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【閑話】親友で、兄弟で、相棒なお節介

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 エリアスが姿を消した後も、パーティ会場は変わらず賑わっていた。

 ほかの参加者に比べて異様にやる気の高かったエリアスがいなくなったことで、エッグハントは緩やかに進行していた。だが、そんな中でもエッグは着々と見つかり、うさぎたちから参加者にお菓子がプレゼントされたりしていた。

「ほーお? すごい量のエッグだな。今夜のトップハンターはお前かな」

 参加者の間を歩いて回りながら、シャルツ王は皆に声を掛けて回る。その途中、うさぎたちに交換してもらった菓子を周囲にも分けているひとりの文官を見つけ、その肩を抱いて奮闘を称えた。

 褒められた文官は陛下に直接絡まれて飛び上がりつつ、あたふたと頭をかいた。

「あ、あの。実は私がすべて見つけたわけではなく、ルーヴェルト宰相がエッグを譲ってくださったんです」

「へえ? まあ、それも含めてお前の運だ。皆! 今宵一のハンターに拍手を!」

 高らかに呼びかけたシャルツにこたえて、ゲストたちの間に拍手が起きる。恐縮しきって四方に頭を下げる文官の肩を叩き、シャルツは笑いながらその場を離れた。

 そうして何気なく生垣へと足を向け――ちょうど戻ってきたキュリオに声を掛けた。

「で? エリアスの様子はどうだった?」

「問題ないですわ。媚薬にせよ睡眠薬にせよ、特に症状は出ていませんでしたもの。念のため、頂いた解毒薬は飲ませましたけど」

「そうか、そうか。あいつが酒を飲もうとするたびに邪魔をした甲斐があったな」

 そういって、シャルツはにやりと笑う。エリアスがワインを噴き出したり、ステムをへし折ったりした一連の事件。あれはもちろん、シャルツがタイミングを見計らって爆弾を投じ続けた結果だ。何をすればエリアスがどういう反応を示すか、熟知しているからこそできる技である。

(本当にこの方は、エリアスちゃんと仲がいいのねえ)

 そのように思いながら、キュリオはワインを傾ける。こくりと一口飲んだところで、キュリオはふっと笑みを漏らした。

「けど、グレダの酒場で陛下を見たときは本当に驚きましたわ。しかも、お供もつけずお一人でなんて。そんなに、エリアスちゃんのお相手が気になったんですか?」

「まあな。あいつを入れ込ませて、そのくせ、あんなにもてこずらせる女はどんな奴だろうってな。けど、会ってみてすぐにわかったよ。あの子はいい子だ。素直で芯があって……何よりエリアスのことを大事に思っている。俺を警戒する目を見て思ったよ。この子は絶対に、エリアスを騙したり傷つけたりはしないって」

「それを確かめるためにお店にいらしたんだとしたら、随分とエリアスちゃん想いですのね。しかも、こんな仕込みをして恋のキューピッドまで引き受けるなんて。私、しばらく家族に会っていないから比較ができないんですけど、乳兄弟ってそういう感じなんですか?」

 冗談交じりに尋ねれば、返ってきたのはほんの少しの沈黙。ややあって、意外にも苦笑を浮かべてシャルツはキュリオを見た。

「そうだな。おせっかい半分、贖罪半分ってところだな」

 訝しんで、キュリオは瞬きをする。するとシャルツはちょうど通りかかった給仕からグラスを受け取り、くるりとワインを揺らしてから話し始めた。

「たぶん、あんたも知っているだろうけど。あいつがマダムやフィアナちゃんの前で見せる顔と、宰相として見せる顔は全然違う。怜悧なほど頭が切れ、相手が誰であれ容赦がない、氷の宰相閣下。……あいつがそういう仮面を被るようになったのは、俺のためだから」

 そう言ってシャルツは遠くを見つめ、ひとり回想の海に耽った。

〝シュバルツ陛下、崩御! 崩御されました!〟

 ――その報せは、ある日突然飛び込んできた。

 事故だった。鷹狩りに行った際に落馬をし、そのまま帰らぬ人となった父王。その時、シャルツはまだ20を少し越えたばかりの若造で、健勝でまだまだ長く在位であると思われた父の突然の死は、まさに青天の霹靂であった。

 そうして、シャルツは王となった。覚悟もへったくれもない。突如空席ができ、次に座るよう定められていたから座る、それだけの即位だった。

〝俺には無理だ〟

 国の混乱を治めるため、至急取り開かれた即位式のあと。皆の前では虚勢を張り続けたシャルツだったが、エリアスと二人きりになった途端、その仮面がはがれた。

〝いつか、こういう日が来るのは理解していた。だが、今日じゃない。俺を見ろ、エリアス。この頼りない若造のどこに、一国の王たる資格がある。中身もない。覚悟も伴わない、この俺に!〟

