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雌伏の章

第七話 お忍び

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 <どっぱん>と勢いよくレオンの部屋の扉が開く。
 いつも通り護衛隊士は見て見ぬふりだ。
 ずんずんと部屋を進むと寝室へ続く扉も同様に開け放つ。

「レオン、朝ですわよー」

「......んーお義姉ちゃん?」

「そうですよ、レオンのお義姉ちゃんですよ」

「......お義姉ちゃんもうちょっと寝かせて」

「駄目です。早く支度をしてくださいませ」

「......お義姉ちゃんも一緒に寝よ......う......よ......」

「っ! し、仕方が無いですね、ほんのちょっとだけですよ、ほんのちょっとだけですからね!」


 リーザはいそいそとレオンの布団に入る。
 着替えた服に皺がつく事など気にしない。
 ちょっとずつちょっとずつレオンに近づいていく。
 もうふんすふんすと興奮状態だ


 ――レオンの匂いに包まれて幸せ。


 それをじっと見ているクララとフリーデリーケは、リーザの行動をいつ止めようか、いや面白そうだからもうちょっとと目で会話をしている。

 リーザはレオンを抱きしめると、頭をなでながら「レオーン、お義姉ちゃんですよー」と耳元で囁く。
 その度に「うーん、お義姉ちゃん」と返してくるレオンに夢中だ。
 十回ほど繰り返してると


「うん? お義姉ちゃん? えっ! お義姉ちゃんなんでえっえっ」

「レオン朝ですよ、起きましょう」

「えっ待ってなんで一緒に寝てるの」

「もうレオンったら、忘れちゃったんですか? わたくしが起こしに来たら、レオンがお義姉ちゃんと一緒に寝たいって言ったんですよ」


 レオンは「そうなの?」と侍女二人を見るとうんうんと頷いている。
 じゃあしょうがないかと納得してリーザと一緒に寝台から出る。


「じゃあお義姉ちゃん着替えお願いできる?」

「わたくしはお義姉ちゃんですもの、レオンのお世話をするのは当たり前なのですよ」


 いつもの台詞を言うと、ふんすふんすと興奮状態でレオンの服を脱がし始めた。





「もうレオンたら、おでこにパンくずがついてますよ。ひょいぱく。えへへ食べちゃいました」


 なんでおでこにパンくずがつくんだ、クララもうちょっと考えろ。
 でもありがとう。と思いつつ、レオンは初めてのひょいぱくにドキドキだ。


「ありがとうお義姉ちゃん」

「わたくしはお義姉ちゃんですもの、レオンのお世話をするのは当たり前なのですよ」


 朝食を終えてすわ訓練だと席を立とうとしたところにクララから呼び止められる。


「レオン様、本日の予定ですが変更があります。この後、二階の談話室で新しい護衛の紹介をさせていただきます」

「えっ、じゃあ午前の訓練は中止なの?」

「はい、朝議が長引いてるのもありますが、親衛隊で本日護衛に就く者以外は全て詰所に集められていますので。代わりに今日は新しい護衛の引継ぎも兼ねて一日城下で遊んで来いとの陛下の仰せです」

「じゃあ昼食も城下で食べようか」

「かしこまりました。内膳司にはそのように申し伝えておきます」

「ルーヴェンブルクの街は初めてですので楽しみです! 以前に一度馬車で通過しただけでしたから!」

「お義姉ちゃん、父上から予算が出てるから必要なものは何でも好きなだけ買って良いからね。下手に遠慮するとまたしょんぼりしちゃうから」

「では本当に必要なものだけ買わせていただきますね」

「じゃあまずは談話室だね、お義姉ちゃんはい手」

「うふふっ、わたくしをエスコートしてくれるんですかレオン」

「いつもお義姉ちゃんに頼っちゃってるからね、今日は街の案内だし任せてよ」

「まぁ、レオンったら。お義姉ちゃんは嬉しいですよ」


 二人手をつないで談話室に向かうと、既に跪いている二人の姿があった。
 俯いているので顔はわからないが二人とも長い髪と華奢な体つきで若い女性だというのはわかる。
 既にその女性の側に立っているクララが説明をする。


「王太子殿下、まずは今回の組織改編についてお話しさせていただきます。この度、親衛府を解体し、新たに女性武官のみで編成される近衛府を設置する法案が朝議で承認されました。王族の護衛に係る事ですので、先んじて近衛府の副官候補を選出し、引継ぎを含めた任務の為、本日より着任することが決定いたしました」

