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1章 呪われた皇帝
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藍玉が呼びかけると、部屋の暗がりの隅から二人分の高い声が響き、紅焔はぎょっとした。見れば、いつの間にか二人の侍従が控えている。
……そもそも、侍従でいいのだろうか。年は十歳くらいか。双子なのか顔はそっくりだが、二人揃って男児か女児か判別がつかない。髪はおかっぱ頭に切りそろえてあり、宮司見習いが着るような白い装束を纏っている。
戸惑う紅焔をよそに、藍玉は慣れたように二人に声をかける。
「この方はお客人です。ごゆるりと寛げるよう、おもてなしをしてください」
「承知いたしました、姫さま」
「全力全開でおもてなしします、姫さま」
「いや、俺、私は……」
「素直にもてなされてください。なにせ、長い話をしていただくのですから」
藍玉が涼しい顔で、紅焔を宥める。その間に、二人の侍従はすばやく姿を消してしまう。――そう。文字通り、紅焔が目を離した隙に、二人は忽然と部屋からいなくなっていた。襖を開け閉めする音もなかったが、いつの間にいなくなったのだろう。
訝しんだ紅焔が目を凝らして襖戸を見ようとしたとき、背後から幼い声がした。
「お待たせしました、お客さま」
「お待たせしたよ、姫さまの旦那さま」
「うわあ!?」
文字通り飛び上がり、紅焔は慌てて振り返った。すると、さっきまでいなかったはずの双子が、しれっと丸机の隣に並んでいる。
丸机の上には、これまたいつ用意したのか、繊細な草木の絵柄が描かれた茶器セットと、饅頭に果物の砂糖漬けに謎のチマキまで、目移りしてしまいそうな食べ物が、竹格子のような不思議な形の器(?)に並んでいる。
「お召し上がりください、お客さま。こちらは、気持ちを落ち着かせるのにいい、茉莉花茶です」
「お食べください、旦那さま。甘いの、辛いの、しょっぱいの、苦いの。お好みがわからないので、色んな味でご用意しました」
「お前たちはなんなんだ? それで、こいつらはどっから沸いてきた!?」.
ついに我慢ができなくなって、紅焔は茶菓子セット――正確には、「辛いの」「しょっぱいの」というように、軽食に近いものも含まれている――を指差して叫ぶ。すると玉蘭は、表情を変えずに首を振った。
「いいじゃありませんか、旦那さま。そんか細かいこと、気にしなくても」
「細かいもんか! 少なくとも俺には、君が使うのと同じくらい奇術に見えたぞ」
「そんなにあれもこれもと気にしていたら、綺麗なお髪がハゲてしまいます。旦那さまはせっかくの男前なのに、早くにハゲてしまっては残念です」
水晶のような瞳でまっすぐに見つめられ、大真面目にそんなことを言われて、紅焔は言葉に詰まった。美男子だなんだと騒がれることは昔から多々あったが、まじまじと顔を覗きこまれながらそんなことを言われるのは初めてだ。
なんだか落ち着かない心地がした紅焔は、指の先で頬をかきながら、そわりと藍玉から目を逸らす。それを見逃さなかった双子が、ヒソヒソと囁きあった。
「見ましたか、宗。この人間、色男の割にウブですよ」
「見たよ、玉。スカした奴だったら苦薬を混ぜちゃおうと思ったけど、意外とかわいいかもしれないよ」
「だ、だれが初心だ。ていうか、がっつり聞こえてるんだがなあ、そこの二人!」
「まあまあ。お座りください、旦那さま。お茶が冷めてしまいますよ」
藍玉に勧められ、紅焔は渋々と席につく。双子の侍従たちはどうしたかといえば、すまし顔で部屋の隅にちょこんと控えている。
(まったく。変わり者の姫が相手だと、従者までくせ者揃いだ)
顔をしかめる紅焔の向かいで、藍玉が慣れた手つきで茶器から金色の茶を注ぐ。湯気が彼女の手元から立ち上り、爽やかな香りが鼻腔をくすぐった。美しい所作で茶を注ぎ終えた藍玉は、きらりと目を光らせて紅焔を見た。