 胸倉を掴むシャルツを、エリアスは静かに見つめた。怒るでも憐れむでもなく、ただただまっすぐに見つめる彼に、シャルツは焦れた。だが、次の弱音が口から飛び出すより前に、エリアスはシャルツの手を掴んで言った。

〝そう仰られても、貴方はすでにメイス国の王です。今更喚いたところで、その王冠を捨てることは出来ません。諦めなさい。諦めて、王としてこの国を統治するんです〟

〝そんなことはわかっている! だが、俺には荷が重すぎる……っ〟

〝ならば半分は、私が背負いましょう〟

 ぴしゃりと言いきったその言葉に、まるで頬を張られたような衝撃を受ける。驚いて俯いていた顔を上げれば、アイスブルーの瞳の中に、自信なさげに表情をゆがめるどこまでも頼りない自分の姿が映っている。

〝ひどい顔をしています〟

 言葉とは裏腹に、エリアスは微笑んだ。

〝いいですね。いま皆が求めているのは、突如立ち込めた暗雲を払拭する、太陽のような王です。――中身は後からついてくればいい。それまで、貴方の荷の半分は私が担います。だから貴方は、不敵に笑っていなさい。必ずや私が、貴方を名君にしてみせます〟

「――俺が王として最初にしたことは、あいつを宰相に指名することだ。それからあいつは、俺の右腕……いや。王・の・半・身・として、この国を治めてきた。だが、国が安定するのと反比例するように、あいつの表情はどんどん険しくなっていった。穏やかだった目はどんどん鋭くなり、唇からは笑みが消え、いつ見ても張りつめたような空気を身にまとうようになった」

 王としてある程度落ち着いた今ならわかる。エリアスもまた、王の半身として国を担うことにプレッシャーを抱いていたのだろう。だが、弱音を吐いた自分とは違い、エリアスはその心情を漏らすことはなかった。

 おそらくは恐ろしい精神力をもってして、エリアスは己を律した。そして、シャルツが王という仮面で武装したように、彼は彼で『氷の宰相閣下』という仮面を生み出したのだ。

「今のあいつが出来上がったのは、俺があいつに甘えたからだ。けれど、最近のエリアスは変わった。肩の力が抜けて、宰相でいるときも素の顔が覗くようになった。……その姿を見て、ようやく俺も気づいたよ。エリアスは氷の仮面の下で、ずっと苦しんでいたんだって。そんなあいつを救ったのが、フィアナちゃんとの出会いだったんだ」

「だから陛下は、フィアナちゃんをここに連れてきたんですか?」

 目を丸くするキュリオに、シャルツは笑って頷いた。

「俺のために凍らせた仮面を、溶かしてくれる天使が現れた。それであいつが救われるなら、守ってやりたいと思った。それだけさ」

 しばしの間キュリオは、呆気にとられたようにシャルツを見ていた。やがて彼はぷはっと息を吐きだすと、やれやれと肩を竦めてみせた。

「陛下ってば、本当にエリアスちゃんと仲がいいんですね。愛が深いところまでそっくり」

 シャルツはきょとんと瞬きをする。それから、少年のように無邪気な顔で、にかりと歯を見せて笑った。

「そりゃな。俺たちは親友で、兄弟で、相棒だからな」

 そこでふと、彼は何かを思い出したように小首を傾げた。

「ところで、そろそろ戻らなくて大丈夫か。あいつら、二人っきりで部屋にいるんだろ?」

「心配無用です。エリアスちゃんの手、しっかり縄で縛っておいたもの。あれなら、フィアナちゃんに不埒な手は出せないはずだわ」

「あいつ、素人が結んだくらいの縄だったら抜けられるぞ」

「…………え?」

 顔を青ざめさせるキュリオと、真顔で見返すシャルツ。しばし沈黙が流れたのち、シャルツがあっけらかんと笑った。

「いいんじゃないか? 作らせとこうぜ、既成事実っ」

「ダメに決まっているでしょ!? ああ、もう! そういう大事な情報は早く頂戴よ! 安心してね、ベクター、カーラ! あなたたちの娘は、私が守るから~~っ!!」

 悲鳴を上げて、キュリオが城の中へと駆けこむ。それを見送るシャルツは、げらげらと笑い転げていたのであった。




 その頃、パーティを楽しむ人々とは離れた暗がりで、ひとり屈辱に震える少女がいた。

「…………エリアスさま、エリアスさま、エリアスさま、エリアスさま」

 空になった小瓶を握りしめ、カチカチと親指の爪を齧る少女。エリアスに媚薬を盛るも失敗し、ひとり取り残されて敗北したアリス・クウィニーである。

 可憐であるはずの顔をゆがめ、アリスは苛立ちをあらわにする。ぱきっと爪が欠けたとき、アリスは暗い光を瞳に宿して、エリアスの消えた城内を睨んだ。

「私、絶対にあなたを諦めませんから」
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