このやってられない世界で

みなせ

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 チカチカ、チカチカ。

 何をするのも嫌で、テーブルの上のブレスレットが光るのただ眺める。
 思い出したくないとか、考えたくないとか、どうしよう、どうしようってうじうじ考えている間に、昨日連絡した時間よりずいぶん遅くなってまった。
 だけど、体中が嫌だ嫌だっていっていて、どうしてもブレスレットに触れない。
 何か気分が上がって、勢いが付くようなことがあればいいけど……今日は無理そうだ。

「もう、やだ。面倒くさい」

 とは言っても、そろそろ引き延ばしも限界だろう。
 赤い石だけじゃなく、緑の石までちかちか点滅し始めた。

「しょうがないなぁ」

 諦めと気合を込めて、大きく息を吐いて赤い石に触る。
 すっと抜けていく魔力と共に、向こうの音が聞こえてくる。
 こないだと同じような人のざわめきが遠ざかって、やがて静かになった。

 そして聞こえるカークの声。

【……キーラ?】
「うん……遅くなってごめん。今、大丈夫?」

 一応謝ったけど、答えが無い。と思ったら、

【キーラ? ……キーラだよね? 声が聞こえない】

 だって。ブレスレットを見れば赤い石だけが光ってる。

「ごめん。青い石に触ってなかったみたい。聞こえる?」
【あぁ、聞こえる。よかった、今度は声も聞かせてくれなくなったのかと思った】
「……そんなことしないよ」

 そんなことするくらいなら、最初から連絡しない

「今、見せたくないのは外見だから……声はただ単に忘れただけ」
【そっか。よかった……いや、良くないのか? あれ】
「それで、昨日の話だけど、何か分かった?」
【それが……よく分からなかった】
「よく分からないって、ラスボスが誰かってだけだよ?」
【そうなんだが、どの予言も闇の存在としかないんだ。リーナと私たちが協力して闇を払う、としか】

 そう言えば、お母様のノートにも闇の存在ってしか書いてなかった。
 私のゲームの記憶でもそうだ。
 リーナが聖なる力を覚醒して、闇を払う。
 この世界には、聖女も、聖なる力も、闇もないって言うのに。
 闇の存在……闇を払う……闇ってなんだろう?
 あの黒い煙は、デリックに、ミランダに、そしてアーサーにとりついて、ピーちゃんはちょっと違うけど……操った。

 キーラはデリックに殴られそうになって、悪役になる。
 デリックの腕にまとわりついていた黒い煙が、キーラにとりついてキーラが悪役になるなら、やっぱりあの煙が闇ってことなんだろうか?

「カーク、もしかして、ラスボスっていないのかも」
【キーラ? どういうことだい?】
「なんとなくキーラが悪役になるから、同じように誰かがラスボスになるんだって思ってたけど、あの黒い煙そのものが闇の存在ってことなら、ラスボスに誰の名前もなくて、リーナが聖なる力で払える、ってなるんじゃないかなって……」

 あ、でも、あの黒い煙が見えるのがゲームの登場人物だけだったら、お父さんはどうしてあの煙が見えたんだろう。

【誰もラスボスにならない、か……闇の存在そのものがラスボスってことだな】
「うん」
【そうか……なら、その煙についてもっと調べればいいってことだな】
「そう言う事になるのかな? でもどうやって調べるの?」
【とりあえずミランダ嬢の持ちこんだ石を調べてみるよ】
「あ、魔法陣がでたやつ?」
【あぁ、それから……ピーちゃんか】
「え」
【ピーちゃん、あの煙を食べたんだろう?】
「そ、そうだけど」

 ラスボスの話からそんなことになるとは思わなかった。

【ピーちゃんをこちらに連れて来て欲しい】
「……えっと、それはちょっと……」
【キーラだってそろそろ帰るつもりだったろう? 約束したよね。すぐ帰るって】
「そうだけど……今はまだ…・・」

 帰りたくない、と続けようとしたけど、言葉に詰まる。
 なんで急に約束したなんて言うんだろう。
 確かに約束したけど、あの時はまだ。

【なんで?】
「今はまだ戦争してるんでしょ。怖いよ」
【……そっか、この間もそう言っていたね……でも、我慢できない】

 今度は何が?

【声は聞こえるけど、顔を見せてくれないし。もっと近くで声が聞きたい。触りたい。キスしたい。もう我慢できない。それに……】

 まだあるの?

【キーラが悩んでるのに、側にいられないのが辛い】
「悩んで、ないよ」
【嘘だ。だって声がいつもと違う】
「そんなの分かるわけないよ」
【分かるよ。私はいつだってキーラの事を考えてる。だから、分かるよ】

 カークの声が少しずつ小さくなる。
 通信が切れそうなのか、本人が小さくしてるのか。

「……少し、考えさせて」

 どう言っていいか分からなくて、とりあえずそう返すとカークはすこしほっとしたように息をついた。そして言った。

【わかった。キーラ、もし帰ってこれないなら、迎えに行くよ】

 って。



――――キーラ、帰れなくなったら、迎えに行く。



 頭の中で、フォルナトルを出発する時のカークの言葉が重なって、顔をしかめる。



 そうだ、あの時はすぐ帰るつもりだったのに。




 なんだか無性に泣きたくなった。









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