されど服飾師の夢を見る

雪華

文字の大きさ
上 下
15 / 46

Bring it on! ③

しおりを挟む
 笹沼は震えながらも作業の手を止めない。痛々しくて見ていられないと思いつつ、啓介は目を逸らせずにいた。

 奇妙な既視感があった。
 進路調査票に書いた桜華大の名を、怖気づいて消した自分の姿と重なる。
 ふわふわした憧れが、急に具体的な進路となって圧し掛かってきた。あの時感じた恐怖の先に、この人はいるんだ。現実を突きつけられた怖さを克服して先に進んでも、また新しい恐怖と戦わなければならないのか。

「気持ちが解る」など、口が裂けても言えない。先ほど笹沼が言った通り、自分はまだスタートラインにすら立てていないのだから。
 その代わりに啓介は、純粋な疑問をぶつけてみることにした。それはもしかしたら、とても残酷な問いかもしれない。それでも先を行く人の答えが欲しくて、身勝手だと自覚しつつも躊躇いがちに口を開いた。

「どうしてそれでも止めないの。これからも、続けるの?」
「続けるよ」

 軽くいなされるか怒鳴られるかの二択を予想していた啓介は、笹沼が「続ける」と即答したので絶句した。

「続けるって言うか、多分、やめられないって言う方が正しいのかな。頼まれた訳でもないのに、作りたい服が後から後から湧いてくるの。だから、きっと作っちゃう。そうすると誰かに見て欲しくなって、こうやってコンテストに挑戦しちゃうんだろうな。馬鹿だよね。でもさ、まだ『服作りが趣味です』って言うには、私の野心は生々しいの」

 笹沼の本音を聞きながら、息を止めて唇を噛み締めた。そうしていないと今度は、叫び出してしまいそうだったから。自分の内側から、制御できない感情が湧き上がる。
 例えようがなかった。
 怒りや嫉妬にも似ているし、歓喜にも似ている。

「茨の道だよね。私もまだまだ入り口を覗いたくらいで、なのにこんな有様。でも、この道を進んだからこそ会える仲間がいるような気がしてさ。だから、まだもう少し進みたい。これで答えになってる? さてと、出来上がったよ。さぁ、行こう」

 笹沼の震えはいつの間にか収まっていた。晴れ晴れとした表情で舞台袖に向かって歩き出す。その背中を眩しそうに見つめ、啓介は「ありがとう」と告げた。

「ねぇ、教えて。今の僕に何ができる? あなたの足を引っ張りたくない」
「あんた、質問ばっかりだねぇ。いいよ。今はもう、その服着てくれただけで八割満足。あとの二割はそうだなぁ、転ばないでランウェイ行って戻ってきたら、もう充分」

 再び会場内に流れる音楽が変わる。
 その瞬間、笹沼の表情が引き締まり、「始まった」と小さく呟いた。

「良かった、間に合った!」

 舞台袖に到着した笹沼と啓介の姿を見た里穂は、泣き出しそうな顔で出迎えた。もう既に二人目が舞台に出ていて、かなりギリギリだったのだなと胸を撫で下ろす。笹沼が、啓介の背中に手を当てた。

「私が背中を押したら舞台に出て。大丈夫、あんた向いてるよ、こういうの。あんたが抱えてるモヤモヤしたやつをさ、置いてくるつもりで行っといで」

 大きく息を吸った。
 少しの間を置いて、笹沼がそっと啓介の背中を押し出す。
 その手は驚くほど優しかった。

 不思議な高揚感に包まれる。
 まるで暗い海に船出するような気分だ。
 白くてまっすぐ伸びているこの舞台の先は、どこに続いているのか見当もつかない。痛みと引き換えに進み続けるのかと思うと眩暈がする。

 それでも、誓いを立てるような気持で一歩一歩踏みしめた。

 どれだけ進んでも、どこにも辿り着かないかもしれない。
 才能のある者たちが、更に努力を積み重ねて戦う世界。
 誰の目にも留まらないかもしれない。
 凡庸な自分に絶望するかもしれない。
 必死にあがいても溺れるかもしれない。
 そんな姿を笑われるかもしれない。
 一人寂しく朽ち果てるかもしれない。

 だけど。
 それがどうした。

「望むところだ」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

紅井すぐりと桑野はぐみ

桜樹璃音
青春
「私が死なないように、見張って」 「アンタの全部は、俺のものだって言わなかったっけ」 これは歪愛じゃない――……純愛、だ。 死にたがり少女と恋愛依存少年の歪な愛のお話。

良いものは全部ヒトのもの

猫枕
恋愛
会うたびにミリアム容姿のことを貶しまくる婚約者のクロード。 ある日我慢の限界に達したミリアムはクロードを顔面グーパンして婚約破棄となる。 翌日からは学園でブスゴリラと渾名されるようになる。 一人っ子のミリアムは婿養子を探さなければならない。 『またすぐ別の婚約者候補が現れて、私の顔を見た瞬間にがっかりされるんだろうな』 憂鬱な気分のミリアムに両親は無理に結婚しなくても好きに生きていい、と言う。 自分の望む人生のあり方を模索しはじめるミリアムであったが。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

曙光ーキミとまた会えたからー

桜花音
青春
高校生活はきっとキラキラ輝いていると思っていた。 夢に向かって突き進む未来しかみていなかった。 でも夢から覚める瞬間が訪れる。 子供の頃の夢が砕け散った時、私にはその先の光が何もなかった。 見かねたおじいちゃんに誘われて始めた喫茶店のバイト。 穏やかな空間で過ごす、静かな時間。 私はきっとこのままなにもなく、高校生活を終えるんだ。 そう思っていたところに、小学生時代のミニバス仲間である直哉と再会した。 会いたくなかった。今の私を知られたくなかった。 逃げたかったのに直哉はそれを許してくれない。 そうして少しずつ現実を直視する日々により、閉じた世界に光がさしこむ。 弱い自分は大嫌い。だけど、弱い自分だからこそ、気づくこともあるんだ。

光のもとで2

葉野りるは
青春
一年の療養を経て高校へ入学した翠葉は「高校一年」という濃厚な時間を過ごし、 新たな気持ちで新学期を迎える。 好きな人と両思いにはなれたけれど、だからといって順風満帆にいくわけではないみたい。 少し環境が変わっただけで会う機会は減ってしまったし、気持ちがすれ違うことも多々。 それでも、同じ時間を過ごし共に歩めることに感謝を……。 この世界には当たり前のことなどひとつもなく、あるのは光のような奇跡だけだから。 何か問題が起きたとしても、一つひとつ乗り越えて行きたい―― (10万文字を一冊として、文庫本10冊ほどの長さです)

【完結】ふしだらな母親の娘は、私なのでしょうか?

イチモンジ・ルル
恋愛
奪われ続けた少女に届いた未知の熱が、すべてを変える―― 「ふしだら」と汚名を着せられた母。 その罪を背負わされ、虐げられてきた少女ノンナ。幼い頃から政略結婚に縛られ、美貌も才能も奪われ、父の愛すら失った彼女。だが、ある日奪われた魔法の力を取り戻し、信じられる仲間と共に立ち上がる。 歪められた世界で、隠された真実を暴き、奪われた人生を新たな未来に変えていく。 ――これは、過去の呪縛に立ち向かい、愛と希望を掴み、自らの手で未来を切り開く少女の戦いと成長の物語―― 旧タイトル ふしだらと言われた母親の娘は、実は私ではありません 他サイトにも投稿。

処理中です...