「えっ、じゃあカールは? 何処に配属されるの?」

「ある程度近衛府の人員が揃った上で引き継ぎが終了次第、グナイゼナウ将軍の部隊へ配属される内示を受けています」

「そっか、訓練はどうなるの?」

「状況次第ではありますが、可能な限り講師役を続けさせて頂きたいと申請は出しております」

「カールから一本取るまでは是非講師を続けて欲しいよ」

「私も楽しみにしております」

「では王太子殿下、姫殿下、この度近衛府の副官候補として配属されました二人を紹介いたします。まず、春に行われた武科挙において、女性初の武状元ぶじょうげんとなられました栄誉を称えられ、左近衛少将さこのえしょうしょうに任官されました、ヘレーネ・ブルメスター准男爵でございます」

「王太子殿下、姫殿下、お初にお目にかかります。この度左近衛少将を拝命致しました、ヘレーネ・ブルメスターでございます。王太子殿下専属の護衛として命を受けました。以後、お見知り置きを」

「ブルメスター卿、レオン・ライフアイゼンです、よろしくお願いします。専属との事で色々御面倒をおかけすると思いますがよろしくお願いします」

「ブルメスター卿、お初にお目にかかります。リーザ・ローゼ・ライフアイゼンと申します。以後、よろしくお願いいたしますね」

「はっ」

「次に、先の大戦の折り、身を挺して陛下のお命を救う大功を立てられ、右近衛少将うこのえしょうしょうへ任官されました、イングリット・ビューロー准男爵でございます」

「えっ、イングリット?」


 思わず声を出してしまったリーザは慌てて口を両手でふさぐ。
 名を呼ばれたイングリットは跪いたまま顔を上げた。


「王太子殿下、お初にお目にかかります。この度右近衛少将を拝命致しましたイングリット・ビューローと申します。姫殿下、お久しぶりでございます。この度姫殿下専属の護衛として命を受けました。以後、よろしくお願い致します」

「ビューロー卿、レオン・ライフアイゼンです、よろしくお願いします」

「イングリット! イングリットではありませんか! ご無事でしたのですね!」

「はい姫殿下、バイルシュミット将軍麾下に配属され、親衛隊の方々と共に陛下の護衛をしておりましたが、その際に戦傷を受け先日まで療養をしておりました。ご心配をおかけして申し訳ありません」


 リーザは跪いたままのイングリットに駆け寄りそのまま抱きしめる。


「イングリット......本当に良かったです......」

「姫殿下......」

「しかしどうして今までイングリットが無事だという報告が上がってこなかったのでしょう?」

「陛下をお守りする部隊を編成する為、大戦前夜に各部隊から精鋭を引き抜いて急遽編成した部隊です。籍としては旧部隊に所属したままだったので、私の所属していた重装騎兵隊では未帰還扱いで処理されていたようです」

「傷はもう大丈夫なのですか?」

「はい、もう万全でございます」

「わたくしの専属ということでとても嬉しく存じます。これからよろしくお願いいたしますね」

「はっ、この命に代えても姫殿下をお守りいたします」

「ヘレーネもイングリットも公式の場以外ではそんなに畏まらなくていいからね。レオンって呼んでくれていいから」

「ヘレーネ、わたくしの事もリーザで構いませんからね。イングリットも今まで通り呼んで下さい」


 二人はそういきなり言われても流石にすぐに返事が出来ない。
 准男爵に叙爵され正五品下近衛少将に任じられたとはいえ、あくまでも王族に侍るための建前であり、名誉職扱いである。
 困って周囲を見ていると専属侍女をはじめ、周囲はニコニコしながらうんうん頷いている。
 二人は遂に陥落するのだった。


「「かしこまりました、仰せの通りにいたします」」


「でもヘレーネ、武状元ってすごいね、護衛として心強いよ」


 美しく艶のある長髪を後ろに束ねた、ライフアイゼン王国では珍しい黒髪で、細身の長身の女性であるヘレーネは、恐縮しながら答える。


「組み合わせの運が良かったのだと思われます。それと私の剣技は独学で少々特殊なのもありましてそれも理由かと」

「特殊な剣技って?」

「私は双剣を扱いますので」

「長剣に左手短剣マインゴーシュならそれほど特殊でもないような?」

「私の場合は片手半剣バスタードソードを二振り用います」

「えっその細い体で......ってごめん、女性に失礼だった」

「いえ、お気になさらず。鍛錬はしているのですがどうしても体つきが変わらず、お恥ずかしい」


 レオンはヘレーネの腰に佩いている剣を見る。
 装飾が派手なので国から支給された儀礼剣だろう、だが左腰に佩いた長剣一振りのみだ。
 イングリットを抱きしめていたリーザはいつの間にかレオンの側に戻っていて、ヘレーネを凝視してるレオンの手を強く握る。


