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「キーラ、顔をあげて」
お父さんが、しがみつく私の背中をそう言って叩いた。
ピーちゃんがどうなったか、想像するだけでも怖い。
「でも……」
「大丈夫だから……早く見てごらん」
ほら、と促されておそるおそるそちらを見ると、アーサーは仕切りの側にひっくり返ったままで、ピーちゃんはどうやって通り抜けたのか、仕切りの向こう側の天井付近をくるくると回っている。
ピーちゃんは絶対仕切りにぶつかって落ちたと思っていたから、無事だったのは嬉しいけど……
「ピーちゃん、どうやってあっち側にいったの?」
「通り抜けたんだ」
「通り、抜けられるの?」
だってここ結構な牢獄なんだよね?
私にはガラスにしか見えないあの仕切りが何で出来ているか分からないけど、鳥がそんな簡単に通り抜けられるなんて、大丈夫なの?
「いや、そんなことは無い……」
私の気持ちを知ってか、かなり弱々しい返答だ。
近付いて仕切りの強度を確かめたいけれど、今はなんだか近付きにくい。
「ビィッ!!!! ビィッ!!!! ビィッ!!!!」
ピーちゃんが部屋の中を飛び回りながら、濁った声で何度も鳴く。
警戒の声なのか、怒っている声なのか、とにかく凄く大きな声だ。
「ピーちゃん! 何してるの!」
怖くなってそう叫んでも、ピーちゃんは動きを止めない。
それどころか飛ぶスピードをさらにあがり、声も大きくなって行く。
「ビィーーーーーーッ!!!!!」
「ぎゃあ!」
ピーちゃんが長い雄たけびをあげると、床に伸びていたアーサーが左右に転がり出した。
首を絞められているかのように首元を押さえながら足をばたつかせ、苦しそうな声をあげる。
「ビギャーッ!!」
ピーちゃんの声はますます恐ろしい響きが混ざり、まるで夜の森にいるようなまがまがしさだ。
「お、お父さんっ!」
見た目の恐ろしさに、お父さんの服を引っ張った。
「大丈夫だよ、でも、少し扉の方へ行こうか」
「う、うん」
お父さんにかばわれながら、部屋の中心から扉の方へと戻り、扉を開ける。
「危険だと思ったら、すぐに逃げなさい」
「うん」
お父さんの服を握りしめながら、その体の脇からピーちゃん達を見ると、ちょうどアーサーが動きを止めたところだった。
「ううっ!」
アーサーが大きくうめくと、ピーちゃんもアーサーの上でぴたりと止まりホバリングをしはじめた。そして一転して明るい声が響く。
「ピィーッ! ピィーッ! ピピピピィーッ!!」
笛のような音に続けて、ヒョロヒョロと歌うように鳴きはじめると、アーサーの体が波打った。
――――わっ! 気持ち悪っ!
鳥の歌に合わせて、ぐにょぐにょする輪郭が、ぼやける。
違う、輪郭がぼやけているんじゃない……何かがにじみ出てきているんだ。
「……黒い……靄……」
ピーちゃんの歌は終わらない。
次第にアーサーの体が黒いもので覆われて、見えなくなった。
「お父さん……アーサーが」
「あぁ、分かっている」
アーサーを覆ってなお溢れてくる黒いものの量は、ピーちゃんの時とは比べ物にならないくらい多かった。
アーサーの上で渦を巻き、ピーちゃんを威嚇するように伸びたり縮んだりしている。
「ピィピィピィ、ピィピィピィ、ピィピィピィ」
黒いものの動きなど気にしていないようなピーちゃんが、拍子をとりながら、怪しく踊り始めた。
羽を上げて鳴き、下げて鳴き、くるりと回って、また鳴く。
何度も何度もそれを繰り返し、黒いものもそれに合わせて不思議な動きになって行く。
伸びて縮んで、回って。
動きがぴったりとピーちゃんに合わさるようになると、黒いものはアーサーのお腹のあたりで丸い一つの塊なった。
もう少しでアーサーの体から離れそう、そう思った時、ピーちゃんがまた違う声で鳴いた。
「ピィ―ッ!」
それが合図だったんだろう。
声と共にピーちゃんが強く羽ばたき天井まで飛び上がった。
黒いものもそれを追いかけるように飛び上がる。
「ビギアャッ!!」
とうとうアーサーから完全に離れた瞬間、ピーちゃんが天井付近から落下した。
「ピーちゃん!」
まっすぐに黒いものへと落ちて行くピーちゃんに、悲鳴を上げる。
ピーちゃんは羽をたたみ黒いものにぶつかる直前で軌道を変え、黒いものの真下に入った。
そして、大きく口を開けた。
「ピーちゃん! それは食べちゃ駄目!」
そう叫んだけれど、黒いものはピーちゃんの口へと吸い込まれた。
それは一瞬で、ひと飲みだった。
ピーちゃんの喉が何かを飲み込んだように動いて、くちばしが閉まる。
「……な、何? 何で? えっ?」
何がどうなったのか……それは分かる。だけど、理解……出来ないのか、したくないのか。
私の心配なんか全く気にしていないピーちゃんは、アーサーの上にふわりと降り立ち、
「ケフッ」
って、いつかみたいにくちばしから残りカスみたいな黒い煙を吐き出した。
そして、満足そうに目を細め、思い切り体を震わせる。
「ピーちゃんが……黒いものを食べちゃった」
茫然とした私に言えたのは、それくらいだ。
お父さんが、しがみつく私の背中をそう言って叩いた。
ピーちゃんがどうなったか、想像するだけでも怖い。
「でも……」
「大丈夫だから……早く見てごらん」
ほら、と促されておそるおそるそちらを見ると、アーサーは仕切りの側にひっくり返ったままで、ピーちゃんはどうやって通り抜けたのか、仕切りの向こう側の天井付近をくるくると回っている。
ピーちゃんは絶対仕切りにぶつかって落ちたと思っていたから、無事だったのは嬉しいけど……
「ピーちゃん、どうやってあっち側にいったの?」
「通り抜けたんだ」
「通り、抜けられるの?」
だってここ結構な牢獄なんだよね?
