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第三章 ヘタレ勇者

第十二話 暴動のススメ

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 門を抜け、てくてくと町中を冒険者ギルドに向かって歩いていく。
 顔見知りと出会うたびに、「もう三人目かよ」「シルヴィアと申します! よろしくお願い致します!」のやり取りをしてて頭が痛い。
 エリナも特に異論をはさむことなく、俺の腕にしがみついたままにこにこ笑っている。

 冒険者ギルドの入口にカートに乗せたダッシュエミューをマジックボックスから出させて中に入る。


「「こんにちは!」」

「わっすー」

「いらっしゃいませ、トーマさんとハーレムの方々」

「そういう括り方はやめろ。入口に凍ったままのダッシュエミューがカートに乗せて置いてあるから、回収と査定を頼む」

「かしこまりました。査定終了まで少々お待ちください」

「いつものように掲示板でも見てるよ」

「十分ほどで終わりますので、終わりましたら声を掛けますね」

「頼む」


 掲示板を見ると、貨幣輸送馬車の依頼があった。
 もうそんな時期なんだなーと感慨深く思ってると


「トーマ様、この輸送馬車の護衛任務ですが」


 ポンコツが周囲に人がいないのを確認しながら、少し声を押さえて話しかけてくる。


「そうだ。これが間引き依頼の一つだ」

「しかしこんなに怪しい依頼に引っかかるのですか? 貨幣造幣ギルドはこの町には存在しませんよ?」

「引っかかるから二、三ヶ月に一回程度の間隔で間引いてるんだと」

「なるほど、公共事業としては問題は無さそうですね」

「どれだけコストをかけてるかにもよるが、治安維持には有効だろうな」


 エリナの頭をなでながら答える。「えへへ!」と上半身にしがみついてくる嫁を軽く抱きしめて他の依頼を見るが、他に美味しい依頼は無さそうだ。


「トーマ様お待たせいたしました」


 事務員に呼ばれ、無事換金が終わった俺達は、夕食の買い物をしつつ孤児院へと向かう。
 昼飯を外で食うのは良いけど、ミコトに忘れられちゃうのは嫌だなーなどと考えながらてくてくと歩いていく。





 歩いて五分ほどで孤児院が見えてくるが、その孤児院の前にどことなくポンコツに似た風貌の女が、二人の同年代の女性を控えて立っていた。
 その女はやや赤みがかった栗色のゆるやかなウェーブの長髪をした上品な顔立ちの女で、胸部装甲のサイズはポンコツより大きいだろう。


「トーマ様、あれはわたくしの姉です」

「お前の? という事は領主家の?」

「はい。長女ですが、その上に兄がいますので継承権としては二位になりますね。わたくしはその次です」

「あれなの? お前を連れ戻しに来たとか、領主家に反発的な俺を処分しに来たとか?」


 エリナをぎゅっと抱きしめて足を止める。


「大丈夫だよお兄ちゃん! 何があっても私がお兄ちゃんを守るから!」

「アホか、大事な嫁は俺が守るんだよ」

「お兄ちゃん......大好き!」

「いえあの、トーマ様、エリナ様。クレア様の魔法講師として私が呼んだのです」

「ああ、全属性で特に白魔法が得意とかって言ってた」

「はい。姉は王都にある魔導士協会で研究員として籍を置いてますので、魔力の励起などの技術を教えるのは得意かと」

「魔導士協会ってどこかで聞いたことあるな」

「お兄ちゃん、最初私たちに魔法を教えてくれたおじいちゃんのいる所じゃなかったっけ?」

「そういえばそんなことを言ってたな。じゃあ大丈夫かな」

「ええ、トーマ様に危害を加えるどころか、わたくしが姉にトーマ様の事をお話したらかなり興味を持ったようで」

「一応聞くけどなんて言ったの?」

「わたくしの命の恩人で、この国の現状を憂いている英雄だとお話ししましたが?」

「眼科行け、いやエリナこいつを治癒してやってくれ」

「エリナ様も平民出身でありながら十六歳という若さでメギドアローを使いこなし、また、夫であるトーマ様の理念に共感している聖女だとお話しましたが」

「お兄ちゃんシルヴィアさんに治癒の必要は無いよ!」

「わかってたけど俺の嫁ってチョロいなー」


 もう駄目だこいつら。と諦めてポンコツの姉の元へ向かう。
 クレアの為だ、我慢しよう。


「トーマ様、エリナ様でいらっしゃいますね? わたくし、シルヴィアの姉のクリスティアーネ・グライスナーと申します。救国の英雄並びに聖女様にお会いできて光栄に存じます。以後お見知り置きくださいませ」


 そういうと、クリスティアーネと名乗った女は、スカートの両端を少し持ち上げて優雅に挨拶をする。
 カーテシーって言ったっけ?
 武人と貴族令嬢が混じったポンコツとは違って、ドラマで見た貴族令嬢そのままのイメージだな。


「クリスティアーネさんですね! エリナ・クズリューと言います! お兄ちゃんの奥さんです! よろしくお願いします!」


 こんなすごい美女に聖女と言われて超絶ご機嫌なエリナが興奮状態で挨拶を返す。
 まあ気持ちはわからんでもないし、俺にとってエリナは聖女も同然だしな。


「エリナ様、ご丁寧にありがとう存じます。よろしくお願いいたしますわね」

「あー、英雄というのはやめて欲しいんだが」

「では勇者様とお呼びすればいいのでしょうか? <転移者>の方々は勇者という職業名に特別な思いがあると聞いたことがございます。ただしこちらの世界の感覚ですと勇気ある者という呼称が何故職業として成立するのかよくわかりませんし、これといった特別な響きは感じませんけれども。あえて呼称するならば勇士とかが一般的でしょうか」

