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第一章 新しい世界

第一話 孤児院

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「くっそ、あのアマめ」


 いや、あの女の文句よりもまずは現状の確認をしよう。ここは森の中だ。はい終わり。
 くっそ、町や村の近くって言っただろあのアマ!
 魔物とやらがいるって言ってたし、街道なり人をまず見つけないと。貧乏ゆえのサバイバル知識はあるつもりだったけど、森の中でどうすれば良いのかなんて知識は学校ですら教わってない。

 <転移>前と同じ初夏なのか少し蒸し暑い。スーツの上着を脱いで肩にかけ、ネクタイも取って鞄に突っ込む。
 食料と飲み物は養護施設の近くの百円ショップで半額のシールが貼られていた菓子パン二個と、二本で百円だった五百ミリリットルのペットボトルの、聞いた事も無いようなメーカーのスポーツドリンク二本のみ。これで軽減税率もあって税込み二百十六円。

 パリで椅子とテーブルがある店でランチなんか食べようとしたら、二千円以上は余裕でかかるぞとか言ってた同級生が居たけど、日本って食べ物が異様に安く買えるんだよな。
 牛丼だってあと百円ちょっと足せば座って食べられるし。この世界も物価が安ければ良いんだけど。

 あと持ち込んだ荷物の中にあるスマホには、オフラインでも使える無料版の百科事典アプリが入ってる。コンビニの無料WiFiでちまちま落とした俺の財産だ。
 太陽光充電可能なモバイルバッテリーも鞄に入っているが、どちらも安物だし、壊れる前に使えそうな部分だけでも書き写さないと。
 百科事典に森の歩き方なんか書いてあるかな? まあバッテリーが勿体ないからシャットダウンしておこう。
 スラックスのポケットをまさぐるとハンカチと金属片の感触が。取り出してみると金貨やらの硬貨が入っていた。


 <誰か......助けて......>


 ん? 今声が聞こえなかったか? 硬貨をポケットに戻し、声のしたあたりを注視する。


「誰かいるのかー?」


 <助けてください、腰が......>


 人の声だ。あっちか?


「どこだー?」


 <ここです......草の中に......>


 ガサガサと音がする方に行ってみると、人が倒れていた。


「大丈夫か!」

「はい......腰が痛い事以外は」

「少しでも動けるか? 俺が背負ってやる」

 
 俺は近くにしゃがみ込み、上半身を起こすと背中に背負う。白髪の女性で、身長が百七十五センチの俺と比較すると、百六十センチ弱くらいで歳は六十歳くらいか? 随分痩せてて軽い。


「いたたたた」


 背負った時の姿勢が悪かったのか、婆さんが痛がったので体を少しゆすって姿勢を変えてみる。


「おっと、すまん。これで大丈夫か?」

「ええ、すみません。この体勢なら大丈夫です」

「そっか、どっちへ行けばいい? 俺はこの辺りに詳しくないんだ」

「あちらに向かってください。すぐに街道に出るはずです」

「わかった。しかし婆さん、なんで一人でこんなところにいるんだ? 魔物って奴も出るんだろ?」

「この森には薬草を取りに来たのです。あとこの森にはめったに魔物は出ませんから、それほど危険でもないのです」

「薬草か、必要なものは手に入れたのか?」

「......いえ、まだ」

「じゃあ戻ろう。手伝うよ」

「いえ、そんな悪いですよ」

「いや、わざわざ森に入るほど必要なものなんだろ? いいよ、暇だし手伝うよ」

「......ありがとうございます。では戻って貰っていいですか?」

「ああ、任せろ」


 来た道を再び戻る。婆さんを助けた場所より更に奥に行くと、婆さんが声を出す。


「このあたりに良く自生してるんです」

「形は?」

「あれです」


 婆さんは近くの茂みを指さす。


「あれ? これヨモギか?」

「よもぎ? そうですヨモギです」

「これをどれくらい集めればいいんだ?」

「三株くらい欲しいんですが......」

「わかった。婆さんはちょっとこの石に座っててくれ」


 婆さんを大きめの石に座らせると、俺はヨモギを集める。
 意外と多く自生してたこともあったし、三株じゃ多分遠慮して必要分のギリギリなんだろうな、とちょっと多めに集めてたら二十株はすぐに集まった。
 ま、これでしばらくは取りに来る必要も無くなるんじゃないか?