「いたた、ってお義姉ちゃん、そうじゃなくて。クララ」

「はっ、申し訳御座いません。ただいまヘレーネの希望に合わせて片手半剣を二振り、刀剣鍛冶師に発注しております。その鍛冶師はヘレーネの実家でしたので、ヘレーネの手に合う物が出来上がるかと思います。ただ、どうしても近衛の佩く剣ですので、装飾師に出す必要もありますし、もう少し時が掛かると存じます」


 またクララと通じ合ってるとちょっと頬を膨らませるリーザ。
 レオンの手をまた強く握る。


「実家が刀剣鍛冶師なんだ」

「はっ、幼いころから振り回していましたし、その、父の客が面白がって私に色々な剣術を教えてくれたので」

「なるほど、色々混じって我流になったと」

「はい」

「まぁでも片手半剣より短くて軽い儀礼剣でも二振りあった方が良いでしょ、クララ」


 レオンがクララを見ると、既にもう一振りの儀礼剣をヘレーネに渡していた。


「レオン様、ありがとう存じます。ご期待に応えられるよう、この命を賭してお仕え致します」


 レオンは「ありがとう、よろしくね」とヘレーネに返すと、少し疑問に思っていたことを聞く。


「イングリットはお義姉ちゃんの知り合いなの?」

「はい、ローゼ公直属の重装騎兵隊に所属しておりまして、それで姫様とご縁がありました」

「イングリットはわたくしの騎乗術と馬上槍の先生なのですよ!」

「先生だなんてそんな恐れ多いです」


 跪いたまま恐縮するイングリット、彼女の持つ長く美しい銀髪が床に華のように広がっている。


「イングリットは一昨年に行われた馬上槍試合で優勝したんです。それで軽騎兵隊から父上直属の重装騎兵隊に転属になったのですよ。わたくしがお父様に騎馬術を教えて欲しいとお願いしたら丁度転属したばかりのイングリットを講師につけて頂いたのです」

「そういえばお義姉ちゃんは馬上槍も得意って言ってたよね」

「ええ、わたくしは武器の中では馬上槍が一番得意です。イングリットは軽騎兵出身なので騎射も長槍も教わりました」

「ヘレーネは騎馬術はどう?」

「以前所属していた衛門府で一通りの訓練は受けております」

「じゃあ今度の訓練は二人とも参加しよう。クララ、近衛は専用の馬が与えられるんだっけ?」

「はい、後程二人を連れて近衛専用の厩舎でそれぞれ好きな馬を選んで頂く予定です」

「そっか、じゃあ馬具も調整する必要ありそうだし、城下から帰ってきたら二人とも馬を選んできてね」

「ご配慮感謝いたします」

「ありがとうございます」

「ではみなさん街へ出るための変装をしてきましょう!」


 ご機嫌なリーザがノリノリで号令をかける。
 レオンは大体予想がつくけどねと無表情だ。
 勿論この後、リーザにふんすふんすとお着替えされた。





 やっぱりね、とレオンは集合場所である訓練場に集まった護衛連中を眺める。
 ちなみに専属侍女二人はいつもの女官服だ。
 隠す気すらない。
 勿論レオンもリーザも護衛とお揃いだ。
 皮鎧に長剣である。


「で、これってやっぱりカールの提案なの?」

「やはり冒険者というのは一般的ですからね」

「どこの世界だ」

「レオンどうですか? お義姉ちゃん似合ってますか?」


 リーザは先程からずっとご機嫌だ。


「お義姉ちゃんは可愛いから何を着ても似合うよ」

「も、もう! レオンったら! お義姉ちゃんをからかってはいけませんよ!」

「姫様、お似合いですよ!」

「イングリット、ありがとう存じます。イングリットもお似合いですよ」

「姫様ありがとうございます」

「ありがとう存じます、ですよイングリット。これからは貴族として淑女の振舞いも少しずつ覚えなくてはいけませんね」

「頑張ります」


 この恰好で貴族の振舞いってどうなのとは突っ込まないレオン。
 彼はシスコンなのだ。
 お義姉ちゃんを否定する事はシスコンのレオンにとっては自身を否定する行為なのだ。


