されど服飾師の夢を見る

雪華

文字の大きさ
上 下
18 / 46

conflict②

しおりを挟む
「なるほど。では、今日ここで君に会えた私は、相当に運が良かったんだね。実は今度、リューレントの姉妹誌を創刊するんだ。メインターゲットは十代後半から二十代前半で、個性的なスタイルやテーマ性の強いカルチャーやファッションを取り扱う予定だ。どうかな、君にとても合いそうだと思うのだけど」

 啓介の意向を聞いてくれてはいるが、海藤からは「断ることはないだろう」という自信のようなものが感じられた。それは別に傲慢だとか威圧的だとかではなく、「この業界に進む意思のある者が、こんな良い機会を逃すはずがない」と信じて疑っていないようだった。
 それはそうだろう。業界の最前線に身を置けるのだ。
 アンテナを極限にまで研ぎ澄ませた人たちが、これから注目されそうなものをいち早く察知して情報を発信する現場。
 面白いに決まっている。

「物凄く興味はあります。けど、顔が世間に知れ渡るのは困るんで……」

 椚高校の一件が頭をよぎり、どうしても天秤は平穏な日常に傾いてしまう。雑誌に載ることで、これ以上面倒臭い連中に絡まれるのは勘弁してほしかった。
 憂鬱そうに目を伏せた啓介を見て、海藤は大体の察しを付けたのかもしれない。理解を示すように深く頷いてみせた。

「なにか嫌な思いをしたことがありそうだね。顔が知れ渡るのは困る、か。そうだな、それじゃあ、今みたいなメイクをして出るのはどうだろう。きっと、君だと気づかれないで済むんじゃないかな。プロフィールも伏せておこう。その方がミステリアスで、かえって良いかもしれない」
「今みたいなメイク……。それって、雑誌のテイストに合うんですか」

 真っ赤なカラーコンタクトとダークグレーのアイシャドウ。それに濃い紫系のリップ。鏡を見ていなくても、なんとなく自分の姿の想像はつく。退廃的なメイクでは、着る服が限られてしまいそうだ。

「ほぅ。雑誌のテイストにまで気が回るのか。君はもしかしたら、モデルだけで終わらないかもしれないね」
「僕はモデルより、作り手の方に興味があるんで」

 キッパリ言い切った啓介に、海藤は軽く目を見開き、どこか嬉しそうな笑みを浮かべた。

「作り手としても成長できる場だよ。刺激を受けるし、何より勉強になる。モデルの経験は邪魔にならないはずだ」
「それは、そうでしょうねぇ」

 わかってるけどさ、と言いたいのを堪えながら啓介は口をへの字に曲げる。
 生まれて初めてランウェイを歩いたのが、ほんの二十分ほど前だ。その後すぐに憧れの雑誌の編集長から「モデルをやらないか」と言われても、喜びより戸惑いの方がはるかに大きかった。

 次から次に起こる出来事に、少しは心の準備をさせてくれないかと愚痴をこぼしたくもなる。そもそも、メイクをすれば素性が割れないなんて、どこにそんな保障があるのだろう。

 不貞腐れたように海藤から視線を逸らすと、今度は緑川と目が合った。彼女は腕組みをしたまま成り行きを見守っている。
 自分を舞台に引っ張り上げたのは緑川なのだから、助け船の一つでも出してくれればいいのにと、啓介は一層不機嫌そうに口を尖らせた。そんな啓介を見た緑川が、思わず吹き出す。

「キミ、そんな顔しちゃ、せっかくの美人が台無しよ。そうねぇ、海藤さん。先ずは試しに、他の子の撮影の合間にカメラテストのつもりで撮ってみたらいかがです? この子自身が納得できる仕上がりなら雑誌に載せたらいいし、嫌だと思ったら掲載は見送ると言う約束で」
「なるほど、それはいいね。来週リューレントのスタジオ撮影があるんだ、良かったら参加してみないかい。もちろん、交通費もモデル代も支給するよ。掲載してもしなくてもね」
「それなら……。ハイ、お願いします」

 まだ不安は残るが、ここまで譲歩されたら断るのも申し訳なくて、啓介は大人しく頷いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