「こんなものかな? とりあえずこの辺りのは全部取ったけど良かったのかな?」

「取りつくしても割とすぐに生えてくるので大丈夫です」

「じゃあ戻ろうか」


 婆さんを背負って再び森の中をしばらく歩いていくと、街道に出る。


「街道を左に行ってください」

「はいよ。ところで俺は斗真と言うんだが、婆さん名前は?」

「自己紹介がまだでした。私はイザベラと申します。町で孤児院をやっております」

「なるほど、分かった。オマケってこのことかよ。あのアマ」

「はい?」

「いや、こっちの話だ。それより<転移>ってわかるか?」

「ほう、珍しいですね。トーマさんは<転移者>なのですね。たしかに黒髪ですしね。言われてみれば服装も少しこちらと違いますね」

「おっ、通じるのか。さっき<転移>して来たばかりでな、仕事どころか生活基盤が無いんだよ」

「ええ、ええ、構いませんよ。狭いですが、お仕事を見つけるまで好きなだけ居てください」

「すまない、助かるよ」

「ただ、子供だらけで少々騒がしいですけれど」

「その辺は慣れてるから大丈夫」

「以前はそういう職に?」

「いや、養護施設、孤児院育ちなんだよ」

「まぁ。ご苦労されたんですね」

「うーん、苦労とは思っていなかったけどね。それが当たり前だったから」


 ちょっとしんみりしちゃったな。
 実際大変だとは思ってなかったけど、不公平感は持ってたんだよな。


「そういえば、金を持ってるんだけど」


 とポケットからジャラリとあのアマから渡された硬貨を全て取り出して見せてみる。


「金貨と銀貨と銅貨それぞれ十枚くらいですか。金貨一枚あれば一人暮らしならば節約して一年は暮らせますよ」

「おっ、意外にも高額だった」

「最下級の兵士が国から貰う給金で銀貨十五枚程度ですからね。銅貨は千枚で銀貨一枚です。銅貨には穴が開いてるでしょう? 百枚単位で紐を通して使うのが一般的ですね。小さな買い物をする時はそのまま紐から必要枚数を引き抜いて使えますし」

「あー時代劇で見たことあるな」

「金貨と銀貨はレートによって変わるのですが、今は大体銀貨百枚で金貨一枚です」

「こちらの常識が全く無いので色々教えて貰えて助かるよ」

「いえ、私も命の恩人のお役に立てて良かったです」

「大袈裟だよ。街道からもそんなに離れてなかったし」

「いえいえ、戻るのが遅くなっても子供達が心配しますし、戻れなくなったらそれこそ子供たちが......」

「そっか、じゃあ子供たちが心配する前に帰ろう」





 婆さんを背負ったまま門の前までたどり着くと、町の門番に誰何されたが、婆さんが自分の首に下げた身分証のようなものを見せるとともに、俺の身分保証をしてくれ、入町税として銀貨一枚を支払って無事に入ることが出来た。

 商業区域の片隅にあるという孤児院を目指して歩く。
 門の近くと違って、奥に向かって進んでいくと、段々と空気が淀んだ感じになっていく。

 しばらく歩いていくと、あまり綺麗ではない建物の中でもひと際ボロボロの平屋の建物が見えてくる。
 一応石造りみたいだが、壁の一部が崩落してたり、苔むしていたりして見た目が悪い。
 こちらの文字でイザベラ孤児院とこれまたボロボロの木製の看板がかかっていた。


「アレ......かな?」

「そうですね、多分」

「いやいや、アレだろ明らかに」

「すみませんすみません、ボロ屋ですみません」

「いや別に良いんだけれども」


 入口に近づくとぶつぶつ婆さんが何か言っているが、「これで大丈夫ですので扉を開けて貰っていいですか?」と言われたので言われた通り、古いが頑丈そうな鉄の補強が入った木製の扉を開けると、ガキんちょたちが群がってくる。