「よし、お義姉ちゃん行こう」

「ええレオン! エスコートをお願いいたしますね!」





「昼にはまだちょっと早いからまずは市場かなぁ」

「ルーヴェンブルクは流石に王都ですね」

「林檎があると良いね、お義姉ちゃん」

「檸檬も欲しいですね」

「姫様、旬を外れておりますので難しいかと」

「フリーデリーケ、諦めずに探してみましょう、種類が違えば売っているものもあるかもしれません」

「そうですね、砂糖で煮詰めた加工品や干した物ならばあるかもしれません」

「そうです! それです! それならあるかもしれませんね!」

「あーそうだね、加工品なら多分あると思うよ。父上の予算で大量に買おう」


 午前中ではあるが昼に近い事もあり、すでに店じまいをしてる様子の出店も多く市場は人が疎らだ。
 それでも様々な品を扱う店を眺めつつリーザはレオンとつないだ手をぶんぶんと振ってご機嫌だ。


「あ、あったよお義姉ちゃん、干し林檎だけどあったよ!」

「まぁ! レオンありがとう存じます! どうですかフリーデリーケ、お菓子に使えますか?」

「はい、問題ありません。薄切りですのでいつものアプフェルシュトゥルーデルとは違い、食感がかなり変わりますが近いものは作れるかと。アプフェルクーヘンやアプフェルシュトロイゼルクーヘンなども美味しいですよ」

「じゃあ買おうか。おばちゃーんこの干し林檎あるだけ全部下さい」

「あらまぁレオン様じゃないかい」

「あれ? 酒場のおばちゃん?」

「そうだよ、うちの店は夕方からだからね、朝はこっちで店を出してるのさ。で、手をつないでるのはあれかい? 噂の姫様かい?」

「一応聞くけどどんな噂なの?」

「レオン様の婚約者じゃないのかい? これで国も安泰だってみんな噂してるよ。姫様は噂以上に別嬪さんだねぇ」

「そんな、おばさま......婚約者だなんて」

「あ、そうだった干し林檎だね、在庫はこれだけしか無いけど、この国の林檎を使ってるから味は保証付きだよ。あ、クララちゃん、これ毒見分ね」


 どうも、と差し出された皿から干し林檎を一片食べるクララ。問題無いのを確認すると、おいくらですかと自然と会計まで済ませてる。そして干し林檎が詰まった箱をいつの間にか現れた侍女が運んで行った。


「もう隠す気無いな、この国の人たち」

「姫様、あっ姫様って呼んじゃまずかったかい?」

「いいえ、大丈夫ですよ。お好きに呼んで下さい。こ、婚約者でも一向に構いません!」

「リーザちゃんでもいいのかい?」

「ええ、大丈夫です。もちろん婚約者でも構いませんよ!」

「リーザちゃん、これ最近仕入れるようになった、サクランボのマルメラーデなんだよ。形が崩れないように丁寧に作られたものでね、その分値段は張るけどかなり良い物なのさ。お試しで一瓶あげるから食べてみてくれないかい?」

「おばさまありがとう存じます。フリーデリーケ、サクランボのお菓子をお願いしますね」

「かしこまりました」

「美味しかったらお城でも使っとくれよ。フリーデリーケちゃんはリーザちゃんの専属侍女かい? これしか無いからあとで毒見しておいとくれよ」

「お城って言っちゃったよ」


 フリーデリーケが店主から片手では持てない大きさの瓶を受け取る。
 瓶の中には形を保ったままのサクランボが詰まっていた。


「ありがとう存じます。おばさま。大切に使わせていただきます」

「リーザちゃんもフリーデリーケちゃんも、おばさまなんてあたしにゃ似合わないんだから、レオン様みたいにおばちゃんと呼んでおくれよ」

「わかりましたおばちゃん!」





 婚約者と言われてリーザは超ご機嫌だ。
 むふーむふーと鼻息が荒い。


「お義姉ちゃん林檎見つかって良かったね」

「はい! これでまたフリーデリーケの林檎を使ったお菓子を食べられます!」

「でもあちこち探したけどあのおばちゃんの店以外に見つからなかったのは残念だね」

「とりあえず買えた分だけでもしばらくは持ちますし、おばちゃんも探してくれるって仰ってくれましたしね」

「檸檬は無かったなぁ、乾燥させた蜜柑の皮や蜜柑のマルメラーデはあったんだけど」

「檸檬の苗木を持ち込んで、今フリーデリーケが育ててますけれど、実を付けるのはまだ先ですからねぇ」

「まぁ一応おばちゃんに頼んでおいたし気長に待つよ。それよりお昼過ぎたちゃったしお義姉ちゃんどうする? 屋台を色々巡って買い食いするか、どこか食事できるお店に入るかって感じだけど」