「それでは、早速本題と参りましょう。――旦那さまは、あなたを呪う怨霊が何者か、お心当たりはありますか?」
……そもそも、侍従でいいのだろうか。年は十歳くらいか。双子なのか顔はそっくりだが、二人揃って男児か女児か判別がつかない。髪はおかっぱ頭に切りそろえてあり、宮司見習いが着るような白い装束を纏っている。
戸惑う紅焔をよそに、藍玉は慣れたように二人に声をかける。
「この方はお客人です。ごゆるりと寛げるよう、おもてなしをしてください」
「承知いたしました、姫さま」
「全力全開でおもてなしします、姫さま」
「いや、俺、私は……」
「素直にもてなされてください。なにせ、長い話をしていただくのですから」
藍玉が涼しい顔で、紅焔を宥める。その間に、二人の侍従はすばやく姿を消してしまう。――そう。文字通り、紅焔が目を離した隙に、二人は忽然と部屋からいなくなっていた。襖を開け閉めする音もなかったが、いつの間にいなくなったのだろう。
訝しんだ紅焔が目を凝らして襖戸を見ようとしたとき、背後から幼い声がした。
「お待たせしました、お客さま」
「お待たせしたよ、姫さまの旦那さま」
「うわあ!?」
文字通り飛び上がり、紅焔は慌てて振り返った。すると、さっきまでいなかったはずの双子が、しれっと丸机の隣に並んでいる。
丸机の上には、これまたいつ用意したのか、繊細な草木の絵柄が描かれた茶器セットと、饅頭に果物の砂糖漬けに謎のチマキまで、目移りしてしまいそうな食べ物が、竹格子のような不思議な形の器(?)に並んでいる。
「お召し上がりください、お客さま。こちらは、気持ちを落ち着かせるのにいい、茉莉花茶です」
「お食べください、旦那さま。甘いの、辛いの、しょっぱいの、苦いの。お好みがわからないので、色んな味でご用意しました」
「お前たちはなんなんだ? それで、こいつらはどっから沸いてきた!?」.
ついに我慢ができなくなって、紅焔は茶菓子セット――正確には、「辛いの」「しょっぱいの」というように、軽食に近いものも含まれている――を指差して叫ぶ。すると玉蘭は、表情を変えずに首を振った。
「いいじゃありませんか、旦那さま。そんか細かいこと、気にしなくても」
「細かいもんか! 少なくとも俺には、君が使うのと同じくらい奇術に見えたぞ」
「そんなにあれもこれもと気にしていたら、綺麗なお髪がハゲてしまいます。旦那さまはせっかくの男前なのに、早くにハゲてしまっては残念です」
水晶のような瞳でまっすぐに見つめられ、大真面目にそんなことを言われて、紅焔は言葉に詰まった。美男子だなんだと騒がれることは昔から多々あったが、まじまじと顔を覗きこまれながらそんなことを言われるのは初めてだ。
なんだか落ち着かない心地がした紅焔は、指の先で頬をかきながら、そわりと藍玉から目を逸らす。それを見逃さなかった双子が、ヒソヒソと囁きあった。
「見ましたか、宗。この人間、色男の割にウブですよ」
「見たよ、玉。スカした奴だったら苦薬を混ぜちゃおうと思ったけど、意外とかわいいかもしれないよ」
「だ、だれが初心だ。ていうか、がっつり聞こえてるんだがなあ、そこの二人!」
「まあまあ。お座りください、旦那さま。お茶が冷めてしまいますよ」
藍玉に勧められ、紅焔は渋々と席につく。双子の侍従たちはどうしたかといえば、すまし顔で部屋の隅にちょこんと控えている。
(まったく。変わり者の姫が相手だと、従者までくせ者揃いだ)
顔をしかめる紅焔の向かいで、藍玉が慣れた手つきで茶器から金色の茶を注ぐ。湯気が彼女の手元から立ち上り、爽やかな香りが鼻腔をくすぐった。美しい所作で茶を注ぎ終えた藍玉は、きらりと目を光らせて紅焔を見た。
「それでは、早速本題と参りましょう。――旦那さまは、あなたを呪う怨霊が何者か、お心当たりはありますか?」
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