「おかえりいんちょーせんせー! あれ? どうしたの! だれ?」

「いんちょーせんせーけがしたのー?」

「私は大丈夫ですよ」

「はいはいお前ら、この婆さんの部屋まで案内してくれ」

「おっちゃんだれ?」

「おっちゃんじゃないぞ、お兄さんだぞ」

「おっちゃん、いんちょーせんせーどうしたの」

「心配すんな、腰を痛めただけだよ。あとお兄さんな」

「おっちゃんこっちだよ」

「おう。あとお兄さんな」

「騒がしくてすみませんね」

「元気があって良いじゃないか。ただ痩せてる子が多いな」

「そうですね、私が至らないばかりに子供たちに苦労させてしまっています」


 茶髪の八歳くらいの男の子に案内され、入口からすぐ近くだった院長室に入り、ベッドに婆さんを寝かせる。
 院長室と言っても八畳くらいの広さに、かろうじて応接セットと呼べそうなソファーとテーブルが置かれ、ベッドとサイドテーブル、それに小さな本棚とタンス、机が置かれかなり狭い印象だ。


「どうだ?」

「ええ、だいぶ楽になりました。ありがとうございます」

「で、薬草というかヨモギを取りにあの場所に居たって事は病人がいるのか?」

「エリナという娘が寒気を訴えて寝込んでしまったのです」

「煎じ方は?」

「干した方が良いのですが時間が無いので、若い葉を十枚位細かく刻んで、二百ミリリットルの水で十分ほど煮込んだ後に、漉せば出来上がります」

「お、単位なんかも変わらないのな。上手いこと言語と込みで変換されてるのかもしれないけど。おいそこのガキんちょ、台所まで案内してくれ」

「わかったおっちゃん」

「お兄さんだっての」


 ガキんちょに案内されて早速薬草を煎じる。飲用水になる井戸も手押しポンプ付きであると言ってたし、トイレも風呂もちゃんとあるらしいし、消し壺の中に火種はあったし想像した以上には暮らしやすそうだな。
 石造りの家か、外観は酷かったけど中はそれほどでもないし綺麗にしてるっぽいし。
 小さな鍋に水と刻んだヨモギを入れ、左手首につけているチ〇カシで十分を計測して薬を煎じる。やっぱ最高だなチプ〇シは。安いし。
 その間男女十人くらいのガキんちょ共が台所に入り込み俺に付きまとう。年齢的には俺を案内してくれた茶髪のガキんちょが一番の年長であとは五歳前後ってところか。


「ねーおっちゃん、なにしてるの」


 五歳くらいの赤髪の男の子が俺のワイシャツを引っ張りながら聞いてくる。
 脱げちゃうからやめて。


「薬を作ってるんだよ。火を使ってて危ないから離れてろよ。あとお兄さんな」


 薬って言ってもハーブティーみたいなもんだけどな。
 でも漢方薬って料理に使える素材多いんだよな。


「それおいしーの?」


 四歳くらいの灰色の髪でボブカットにした女の子が俺の足にしがみつきながら話しかけてくる。


「どうかな? 香りは良いだろうけど、味はちょっと苦いかもな」

「じゃーいらなーい」


 苦いと言われて興味を失ったのかどこかへ行くガキんちょ。
 やっとうっとおしいのが居なくなったとほっとすると同時にちょっと寂しい思いもしつつ、何だかんだとガキんちょ共の相手をしてる間に十分経った。

 アラーム機能があれば便利だったんだが、アナログタイプの方が筆記試験や面接でも問題無く持ち込めて便利だったんだよな。
 特売で七百円だったし。
 百円ショップの時計を買うかと死ぬほど悩んだが、勇気を出してチプカ〇を買って良かった。
 百円ショップで電池と交換工具買えば長く使えるという事に思い付いた俺万歳。
 そういや鞄に入れっぱなしだったな、二個入りの電池と交換用工具。異世界でも後十年は時間を確認するのに困らないんじゃないか? 九百円でこれだぞ。凄い。
 などとアホな事を考えながら薬を漉していたら薬というかハーブティーが出来上がった。


