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呂布

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 洛陽にいる諸葛亮孔明《しょかつりょうこうめい》は、董卓が洛陽にくるという噂を聞くと顔色をかえた。

「お姉様。すぐに洛陽を出るべきです」

 孔明は姉の諸葛瑾《しょかつきん》に言った。諸葛瑾は不思議そうに首をかしげた。

「分からないのですかお姉様? 董卓という男は暴悪の性の持ち主。必ず、この機会に天下簒奪を企むでしょう。洛陽はいずれ無法の都とかします」

 諸葛瑾の顔が青ざめた。妹の神知を知る彼女は、急いで出立の準備を整えた。そして翌朝、洛陽を出て、親戚をたよって荊州をめざした。

 

  董卓は二十万余の大軍を洛陽を包囲するように布陣させた。そして、精鋭五千騎をひきいて、新帝と陳留王(ちんりゅうおう)をともない洛陽に入場した。

 新帝と陳留王の還幸に文武百官は跪いた。

 何太后は新帝を泣きながら、抱きしめた。

 四日後の夜。

 董卓は自邸で、軍師・李儒(りじゅ)と謀議していた。

「李儒よ。わしが天下を支配する方法を見つけたぞ」
 
  董卓は醜悪な顔に食肉獣のような笑みを湛えた。

「まず、あの豚殺しの何進の血が流れる帝を廃立する。そして皇弟・陳留王を帝として奉戴し、わしの操り人形とする。そうすれば、誰もわしに逆らえまい。どうだ?」

「見事です。今ならば可能でしょう」

 李儒は、艶麗な笑みを湛えた。

(董卓様は御運が良い)
 
 と、参謀である美女は思った。

 すでに、各地から集まった諸侯は続々とひきあげている。

 東郡の太守・喬琩(きょうぼう)。河内の太守・王匡(おうきょう)も帰国してしまった。もはや、董卓を掣肘する軍事的勢力はない。

「呂布(りょふ)、呂布はおるか?」

 董卓が、大声をはりあげた。

 しばらくすると、一人の男が董卓の前にあらわれた。

 外貌は二十才前後。長身で均整のとれた身体をした男だった。豪奢な服をまとい、獅蛮の宝帯をつけている。

 端麗で彫りの深い顔立ちをしており、髪は雪のように白く、瞳は真紅に光っていた。

「呂布奉先(りょふ ほうせん)。参上いたしました」

 呂布は董卓に拱手した。

「呂布よ。我が息子よ。わしはこれから、天下を支配する。お前の力が必要だ。わしに力を貸せ」

 董卓が上機嫌にいうと、呂布は静かに頭をたれた。   


 
 

 二日後。
 李儒《りじゅ》の発案で、董卓は大宴会をひらいた。

 温明園《うんめいえ》》で、開かれた饗宴には洛陽にいる朝臣のほぼ全てが集まっ
た。朝臣たちは、二十万の大軍をひきいる董卓の武威に怯え、露骨に阿諛する者が多かった。

 董卓は酒杯の交歓をしてまわった。

 客人たちは美酒と贅をこらした料理を堪能し、口々に董卓を賛美した。

 列席者に酔いがまわり始めた頃、ふいに董卓が立ち上がった。肥満した巨躯をそらして、大音声をはっする。

「諸公らにお聞き頂きたい! 本日は、重大な発議がある!」

 董卓は、碧眼で列席者を睥睨した。

「天子は、宗廟社稷を保ち、天下の万民、ことごとくを安寧させえる威儀がなければならぬ。しかしながら、現在の帝は愚昧にして、帝として、資質を兼ね備えておわさぬ」

  座が静まりかえった。あまりの不敬に列席した文官・武官たちが青ざめて沈黙する。

「よって、予は現帝を廃立し、皇弟・陳留王を帝位につけることを提議する。陳留王は、生まれながらに王者の資質をそなえておられる。まさに帝として我らが仰ぐに値する御方である。諸公の意見やいかに?」

 董卓が言い終わると、即座に立ち上がった者がいた。

 袁紹である。彼は顔に怒気を漲らせて、怒声を放った。

「ふざけるな董卓! 貴様、一将軍の分際で、廃位を提議するとは何事だ! 酒宴の席で帝をすげ替える話をもちだすなど、増長するのも大概にせよ。貴様、一体なにを企んでいる!」