早春の向日葵

千年砂漠
青春
 中学三年生の高野美咲は父の不倫とそれを苦に自殺を計った母に悩み精神的に荒れて、通っていた中学校で友人との喧嘩による騒ぎを起こし、受験まで後三カ月に迫った一月に隣町に住む伯母の家に引き取られ転校した。 その中学で美咲は篠原太陽という、同じクラスの少し不思議な男子と出会う。彼は誰かがいる所では美咲に話しかけて来なかったが何かと助けてくれ、美咲は好意以上の思いを抱いた。が、彼には好きな子がいると彼自身の口から聞き、思いを告げられないでいた。  自分ではどうしようもない家庭の不和に傷ついた多感な少女に起こるファンタジー。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

スケートリンクでバイトしてたら大惨事を目撃した件

フルーツパフェ
大衆娯楽
比較的気温の高い今年もようやく冬らしい気候になりました。 寒くなって本格的になるのがスケートリンク場。 プロもアマチュアも関係なしに氷上を滑る女の子達ですが、なぜかスカートを履いた女の子が多い? そんな格好していたら転んだ時に大変・・・・・・ほら、言わんこっちゃない! スケートリンクでアルバイトをする男性の些細な日常コメディです。

姉らぶるっ!!

藍染惣右介兵衛
青春
 俺には二人の容姿端麗な姉がいる。 自慢そうに聞こえただろうか?  それは少しばかり誤解だ。 この二人の姉、どちらも重大な欠陥があるのだ…… 次女の青山花穂は高校二年で生徒会長。 外見上はすべて完璧に見える花穂姉ちゃん…… 「花穂姉ちゃん! 下着でウロウロするのやめろよなっ!」 「んじゃ、裸ならいいってことねっ!」 ▼物語概要 【恋愛感情欠落、解離性健忘というトラウマを抱えながら、姉やヒロインに囲まれて成長していく話です】 47万字以上の大長編になります。(2020年11月現在) 【※不健全ラブコメの注意事項】  この作品は通常のラブコメより下品下劣この上なく、ドン引き、ドシモ、変態、マニアック、陰謀と陰毛渦巻くご都合主義のオンパレードです。  それをウリにして、ギャグなどをミックスした作品です。一話(1部分)1800~3000字と短く、四コマ漫画感覚で手軽に読めます。  全編47万字前後となります。読みごたえも初期より増し、ガッツリ読みたい方にもお勧めです。  また、執筆・原作・草案者が男性と女性両方なので、主人公が男にもかかわらず、男性目線からややずれている部分があります。 【元々、小説家になろうで連載していたものを大幅改訂して連載します】 【なろう版から一部、ストーリー展開と主要キャラの名前が変更になりました】 【2017年4月、本幕が完結しました】 序幕・本幕であらかたの謎が解け、メインヒロインが確定します。 【2018年1月、真幕を開始しました】 ここから読み始めると盛大なネタバレになります(汗)

フェンス越しの田村さん

テヅカミ ユーキ
青春
僕の母は一週間前に他界した。事故とも知れない転落事故で。喪失感は果てしなかった。僕は彼女を愛していたのだから――。 夏休みの補習が終わった午後、思い切り日差しを浴びるために向かった屋上に、彼女はいた。田村敦子。五月から有名になったこの高校の奇人。いつもこうして屋上のフェンスを越えては下を眺めている。教師も生徒も慣れっこになって、誰もそれを止める人間はいなかった。 が、ある日そんな彼女がウチのマンションを弔問に訪れた。

私たち、博麗学園おしがまクラブ(非公認)です! 〜特大膀胱JKたちのおしがま記録〜

赤髪命
青春
街のはずれ、最寄り駅からも少し離れたところにある私立高校、博麗学園。そのある新入生のクラスのお嬢様・高橋玲菜、清楚で真面目・内海栞、人懐っこいギャル・宮内愛海の3人には、膀胱が同年代の女子に比べて非常に大きいという特徴があった。 これは、そんな学校で普段はトイレにほとんど行かない彼女たちの爆尿おしがまの記録。 友情あり、恋愛あり、おしがまあり、そしておもらしもあり!? そんなおしがまクラブのドタバタ青春小説!

処理中です...