「よし、ガキんちょ、エリナとかいう娘の場所に案内しろ」

「わかったよ兄ちゃん」

「お兄さんだよ。あれ? お前実は良い子だろ」

「兄ちゃん良い奴っぽいからな」

「まぁ婆さんには助けられたからな」

「この部屋だぜ兄ちゃん。エリナ姉ちゃーん、はいるぜー」


 ガキんちょが扉を開けて俺を中に誘導する。
 三畳くらいだろうか? ベッドに小さな机と椅子、タンスくらいしか家具は無いが既に手狭だ。
 窓はあるが院長室のように鎧戸で、ガラス窓ではないせいか、部屋の中が酷く暗い。壁にかけられたランプがうっすらとわずかな光を放っている。


「......アラン、その人は?」

「変なかっこうした兄ちゃん」


 上半身を起こして誰何するその少女は、ランプの僅かな光を受けて光り輝く、腰まで届く長い金髪を持つ少女だった。歳は十二歳くらいだろうか?
 後をついて回ってるガキんちょ共は、寝込んでしまったエリナに遠慮してるのか部屋には入ってこない。こういうところはちゃんと躾けられてるんだな。


「......斗真と言う。婆さん、院長先生が森で薬草採取してる時に出会ってな、代わりに薬草を煎じて持ってきた」

「院長先生の代わり? 院長先生はどうしたんですか?」

「心配しなくていい。少し腰を痛めてな。今は自室のベッドで休んでるよ」

「そうですか。トーマさんが院長先生を助けてくれたんですね」

「まぁこちらも助けてもらったしな。これもその恩返しの一部だ。さぁこれを」


 ベッドの横に膝をつき目線を合わせ、煎じた薬を飲ませる。近づいて良く見ると、エメラルドのような緑の瞳を持つ驚くほどの美少女だ。
 それにやはり他の子ども同様に痩せており、暗いから良くわからないが顔色も良くなさそうだ、またこういう不幸な子供がいる世界なのか、と少しイラついてしまう自分がいた。


「こくっこくっ......ありがとうございます」

「いや、それよりも症状について聞かせてくれるか?」

「朝から寒気がして、少しめまいもしてたんです。掃除をしてたら倒れてしまってそれで」

 
 これ栄養失調や脱水症状かなんかじゃないのか? 明らかに糖分やら塩分やら栄養やらが足りてないだろ......。
 細い手を取ると、少し汗ばんでもおかしくない室温なのに少し冷たい。おでこに手を当てても同様だった。
 スマホに百科事典と一緒に家庭の医学的なものもダウンロードしてあるけど、まぁまずは飯食わせて様子を見るか。


「わかったちょっと待ってろ」


 院長室に置きっぱなしだった俺の鞄を取りに行くついでに、ちょっとイラついているのが出てしまったのか、ノックが少し乱暴になってしまい、中にいる婆さんから少し驚いたような返事がした。
 部屋に入り、自分のカバンを回収すると同時に、婆さんに聞いてみる。


「なぁ婆さん。さっきも少し話したが、孤児院の連中の食事って足りているのか?」

「いえ......十分とは言えません。国からある程度の運営資金と、孤児院出身者や市井の皆さまから寄付などを頂いているのですが」

「金貨を何枚か渡せば足りるか?」

「トーマさんから頂くわけには......」

「いやー、あのアマの事だから多分渡す前提で持たされたと思うぞ。とにかく仕事を探しながらここの運営もなんとか考えるよ。癪だけどしばらくはあのアマから貰った金でなんとかするしかないがな」

「いえほんとにそんな。トーマさんの為に使ってください」

「俺も孤児院出身って言っただろ。そのままはいそうですかでお別れなんてのは寝覚めが悪いんだよ。国からの支援や寄付もある程度は期待できるんだろ? ならどうにでもなるさ」