「その辺は俺も無いし、勇者なんて恥ずかしい呼び方もやめてくれ。トーマと呼び捨てにしてくれていい」

「仰せとあらば大変恐縮ではございますがその通りにさせて頂きます。ですが妹の命を救っていただいたのは事実ですし、そのせいで両腕を失う重傷を負われたとか」

「その分はぽん、お前さんの妹に十二分に補填して貰って却って申し訳ない位なんで、気にしないでくれ」

「トーマ様、ポンコツで構いません。異世界の書籍でその意味は把握しております。事実その通りですし、薄っぺらい正義感に囚われて騎士団に入団するような浅はかな妹で恥ずかしい位です」

「姉上!」

「そうでしょう? トーマ様のお陰でやっと自分のやっていることが無駄だと理解できた位ですから」

「うう......」

「トーマ様にはこの不出来な妹を救済頂いたご恩義もございますので、わたくし共々如何様にもお使いくださいませ」

「いやいや、ポンコツは別としても何故あんたまで俺がこき使わなきゃならんのだ」

「ですがこの国を滅ぼすのでしょう?」

「は?」

「申し訳ございません、性急に過ぎました。まずは領主である我が父と後継者である兄の首級を挙げ、城門に晒しましょう」

「何言ってんのお前?」

「まずはこのファルケンブルク伯領を掌握するのが先ですからね」

「いやいやいや、なんでそうなるんだ」

「はい? トーマ様はこの町、そしてゆくゆくはこの国を改革されるのですよね? わたくしはそのお志に共感いたしました。是非お力添えをさせて頂きたく存じます」

「そこまでの事は考えてないし、仮に改革を促すとしても何故いきなり領主に暴動を起こさなきゃならんのだ」

「いいえトーマ様、これは暴動ではございません。革命でございます」

「うるせー」

「姉上、トーマ様の仰せられる通りです。まずはわたくしがトーマ様に嫁入り致します。その後トーマ様には領主一族として改革に辣腕を振るっていただく予定ですから」

「そんな話初めて聞いたし、そもそも結婚しないって言ってるだろ」

「シルヴィアは相変わらず頭がお花畑なのですね。あの頭が固くて意志薄弱なお父様とボンクラのお兄様がトーマ様のお話をまともに理解できる訳がないでしょう?」

「いいえ、誠心誠意説得すれば理解してくれるはずです」

「甘いですわね。そのような柔軟な頭があるのでしたら暗殺ギルドや盗賊ギルド、冒険者ギルドなどに援助金など出すはずがありませんわ」

「それは......」

「お前領主家の人間とは思えない位に素晴らしく優秀なんだな。よし、どういう計画だ。計画次第じゃその話に乗っても良いぞ」

「流石トーマ様。ではわたくしの考えた計画をお話しさせていただきます」

「おう」

「城に乗り込んで領主である我が父と後継者である兄を殺します。しかるのちにわたくしの夫となり、このファルケンブルク伯領を掌握します。その後周辺の諸侯領を併合してラインブルク王国を滅ぼします。いかがでしょうか?」

「いかがでしょうかじゃねー! ガバガバじゃねーか!」

「どのあたりがでしょうか? たしかに兵力の計算はある程度の希望的観測に基づいているかもしれませんが」

「兵力の数なんか出てきてないだろうが! 最初からガバガバだわ!」

「そうですよ姉上! 私がトーマ様に嫁ぐのですからその計画は成立しません! そんな過激な性格だから二十二歳になっても恋人の一人も出来ないのですよ姉上!」

「......シルヴィア? 今なんとおっしゃいまして?」

「良い機会です。姉上にはしっかりと御自身に問題がある事を理解していただきます」


 領主家の姉妹がお互いに戦闘体勢に入る。
 見た目は二人とも美人だし、着てる服は清楚なのに雰囲気はもうチンピラのそれだ。
 妹の方なんか抜刀しやがった。
 姉についてた侍女みたいなのは防御魔法だかを周囲に張り巡らしているようだ。
 侍女たちはかなり手慣れているし、よくある事みたいだな。 


「なんだただの駄目姉妹か。やっぱりここの領主一族って馬鹿だらけなんだな。よしエリナ中に入ろう、そのあとに塩撒いておけ塩」

「よくわかんないけどわかった! お塩もったいないけど!」

「変な奴が孤児院に来ないようにするおまじないみたいなもんだからケチったら駄目だぞ」

「はーい!」


 ったくどうしようもねーな、領主一家は。
 やっぱりいっそのこと滅ぼした方が良いんじゃねーのか? と思いながらバタンと孤児院の扉を閉めると、出迎えに来たガキんちょどもが「なになにーどうしたのーしゅらばー?」とか言い出しやがった。
 教育にも悪いのなあいつら。


「はいはい、頭のおかしい大人は放って置いておやつにするか。ラスクあるぞラスク」

「わーい、らすくすきー」

「ミリィはそればっかだな」

「おにーさんもすきだよー?」

「はいはい、ありがとな。大量にあるけど晩飯に影響しないように気を付けて食えよ。余ったら預かった子らへのお土産にするんだからな」

「はーい!」

「返事だけは最高なんだよなー」


 着替えた後、台所から大量のラスクの入った器を数個エリナと持って行き、ガキんちょどもに提供する。
 預かった子らもバリバリ遠慮なしに食べている。
 大分慣れたみたいだな。もう孤児院のメンバーと変わらん。
 ミコトも普通ににーちゃねーちゃと懐いてるし、可愛がってもくれてるし。
 数日後には託児所のリフォームも終わるし、そろそろ受け入れ準備をするか。
 何人か預かってくれないかと貧困家庭からの申し出も婆さんにきてるみたいだしな。

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