内海栞、人懐っこいギャル・宮内愛海の3人には、膀胱が同年代の女子に比べて非常に大きいという特徴があった。 これは、そんな学校で普段はトイレにほとんど行かない彼女たちの爆尿おしがまの記録。 友情あり、恋愛あり、おしがまあり、そしておもらしもあり!? そんなおしがまクラブのドタバタ青春小説!

処理中です...