「申し訳ございません。ありがとうございます。ありがとうございます」

「やめてくれって。しばらくここに住まわせて貰うんだし、宿賃みたいなものと思ってくれれば良いから」

「それでもありがとうございます......」

「はいはい、もうやめやめ。あの娘は自分の食事をガキんちょにでも分けたりしてたんじゃないのか? とりあえず手持ちの食い物やらを食べさせるけど、後でガキんちょ共に飯を作らないとな」

「エリナは優しい子ですから......」

「あと市場で食材を買いたいんだが、ガキんちょ一人を借りても良いか? あと何か気を付ける事とかあれば聞いておきたいんだが」

「先程この部屋にいたアランという子なら市場の場所も相場も大体わかりますのでその子と一緒であれば大丈夫かと」

「わかった。あとは任せてゆっくり静養してくれ。ガキんちょが心配するからな」


 鞄を持ってエリナという娘の部屋に戻る。あの茶髪のガキんちょはすでに居ないようだ。


「さぁこれを飲め。ゆっくりな」


 スポドリのキャップを取って娘に渡す。


「これは珍しい入れ物ですね。ガラスでもないし」

「まぁその辺は気にしないで良い。っていうかガラスはあるんだな」

「はい......こくっ......あっすごく甘い......」

「全部飲んでいいからな。他のガキには別にちゃんと食い物食わせてやるから、飲ませないで自分でちゃんと飲むんだぞ」

「どうして......」

「まぁわかるさ。見たところガキんちょの中じゃ一番の年長だろ? ガキんちょを甘やかすのも良いけど、まずは自分を大切にしろ。まぁ気持ちはわからんでもないけどな。でもお前が倒れちゃ本末転倒だ」

「はい......」

「んで次はこれ。メロンパンとクリームパンだ」

「わぁ、白くて綺麗なパンとつやつやで綺麗なパンですね」

「これも全部食うように。白いのがメロンパンな」


 まずはメロンパンを袋から取り出して渡す。


「これも甘い......」

「甘い飲み物に甘い食い物って俺は駄目なんだけどな。まぁ安かったからしょうがない」

「すごく美味しい......めろんって美味しいんですね」

「味じゃなくてメロンっていう果物の見た目のパンなんだよ。いや、一年草だから果物じゃなくて野菜なんだっけ? ま、ゆっくり飲み食いしろよ。急に腹に入れると体がびっくりしちゃうからな」

「はい。ありがとうございますトーマさん」

「トーマさんなんて畏まらなくても良いぞ。まだお前も子供だろ。お兄さんで良いぞお兄さんで。決しておっちゃんじゃないからな」

「私はもう子供じゃないです」

「腹減って倒れるようじゃまだまだ子供だよ」

「うっ......」


 もしゃもしゃとつつましい咀嚼音が狭い部屋で響く。メロンパンを食べきったので、次はクリームパンの袋を破って中身を渡す。


「うわぁ、中の甘いのがすごく美味しいです! それにふわふわでとても柔らかいです!」


 クリームパンを食べて驚いている。そうか、甘い物って貴重なのか。総菜パンじゃなくてかえってよかったかもな。にこにこと笑顔でほおばっている姿を見て、コロッケパンや焼きそばパンに半額シールが貼られて無くて良かったなと思う。あとお茶じゃなくてスポドリを選んで正解だったな。


「よし、全部食ったな。俺はガキんちょ共の飯を作るために食材を買ってくるから、お前は大人しく寝ておけよ。あともう一本のスポドリもゆっくりでいいから全部飲むように。キャップの開け方は解るか? 一応開けておいてやるから閉める時はキャップを回して閉めるんだぞ」

「エリナです......」

「ん?」

「お前じゃなくてエリナだよ。お兄ちゃん」

「そか。エリナは大人しく寝てるように」

「わかった。お兄ちゃん」

「ん。行ってくる」

「いってらっしゃいお兄ちゃん」


 部屋を出る時にお兄ちゃんありがとうと聞こえたが、片手をあげて返事代わりだ。どうにも感謝されるというのは慣れないな。


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