「買い食い! あの歩いて食べるっていうあの買い食いですか!?」

「そうそう、いろんな種類があって楽しいよ」

「じゃあそれにします! レオン、エスコートをお願いしますね」

「うん、任せてよ」





『あ、レオン様! 串焼き食べてってよ!』
『キャー! お姫様可愛いー!』
『婚約者同士で仲良く手をつないで散歩なんで微笑ましいのう』
『リーザさまー! キャー! キャー! お人形みたいー!』
『あの黒髪の長身美女って武科挙で優勝した娘じゃね?』
『レオン様ーこの前はありがとうねー』
『美少女が皮鎧に長剣って意外に良いな! 意味は全くわからんけど!』


 中央通りに出ると民衆がレオンとリーザ一行をやや遠巻きにしてやいのやいのと声を掛けている。
 レオンのお忍び行脚を初めて体験する近衛の二人はもう何が何だか分からない状態だ。
 全然忍んでない。
 リーザは既に適応して、歓声に手を振って応えている。
 手を振るたびに歓声が上がり、更に観衆が沸くという悪循環だ。


「レオンは国民の皆様に人気があるのですね! 流石私の、こ、こここん、義弟ですね!」

「お義姉ちゃん......あまり周りの声は気にしない方が良いよ」

「き、気にしてなんていませんよ!」


 といいつつもご機嫌な笑顔で歓声に応えて手を振るリーザ。


『リーザさまーこっち見てー! キャーこっち見たー! 手を振ってるーかわいいー!』
『リーザさまー! リーザさまー! こっちにもー!』


「お義姉ちゃん、ここの屋台の鶏肉と野菜を挟んだパンが美味しいんだよ」

「レオンは本当に鶏肉が好きなんですね! 是非食べましょう!」

「おっちゃん、いつものを人数分ね」

「おっレオン様、いつもありがとうな! はいまずクララさんに毒見分ね」

「流石レオンの行きつけですね、手慣れてて仕事が早いです!」

「お、嬢ちゃんひょっとして噂のリーザ姫さんかい?」

「はい! よろしくおねがい致しますね!」

「いやー可愛いねーレオン様とお似合いだねぇ!」

「まぁ! お上手ですねおじさまったら!」

「よしよし、おまけしておくからな。はいよ、まずはリーザ姫さんにレオン様の分だ」

「ありがとう存じます」

「ありがとうおっちゃん。お、いつもより具だくさんだ」

「今日は客をいっぱい連れてきてくれたしな!」


 レオンががぶっと豪快にかぶりつくのを見て、リーザは少し躊躇しながらも、かぷっと可愛くかぶりつく。


「うん、やっぱこれだよなぁ」

「わあ! すごく美味しいですおじさま!」

「おっ! 嬉しいねぇご贔屓にしてくれよ!」

「もちろんです! レオンとまた来ますね!」

「はいそっちの綺麗な嬢ちゃんたちも」


 手慣れた店主は、ほいほいっと残りの分を次々と手渡していく。


「「あ、ありがとう存じます」」


 近衛の二人はさっきからもう思考停止状態だ。
 食べても良いのですか? と代金を支払ってるクララを見ると、コクコク頷いてる。
 がっつり食べながら。
 というかフリーデリーケもカール他護衛隊士たちもすでにかぶりついている。
 少し疑問に思いつつも、二人は手にした鶏サンドにかぶりつく。


「あ、美味しい」

「本当美味しいですね、これ」


『レオンさまー! こっち見てー!』
『キャー! リーザ様の食べてる姿が小動物みたいで可愛いー!』
『うちの子もリーザ様みたいに器量が良ければねぇ』
『お、レオン様! うちの店にも寄ってってよ!』
『姫さまー! 姫さまー!』
『なんか今日は美人いっぱい連れてるなレオン様。よっ! 色男! 次期王様!』


「兵衛府の連中は何をしてるんだろう」

「レオンどうしたのですか? あっ口元にマスタードがついてますよ。お義姉ちゃんが拭いてあげますね」


『キャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!』
『レオン様見せつけてくれるねぇ!』
『キャー! キャー! キャー!』


 ルーヴェンブルクは今日も平和でした。
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