私にはガラスにしか見えないあの仕切りが何で出来ているか分からないけど、鳥がそんな簡単に通り抜けられるなんて、大丈夫なの?
「いや、そんなことは無い……」
私の気持ちを知ってか、かなり弱々しい返答だ。
近付いて仕切りの強度を確かめたいけれど、今はなんだか近付きにくい。
「ビィッ!!!! ビィッ!!!! ビィッ!!!!」
ピーちゃんが部屋の中を飛び回りながら、濁った声で何度も鳴く。
警戒の声なのか、怒っている声なのか、とにかく凄く大きな声だ。
「ピーちゃん! 何してるの!」
怖くなってそう叫んでも、ピーちゃんは動きを止めない。
それどころか飛ぶスピードをさらにあがり、声も大きくなって行く。
「ビィーーーーーーッ!!!!!」
「ぎゃあ!」
ピーちゃんが長い雄たけびをあげると、床に伸びていたアーサーが左右に転がり出した。
首を絞められているかのように首元を押さえながら足をばたつかせ、苦しそうな声をあげる。
「ビギャーッ!!」
ピーちゃんの声はますます恐ろしい響きが混ざり、まるで夜の森にいるようなまがまがしさだ。
「お、お父さんっ!」
見た目の恐ろしさに、お父さんの服を引っ張った。
「大丈夫だよ、でも、少し扉の方へ行こうか」
「う、うん」
お父さんにかばわれながら、部屋の中心から扉の方へと戻り、扉を開ける。
「危険だと思ったら、すぐに逃げなさい」
「うん」
お父さんの服を握りしめながら、その体の脇からピーちゃん達を見ると、ちょうどアーサーが動きを止めたところだった。
「ううっ!」
アーサーが大きくうめくと、ピーちゃんもアーサーの上でぴたりと止まりホバリングをしはじめた。そして一転して明るい声が響く。
「ピィーッ! ピィーッ! ピピピピィーッ!!」
笛のような音に続けて、ヒョロヒョロと歌うように鳴きはじめると、アーサーの体が波打った。
――――わっ! 気持ち悪っ!
鳥の歌に合わせて、ぐにょぐにょする輪郭が、ぼやける。
違う、輪郭がぼやけているんじゃない……何かがにじみ出てきているんだ。
「……黒い……靄……」
ピーちゃんの歌は終わらない。
次第にアーサーの体が黒いもので覆われて、見えなくなった。
「お父さん……アーサーが」
「あぁ、分かっている」
アーサーを覆ってなお溢れてくる黒いものの量は、ピーちゃんの時とは比べ物にならないくらい多かった。
アーサーの上で渦を巻き、ピーちゃんを威嚇するように伸びたり縮んだりしている。
「ピィピィピィ、ピィピィピィ、ピィピィピィ」
黒いものの動きなど気にしていないようなピーちゃんが、拍子をとりながら、怪しく踊り始めた。
羽を上げて鳴き、下げて鳴き、くるりと回って、また鳴く。
何度も何度もそれを繰り返し、黒いものもそれに合わせて不思議な動きになって行く。
伸びて縮んで、回って。
動きがぴったりとピーちゃんに合わさるようになると、黒いものはアーサーのお腹のあたりで丸い一つの塊なった。
もう少しでアーサーの体から離れそう、そう思った時、ピーちゃんがまた違う声で鳴いた。
「ピィ―ッ!」
それが合図だったんだろう。
声と共にピーちゃんが強く羽ばたき天井まで飛び上がった。
黒いものもそれを追いかけるように飛び上がる。
「ビギアャッ!!」
とうとうアーサーから完全に離れた瞬間、ピーちゃんが天井付近から落下した。
「ピーちゃん!」
まっすぐに黒いものへと落ちて行くピーちゃんに、悲鳴を上げる。
ピーちゃんは羽をたたみ黒いものにぶつかる直前で軌道を変え、黒いものの真下に入った。
そして、大きく口を開けた。
「ピーちゃん! それは食べちゃ駄目!」
そう叫んだけれど、黒いものはピーちゃんの口へと吸い込まれた。
それは一瞬で、ひと飲みだった。
ピーちゃんの喉が何かを飲み込んだように動いて、くちばしが閉まる。
「……な、何? 何で? えっ?」
何がどうなったのか……それは分かる。だけど、理解……出来ないのか、したくないのか。
私の心配なんか全く気にしていないピーちゃんは、アーサーの上にふわりと降り立ち、
「ケフッ」
って、いつかみたいにくちばしから残りカスみたいな黒い煙を吐き出した。
そして、満足そうに目を細め、思い切り体を震わせる。
「ピーちゃんが……黒いものを食べちゃった」
茫然とした私に言えたのは、それくらいだ。
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