 袁紹の言葉に董卓の碧眼が憎悪で燃えた。

「企むだと? わしは私欲によって言っているのではない。天下の安寧のために言っているのだ」

 董卓と袁紹の視線がぶつかった。董卓の背後から呂布が進み出た。董卓の衛兵たちも剣の柄に手をかける。

 袁紹が剣に手をかけようとした、その時、袁紹の叔父・太傅袁隗(たいふ えんかい)が、走り寄った。そして甥に小声で囁く。

「袁紹、静まらぬか。ここはひけ。ここで剣を抜けば犬死にだぞ。機会はいずれある」

 袁紹は小さく頷くと、温明園から退出した。
   

        

  
 翌日には董卓が、現帝廃位を提議したことが洛陽中に知れわたっていた。

「これで良かったのか? 李儒?」

 董卓が尋ねると、李儒は長い金褐色の髪に手をそえた。

「はい。これで董卓様に従う者と、反対する者が鮮明になります。あとは反対するものを悉く始末するだけでございます」
「なるほどな。さすがは李儒よ」  

 董卓は、口元に歪んだ笑みを浮かべた。
   二日後。
 
袁紹が洛陽から出て、本国の冀州(きしゅう)に去ったとの報せが入った。董卓は当初、袁紹を罪人として天下に布告しようとしたが、李儒が反対した。

「袁紹は、名門・袁家の御曹司です。彼を罰しようとすれば、必ず叛旗を翻し、大軍を擁して董卓様に仇なす存在となるでしょう。洛陽から遠い渤海(ぼっかい)あたりの太守に任じてしまいなさい。奴は武勇あれど大局を見る目のない庸人です。朝命にて太守にされれば、大人しくしているでしょう」

 董卓は李儒の懐柔策を受け入れ、袁紹を渤海の太守に任じた。

 すでに策謀家・李儒の差配で、皇帝とその生母・何太后は宮殿内に幽閉されていた。朝臣・貴族は、その殆どが、董卓の軍事力と恫喝に屈して、走狗となり果てている。

 董卓は短期間で、洛陽の権力のほぼ全てを掌握してしまった。       数日後、袁紹の異母弟・袁術も洛陽を脱出した。

 袁紹と袁術という名門・袁家の兄弟が、洛陽から消えたことで董卓の力はますます増大した。

  王都・洛陽には、恐怖がみちた。     

 董卓がひきいる兵士たちは、狼藉の限りをつくした。美しい女をみれば犯し、商人の家に押し入って財宝を強奪した。

 邪魔するもの、気に喰わぬものは子供であろうと斬殺し、死体を街路に晒した。

 血の臭気と絶望が洛陽をおおい、洛陽は無法の都とかした。
 


 
 
 政をおこなう董卓にたいし、敢然と立ち向かった者もいる。
 
 太尉(軍務大臣)の黄琬(こうえん)だった。

 黄琬は六十三才の老将だが、勇武の指揮官として知れていた。

 黄琬は麾下の精兵五百騎で、董卓を暗殺する計画を練った。

 だが、董卓暗殺の計画は李儒の諜報網にひっかかり、あっけなく露見した。

 董卓は、すぐさま二万の兵でもって、黄琬と精兵五百騎、そしてその三族にいたるまでを捕縛した。

 洛陽にいる大臣・貴族は、李儒という美女の諜報能力の高さに恐怖した。黄琬と精兵五百騎。および、その三族に即座に処刑の判決が下された。

「呂布、黄琬とその配下五百騎の処刑は、お前に任せる」

 董卓は、細い碧眼に笑みを浮かべた。

「私に任せるとは如何なる意に?」

  呂布が、問うた。        

「この黄琬たちの処刑は、公開処刑とします。洛陽の広場に黄蓋とその部下五百騎に武器をもたせて晒します」

 李儒の言葉で、呂布はようやく理解した。

「なるほど。この呂布一人で、黄琬とその配下五百人を皆殺しにせよ、と仰るのですな」

 呂布の真紅の瞳に酷薄な光りがよぎった。

「そうだ。お前という稀代の勇将が、一人で、黄琬と精兵五百騎を皆殺しにする。洛陽の民にその様を見せつけるのだ。そうなれば誰もが恐怖し、わしに逆らう愚かさを知るだろう」

 董卓が、巨大な腹をゆらしながら笑った。

 呂布は一礼すると、部屋を辞した。
 
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