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1章 呪われた皇帝

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 王宮の朝は早い。

 侍従以下、小間使いの者たちは日が昇る少し前に起きだし、炊き出しの用意や、王宮の主である皇帝の目覚めに向けた準備をする。

 皇帝の衣、髪を整えるための櫛、顔を洗うための水盆などの用意をひと通り整え、いよいよ侍従長が皇帝が眠る寝室の隣に控える。

 普段ならすべては紫霄宮にある皇帝の居室の隣にそれらは準備されるが、皇帝が妃――香家の令嬢・藍玉と一夜と共にした今朝は、皇帝がどこで身支度を整えたいかわからないため様子見だ。

 侍従長が待つことしばらくして、目の前の襖戸が開いた。

 起き抜けだというのに、皇帝は今朝も一分の隙もなく美しい。几帳面な彼らしく、寝衣に乱れはなく、髪も軽く梳かしてある。にもかかわらず、どこか気まずげな顔をする若き皇帝に、侍従長は恭しく頭を下げる。

「おはようございます、陛下。今朝も良きお目覚めで……」

「紫霄宮に戻る。支度はそちらで行う」

「仰せのままに」

 上に外套を羽織っただけの簡易な装いで、紅焔は足早に歩く。その後ろを付き従う侍従長は、声には出さずともソワソワしていた。

(陛下は、本当に春陽宮で過ごされたのだな)

 昨晩は、ありていに言うならば、妃との初夜だった。これまで妃がいなかっただけに、侍従長としても、紅焔が初夜を迎えるのは大変喜ばしいことだ。

 なのに紅焔は、張り切る侍従たちを「妃と床にはいりはしない。すぐに紫霄宮に戻るゆえ、そのつもりで待て」と制し、侍従長も大層がっかりした。

 しかし「すぐに戻る」といって春陽宮に入っていった紅焔は、なかなか出てこなかった。それどころか、半刻ほど経ってようやく出てきたかと思えば、「今夜は春陽宮に泊まる」と言うものだから、仰天した。

(これはようやく、陛下にも春がきたということか……!)

 背高の後ろ姿を追いかけながら、侍従長はつい頬が緩んでしまう。なにせ紅焔は、他人を寄せ付けない皇帝として有名なのだ。実の兄があんなこと・・・・・になってしまったのだから無理がないといえばそうなのだが、それにしても著しく他人を遠ざける節がある。

 皇帝と妃が初夜を迎えたかどうかも、いずれ春陽宮の侍女たちにより明らかになるだろうが、もはやどうでもいい。肝心なのは、あの人嫌い・女嫌いの皇帝が、一晩を誰かと過ごしたということだ!

 ……なんてことを侍従長が考えているだろうことは、わざわざ振り返らずとも紅焔にはお見通しであった。

(くそ、侍従長め。俺が春陽宮で過ごしたことで、明らかに喜んでいるな)

 春陽宮には泊まらないと昨夜豪語していただけに、きまり悪さもひとしおだ。うしろでホクホクと侍従長が喜んでいるのを感じつつ、紅焔は小さく舌打ちをした。

 そもそも、だ。紅焔は本当に、春陽宮に泊まるつもりはなかった。

 しかし昨晩「じゃあ、そういうことで……」と紅焔が部屋を出て行こうとしたら、藍玉に引き止められたのだ。
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